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剥製世界  作者: 望月 朝日
2/4

第一部 前篇


December/24/20■■

23:00


甘粛省。甘南チベット族自治州。夏河県。


チベット仏教ゲルグ派六大寺のひとつ、ジャムヤン・シェパ一世によって創設された、ラブラン寺。黄金に輝く塔や、特殊な装飾で施された壁が広がっている。


チベットゲルグ派においても最高の寺院とされており、千人以上の僧侶がいたとされている。


双眼鏡から覗く先に、やつらは幾つも並ぶ寺院の周囲を巡回していた。


壁の上に8体、外壁周辺に9体、寺院周辺に7体、門前に停車してある2台のトラック周辺に6体、固定砲が2箇所に1体ずつ、確認した数は少ないが、寺院の広さからしても、二個連隊はあると予測される。


「いつになったら来るんだよ。もう寺院の中にいるかもしれないんだぜ。さっさと行こうぜ」


「そう言う訳にもいかない。ヤツは外からやって来る。待つのも任務だ、我慢しろ」


ため息をつくアンドリューにそう言い聞かせた。無理もない、29時間偵察をしていても何一つ動きが見られないからだ。

ただ見えるのは山、ラブラン寺、敵の拠点。ぼくたちはそこから凡そ800メートル程離れた丘に身を隠し、偵察する。


ぼくたちの敵。人類の敵。

科学が発達し、人間の臓器やその細胞までもが人工的に作られ、ヒューマノイドまでもそれを取り入れることが可能となった。ヒューマノイドは、21世紀初頭のモデルとは大きく異なった、極めて人間に近い存在になった。人類はその新たな人種を、兵士、労働者として実用され、言ってしまえば、奴隷として扱われた。


ヒューマノイドには感情があると言う。人間への安全性、人間への服従、そして自己防衛。ロボットである以上、ロボット三原則は守られるようプログラムされるのだが、人工的な臓器を持ったヒューマノイドは、プログラム以上の哲学的な、精神分析学で言う、自我と言うものに目覚めたのだ。


自我を持ったヒューマノイドは、自分の置かれた立場に激しく抵抗し、暴走した。

やつらは自分たちの帝国を築こうと革命を起こした。あるいは、世界を築こうとしている。


人類も意識の高い偽善者共、ヒューマノイドに加担する裏切り者が続出した。世界各地で次々に暴動が起こった。国家自体がヒューマノイドと手を組む国々も現れ、最終的には世界中で戦争が始まった。


ぼくたちに与えられた任務は、ラブラン寺に到着予定の分離主義派主導者、「ティエン・ザオ」の暗殺。ザオは自身が人でありながらも、多くのヒューマノイドを従わせる革命家だ。ロボットの帝国でも築き上げる気なのかと思ってしまう。現在、位置不明の場所からこの寺院に向かっているとのだ。上からの命令で派遣され、どんな任務でも引き受けるのは我々「特殊諜報部X分隊」の仕事だ。



