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旅の終わり

作者: たいやき

 よくある「勇者よ魔王を倒して参れ」なお話です。

「転職しようと思うんだ」

「何言ってんですかアンタ」


 夜。焚き火を囲んで野宿している最中。大柄な戦士の唐突な言葉に神官は思わず素で返した。

 がさっと草むらが揺れた。

 突飛な発言にこうして無遠慮に突っ込めるのも長年築いた信頼関係の賜物である。

 突っ込んだのが普段は落ち着いた丁寧口調で話す神官――イオスだったので、驚いてはいるようだが。


「うちのパーティは少数精鋭。それぞれ別の技能に特化することで人数の少なさを補っているんです。今の職業構成が最もバランスがいい。そのことは分かっているでしょう?」


 イオスたちはたった四人で旅をしている。

 大きな剣と盾で武装した、高い攻撃力と防御力を誇るレオ。職業、重騎士。

 攻撃力と耐久力ではレオに劣るものの、罠や毒に詳しく、すばやく動けて短剣術と弓も扱えるベルファウス。職業、スカウト。

 強力な攻撃魔法を操りパーティ最大の火力を誇るシエナ。職業、魔法使い。

 そして、支援魔法や奇跡とも言われる回復魔法を駆使しパーティを支えるイオス。職業、神官。

 転職を言い出したのはタンクの役割も担うレオ。詠唱で無防備になるシエナを守り、魔法完成までの時間を稼ぐのは彼なのだ。

 レオが盾役をやめてしまったらパーティのバランスは著しく悪くなる。

 パーティのバランスは自らの、仲間の生死に関わる重要事項。なのに自分の役割を放棄したいと言われても簡単に認められるものじゃない。イオスの口調は自然ときつくなっていた。


「まあまあ、イオスもそんなに怒んなよ。レオだって転職の理由やどう転職するか、まだ話してないだろ? そんな畳みかけるように怒られたら何も言えないって。怒るのは話を最後まで聞いてからでも遅くないじゃん?」

「……確かに、ベルの言うとおりでした。より防御に特化した守護騎士や重装騎士に転職するなら、強いて止めることもありませんか。何に転職するつもりなんですか?」


 気の抜けた笑顔でベルファウスにとりなされ、イオスも冷静さを取り戻す。

 物理火力が減ることに不安はあるが、ベルファウスだって上級の剣士。立ち回りを調整すればカバーできる範囲だろう。

 レオがより防御に特化することでシエナが安定して上級魔法を撃てるようになればパーティ全体としての火力は上がるはず。

 よく話も聞かずに目くじらを立てるべきではない。

 と思っていたら。


「いや、職業ジョブとかじゃなくて、勇者パーティやめて畑を耕そうかなと。親父もおふくろも歳だし。戦士を廃業して農夫になろうかと」

「「「はあ!?」」」


 それまで黙っていたシエナも含め、三人同時に問い返した。

 めちゃくちゃ強い調子にレオはびくっとあとじさる。

 三人の圧力は歴戦の戦士が引くくらい強かった。


「馬鹿かよレオ! 俺たちが魔王を倒さなかったら誰がやるんだよ!」

「そうですよ、僕たちが集められたのは魔王を倒すためなのですよ!」

「……タマナシ?」


 三人が口々にレオを責める。

 何を隠そう、四人だけの彼らは魔王討伐の使命を帯びた勇者一行なのである。

 にも関わらず使命を放棄するなんて普通は許されない。


「お、落ち着けよ三人とも。あとシエナ、ぼそっとエライことを言うのはやめてくれ。……こら、杖片手に人の股間を凝視するな。ひゅっとするだろ」


 無機質な殺気を放つシエナの視線から逃れようとレオは身をよじる。

 小柄で可愛らしい外見をしたシエナだが、勇者一行の中で最も行動が過激なのだ。

 やると決めたら、絶対にやる。

 盗賊の人数×2の玉を破壊したのを見た時から、男たちにはシエナに対する本能的な恐怖を刻まれているのだ。

 げふんげふんと咳払い。レオは場を仕切り直した。


「三人とも、よく聞いてほしい。これは俺だけの話じゃないからな。

 神官として教会に勤めているイオスはともかくとして、だ。魔王を倒したらおれたちはどうなる?」

「どうなるも何も、魔王を倒したらハッピーエンドじゃねーのか?」

「……ああ、そういうことですか」

「?」


 レオの言葉に問い返すベルファウス。納得顔で頷くイオス。小首をかしげるシエナ。


「魔王討伐後の生活がどうなるのか、ということですね?」

「そう! その通りだ!」

「? 世界を救ったことになるんだし、英雄として凱旋すりゃ貴族にでもなれるんじゃね? そうでなくても莫大な懸賞金がもらえたり」


 イオスとレオの間には共通認識ができたようだが、他の二人はいまだに理解が及ばないらしい。

 ベルファウスとベルファウスの意見に頷くシエナの頭の上には?マークが浮いている。

 がさごそ草むらが揺れている。どことなく「どうして?」と言いたげな揺れ。


「現状、魔王の脅威度はさほどではありません。僕らが魔王軍の幹部を何人か倒し、各国の軍が魔王の軍勢を蹴散らしました。おかげで魔王軍は虫の息です。教会も各国も魔王に賞金を懸けたわけではありません。となると、仮に魔王を討伐したとしても懸賞金などは出ず、与えられるのが名誉だけという可能性もあるのです」

