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剥製世界  作者: 望月 朝日
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第一部 後篇

ぼくたちは、寺院から離れた通過予測経路にて、待ち伏せをすることにした。ぼくとアンドリューは襲撃予定地に待機、スナイパーのスティーブ、アシストのハンターはぼくたちの背後、100メートル離れた丘に配置させた。


 作戦はこうだ。ザオを乗せた輸送トラックが襲撃予定地に差し掛かった時、スティーブが運転手を狙撃、停車したトラックから降りてくる敵をハンターの合図でぼくとアンドリューが排除、そしてザオを排除する。残ったトラックで二人を回収した後、本部から送られる回収ヘリの着陸予定地ランデブーポイントへ向かい、戦闘地域から離脱する。


 襲撃の臭い嗅ぎ付けたマネキン共が押し寄せる前に任務を遂行、迅速な行動をしなくてはならない。


「一分で予定地に到達します」


ハンターから連絡が入った。ぼくとアンドリューは道路を挟むように身を伏せて待機していた。トラックに照らされた道路が明るく、影の色が濃くなり、近づいてくるのがわかる。


「スティーブ、頼む」


「了解」


スティーブは低い声で返事をした。

ぼくたちはレーザーサイトを点灯させ、ハンターの合図を待つ。

一度、そしてもう一度弾丸が空気を切り裂く音が聞こえた気がした。すると近づいてくるトラックは、徐々に道路脇に停車していき、少しして慌てたマネキンが下車してきた。


「数四体、行け」


ハンターの合図と同時に立ち上がり、ぼくは左手の二体、アンドリューは右手の二体を狙う。こちらに気付いたマネキンが銃を向けるが、ぼくとアンドリューはヘッドショットで確実に仕留めていく。


「クリア」


自分が始末した二体のマネキンを確認する。一体は後頭部に紅い華が咲き、もう一体は目玉を撃ち抜いた所から、人工製造された脳らしき液体がドロッと流れている。


警戒しつつトラックに近づいていくと、トラックのフロントガラスには二発の弾丸の跡が残っている。中を覗くと、スティーブが放った弾丸は、運転席と助手席のマネキンの額に見事に的中していた。スティーブの腕前は何度も見てきたが、毎回恐ろしいほど驚かされる。


「ザオはいますか」


「見当たらない。荷台の中にいる可能性がある」


「ここからトラックの背後は援護出来ませんよ」


「構わない、ぼくとアンドリューでやれるさ」


ハンターにそう言うと、ぼくたちはトラックの背後に回り込み荷台の中を改めようとする。荷台の扉に差し掛かり、ぼくはアンドリューに向けて頷くと、アンドリューも頷き返した。


ノブを握り、扉を開けた。


荷台の中は座席がコの字に敷かれ、5、6歳ほどの男の子と、その子を抱き抱える母親らしき人物が座席の右側に座っていた。左右を挟んだ座席に座っている男がいた。


ティエン・ザオだ。

見間違えない。出撃前、作戦会議室ブリーフィングルーム内で見せられたザオの写真。そこに写る標的が目の前で、ただじっとぼくを見つめて座っている。


「この二人は」


「私の、家族だ」


ぼくが聞くと、ザオは答えた。



銃声がする。

ぼくが撃った。

ザオの額に穴が空いた。

ぼくが撃った弾丸で空いた。

ザオの後ろの壁に脳と血がへばりつき、重力の法則に従って下へ流れ落ちていく。

彼の家族の目の前で撃ち殺すことに躊躇ためらいはなかった。

腰から拳銃を取り出し、ぼくに向けようとしたからだ。


「少尉、拠点のマネキン共が押し寄せてきます。そちらの状況は」


敵の動きを察知したハンターから無線が入った。銃声が聞こえる。


「標的を排除した。次の行動に移る」


やつらが来る。急いでトラックを出し、二人を回収しなくてはならない。それなのに。


「おい」


アンドリューの声が漏れる。

少年がザオの手にしていた拳銃を拾った。そして、その銃口がこちらに向けられる。母親が慌てて止めようとするが少年は引き金に指をかけた。


やめてくれ。


ぼくは、引き金を引いた。

弾丸は喉元に命中、少年は倒れた。最悪なことに、少年はまだ生きている。喉元に手を当てながら、ヒューヒューと息を荒げている。母親が泣き喚き、血塗れになりながら少年を抱き抱える。その光景はまるで、十字架に張り付けられて死んだキリストを抱き抱える聖母マリア、ミケランジェロの彫刻、ピエタ像を連想させた。