「少尉、アンドリューさんは早くマネキン共を撃ち殺したくてたまらないんですよ。また背後から撃たれる前に」


別の場所から偵察するハンターの冷やかしとその近くにいるスティーブの笑い声が無線越しに聞こえる。


マネキンとはヒューマノイドのことだ。アンドリューが勝手に呼ぶようになり、いつの間にかX分隊の中で定着していた。


「ハンター、俺に背中を見せたら撃たれると思え。的にしてやるよ」


「戦場で誰よりも撃ちまくる人の前に、わざわざ的にされたいと思う輩はうちの部隊にはいませんよ。いや、勝手にされるかもしれない」


「ハンター、アンドリューにはぼくが首輪をつけてしっかり見張っているから、味方を撃つことはない」


「何言っているんだよ少尉。少尉の飼い犬になるぐらいならマネキンとヤった方がましだぜ」


「それは見てみたいものだな。マネキンとヤツらにマネキンと名付けた男が、如何わしい行為をする所をな。やれたらの話だがな」


ハンターは爆笑するとアンドリューはムッとした顔で交替だとぼくから双眼鏡を奪い取り、マネキンの拠点を偵察し始めた。


「アンドリューさんがマネキンとヤったって話しは本当なんですか。やんで具合はどうでした。イケますか」


ハンターが笑いながら話す。

確かにマネキンには性器があり、それなりの行為は出来る。


「人に聞くより実際にヤった方がいい。お前専属のマネキンなんていいじゃないのかハンター。雌型のマネキンを見つけたら生け捕りにして、毎日ご奉仕してもらえよ」


「アンドリュー。流石に笑えないぞ」


ぼくは少し声を暗くして言った。しかしハンターが立て続けに話し始める。


「少尉、俺は良いアイディアだと思いましたよ。雌型を見つけては生け捕りにして、また見つけては生け捕りにして。基地に連れてったら皆んなで気持ちいいことを」


「いい加減にしろ。もうこの話は終わりだ」


ハンターとアンドリューは笑う。

一瞬2人の言うアイディアを想像してしまい、しばらく頭から離れなかった。

人間はマネキンと性行為が出来る。

行為事態は出来るが、繁殖できるかはわかっていない。妊娠のことだ。女性のマネキンは妊娠が可能なのか。


可能だとしたら。


人間の男性の精子が女性のマネキンの卵子で受精する。


人間の女性の卵子に男性のマネキンの精子が受精する。


男性のマネキンの精子が女性のマネキンの卵子に受精する。



人間とマネキンの子供。

マネキンとマネキンの子供。



考えることをやめた。



ぼくはただ、マネキンの拠点を眺める。ヤツらはただ自分の拠点を巡回するばかり。1分1秒がとても長く感じる。


ぼくは敵のことを考えた。


マネキンのことを考える。

顔面に弾丸を撃ち込みたくなる。

どこかの馬鹿な科学者が良かれと思い、勝手に造ったのだろう。

だが、世界は一向に平和へと進まない。

全世界のマネキン共を1箇所に集合させて、スクラップにしてやりたい。



ぼくの仕事は殺戮がメインでもある。

生きる権利なんて考えたらキリがない。

キリがないなら生まれなければいい。

望まず生まれたものは。

殺してしまえばいい。

それはいけない。

殺さなくては殺される。

人としての倫理が無くなってしまう。

誰も始まりと終わりは望むことは出来ない。

どうしようもない。

倫理なんて無い。

人である以上守るべきものはある。

辿り着く先は良いとは思えないな。

なら死ぬか。

自殺をする。

不憫だな。

終わりの選択肢がある。

自ら選択すると地獄に堕ちてしまう。

馬鹿馬鹿しい。

カトリックではそうだ。

人が作り出したまやかしにすぎない。

死後に導かれて行く所があるだとか。

そんなものはない。

あるとしたら。

絶対に無い。

絶対に無いなんてことは無い。

神を信じるか。

信じない、信じたくない。

矛盾している。

そう、矛盾している。



もうどうでもいい。


またぼくの変なクセが始まっていた。

考えすぎて、全く初めに思ったことと違う考えに辿り着いてしまう。



ああ、任務を終えて、自宅へ帰りたい。

きっと妻が首を長くして待っている。

もうクリスマスだって言うのに一緒に過ごすことができないなんて。

早く彼女の作るビーフシチューを食べたい。

ワインを飲みながら喋ったり、踊ったり。

そうだ、一緒にシャワーを浴びよう。

そのままベッドへ向かいセックスをしよう。

なら、帰る前にコンドームを買わないと。

ローションも買おうか。

彼女は耳も攻められると弱い。

朝までたっぷりと可愛がってあげないとな。

声が聞きたい。

キスしてやりたい。

最後に会ったのはいつだったろうか。



そう、最後に会ったのは。



彼女の顔は。

彼女の髪は。

彼女の乳房は。

彼女の腕は。

彼女のアソコは。

彼女の脚は。

彼女の声は。




彼女の、名前は。






可笑しいな。







「少尉………少尉………」


アンドリューが慌てた様子でぼくを呼んでいた。考えごとをしていた。考えごとをしすぎると時間が飛んだような感覚になる。しかし、そんな呑気なことを言っている場合ではなかった。



「南南西にトラックが1台、マネキンの拠点に向かっている」



アンドリュー指差す方向に1つのライトが走っている。ぼくは双眼鏡のカメラモーをドONにし、通信端末と同期させ覗き込む。レンズに表示されたカーソルにトラックを合わせる。そのトラックの情報を本部の諜報員に送り、ターゲットか確認をとってもらう。



予測通り、ターゲットだと連絡が入った。

隣にいるアンドリューは手に持つM4カービンの弾倉を既にチェックし終え、命令を待っていた。ハンターとスティーブからも、いつでも行けますと無線が入った。



December/25/20■■

24:00



「作戦行動に移る。サンタクロースがやってきた」








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