少年は虫の息で母親を呼ぶ。

母親は何度も少年の名前を呼ぶ。


そして、少年は静かになった。


ぼくは黙ってそれを見ていた。何故、こんなものを見せられなくてはいけないんだ。陰毛も生えていないだろう少年を、ぼくは殺した。


多くの戦場で多くの子供たちが死んでいく様を見続けてきたが、子供に下したのは初めてだ。


アンドリューがいきなり叫びながらぼくを引っ張り、伏せ込んだ。そしてトラックは爆発した。泣き叫ぶ母親の手には手榴弾が握られていたのだ。ぼくのせいで、また一人死んだ。


「おい、ボケっとしてる場合じゃないだろ。作戦はまだ終わっちゃいないんだ」


アンドリューがぼくを引っ叩く。

そうだ、着陸予定地ランデブーポイントへ移動しなくてはならない。


「標的を排除。回収地点に向かう」


ぼくは本部へ連絡した。そうこうしているうちに、押し寄せるマネキンを撃ちながら走るハンターとスティーブに合流した。


「やばいですよ少尉、二百はいますよ」


ハンターが慌てた様子で伝達してきた。スティーブはしゃがみ、Mk12をマネキンに向け発砲する。


「トラックは使えない」


「車両が一台やってきます。あいつを分捕りましょう」


「無茶だ、死ぬのがオチだ」


ハンターの提案にアンドリューは反対する。その通り、百単位の敵に正面から戦うことは出来ない。だが走って逃げても追いつかれる。


「どうしますか」


スティーブが車両に銃口を向け、合図を待っている。命令するのは、このぼくだ。

決断しろ。


「スティーブ、撃て」


ぼくの命令でスティーブは発砲する。弾は運転席のマネキンに命中し、車両のスピードが遅くなる。


ぼくたちは一斉に車両へ走り、手にした銃を押し寄せるマネキン共に向けて撃ちまくる。マネキンの撃った弾丸がぼくの耳を擦める。


車両には機関銃が装備されており、一体のマネキンがそれを打ちまくっている。スティーブはそのマネキン目掛けて発砲、弾は命中した。


「よしいいぞ」


なんとか車両付近にたどり着き、乗り込もうとしたその時だった。


「ハンターが被弾した」


アンドリューが叫ぶ。ハンターは倒れ込み、左手を首筋に当てていた。


「直ぐに乗り込め、ここから逃げるぞ」


ぼくとアンドリューはハンターを抱え、車両の荷台に乗せた。荷台の上ではスティーブが撃ちまくり、すかさずぼくも撃ちまくった。アンドリューが運転に着くと車両は動き出し、少しずつマネキン共から離れていく。そしてマネキン共は見えなくなった。


しばらくして静かになった。ガタガタと車両が走る中、ぼくはハンターに呼びかける。


「ハンター、しっかりしろ。もう直ぐ回収地点だ」


ハンターの首筋から大量の血が流れ、荷台の上は月明かりで赤黒く染まる。重症だ。


「大丈夫ですよ、少尉。マネキンの女とヤるまでは死なないですよ。」


枯れた声でハンターはぼくに笑いを誘うが、彼の頬は冷たくなっていく。


「何も言うな、持ち堪えるんだ」


「俺のお陰で作戦は成功ですね。帰ったら夜通し酒を奢って下さいよ」


「ああ、幾らでも呑むといい。そして飛びきりグラマーなマネキン女を抱け」


その時やっとぼくはハンターに微笑みかけた。だが、ハンターの声は小さくなっていくばかりだ。


「だから死ぬな」


「こんな、大量虐殺の地で死にたくないですよ。こんな、」


ハンターの目は見開いたまま、空を見ている。

星を見ているんじゃない。

死んでいる。



ヘリに乗り込んだ時に、アンドリューはだから無茶だと言ったんだと泣きくずれた。スティーブはただ座りながら足元を見つめていた。


ぼくの命令だ。命令しなければ、ぼくらは助からなかった。命令すれば、助かる可能性があったからだ。結果、ハンターが死んだ。


ハンターは最期に「大量虐殺の地」と言った。ここ、チベットでは20世紀後半からチベット人によるチベット独立運動が起きた。これは21世紀になっても終わることのない騒動と化した。中国共産党政府はチベット人の抵抗運動をことごとく弾圧。多くの市民が虐殺の対象となった。政府は亡命政府を分離主義勢力と見なし、虐殺を正当化させた。


何故、ハンターは瀕死の状態でそんな大昔の話しをしたのだろうか。


何故、ハンターはぼくに言ったのだろうか。



今回の任務で、ぼくは死ぬべきではない人間を3人殺した。


少年。

少年の母。

ハンター。


だが不思議と罪悪感はそれほど込み上げてくることはなかった。むしろ安心した。


他者の死を受け入れることで、自分が生きている実感が湧いた。



「死んだのが、ぼくじゃなくてよかった」



December/25/20■■

04:00



「サンタクロースのプレゼントだ」



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