「各国の軍がきっちり役割を果たしている以上、功績も分散される。賞与が与えられるとしても控えめなものになるだろうな。それになにより、もう各国共に魔王討伐に乗り気じゃない」

「……へ? ちょっと待てよ。どうしてそんなことが分かるんだ?」

「おれは代表として城に行くことも多かったからな。最近は魔王に関連した議題は減っている。魔王対策予算もな」

「……城でもそんな具合だったのですか。私が知っているのは商人たちの話と教会の威光だけですが、各国は魔物が持つ経済効果に気が付きつつあるようです」

「けーざいこーか?」


 シエナの首がより傾いた。

 レオもそこまでは考えていなかったのか、イオスの言葉に他の三人は仲良く首をかしげている。


「魔王の登場によって魔物が活性化しました。その結果、魔物と戦うために武器や防具、魔法道具の研究が進みました。さらに魔物の素材は魔法道具を作る上で非常に優秀。需要は上がる一方です。

 それだけに留まりません。需要が高まったということは価格が上昇するということ。魔物の素材を得るために魔物を狩ることを生業とする人々も現れました。彼らは国も欲しがる魔物の素材を確保するのみならず、武器や防具、回復薬といった商品を大量に消費します。稼いだ分の多くを市場に還元しているのですよ。加えて魔物狩りを生業とする人々……暫定的にハンターとでも呼びましょうか。稼ぎの大きいハンターを目指す貧困層も多い。彼らの雇用対策にもなると同時に、ひどい話ですが数を減らすことにも繋がります。ハンターは危険も大きいですから。

 魔物が活性化した分、魔物被害は確かに増えました。しかし最近では各村、街の防壁も完成し、警備の人材も揃っています。魔王が倒れ魔物の活性化が終われば彼らの職を奪うことにも繋がる。もちろん魔物が減ればハンターの仕事も需要も減るでしょうね。ハンターを顧客としていた店も営業が困難になります。

成立してしまった産業を潰すことは、それだけリスクも大きいのですよ」


 一気呵成にイオスは説明を行った。

 流れるような説明であっても内容は噛み砕かれたもの。もとより危機感を覚えていたレオはもとよりベルファウス、シエナも魔王を倒すことのデメリットを理解した。

 ずぅん、と沈む空気。

 言い過ぎたかな、と頭をかくイオスは服を引っ張るわずかな力を感じた。

 そちらを振り向くとシエナが服の裾をつまんでいた。


「……わたしたち、もういらないの……?」


 泣いてこそいないが今にも泣きだしそうな様子だった。


「わたし、壊す魔法しか使えない。魔王を倒すためだってそれしか教わってない。けど、魔王を倒しちゃったら邪魔者になって、捨てられちゃうの……?」


 幼子のようにくいくい服をひっぱり、うつむきながら問いかけるシエナ。

 シエナは孤児だ。防衛設備が整う前に魔物に滅ぼされた村の娘である。

 かといって魔王を憎んでいるかと言われればそうでもない。

 両親が殺されたのは物心がつく前。貧しい農村に生まれたシエナは、そのままだったら貧しい生活を余儀なくされただろう。

 しかし、孤児院に引き取られる際に強い魔力を見出され、魔法に関してだけとはいえ高等教育を受けることができた。食うに困らない生活を送れたのは村が滅んだおかげと言っても過言ではない。

 そう思うと顔も知らない両親のために魔物や魔王を恨むつもりにもなれないのだ。

 戦う理由は魔王を倒すために魔法を教わったから。魔王を倒さなければならないという義務感だけ。

 けれど、教育を施してくれた人々が魔王討伐を望んでいないのならば。

 魔王を倒す理由はなくなる。


「邪魔者になって、倒すべき魔王もいなくなったら、わたしはどうやって生きていけばいいの……?」


 シエナは攻撃魔法以外の技能を持っていない。魔王や魔物がいなくなれば攻撃魔法を放つ先もなくなってしまう。

 商家にも業者にもつてがないシエナに残される道は体を売るか、魔物が減ったことを承知でハンター生活を送ることくらい。

 イオスの読みでは魔王がいなくなれば人間同士が争うようになる。軍で兵器として生きる道も生まれるだろうが、兵器としての生涯を人生とは言いたくない。

 何より、シエナの心が未成熟なのをいいことに兵器扱いする連中がいたらイオス自身が許せない。


「そうなったら僕が養えばいいか」

「へ?」

「あ、いや、こっちの話。シエナは気にしなくていいですよ」


 思わず漏れた本音。

 シエナは聞き取れなかったようで問い返してくるが適当にはぐらかす。


「僕は神官としてどこかの教会なり治療院なりで働けばいいとして。レオはご両親の農場を手伝うんですよね?」

「おお。最近じゃあ畑も広げて収穫も増えたから人手が欲しいって言ってたからな」

「ではベルは?」

「俺もつてがないからなあ。どっかの開拓団に狩人として潜り込むか。あとは毒の扱いを活かして暗殺者とか? あとは盗賊になるってのもアリか。人道的にはナシだけど。どのみちろくな人生遅れそうにねーや」

「なるほど。そしてシエナは言うまでもなし、と」


 もしも魔王を倒した場合、余計なことをしたと思われてさしたる賞与もない可能性が高い。

 魔物が減れば戦闘を得意とする二人の仲間はまともな職に就けなくなる。

 いや、ふたりだけではなく魔物対策に携わる人々も職にあぶれる可能性が出てくる。

 考えれば考えるほど、魔王を討伐しない方がいい気がしてきた。


「よし、じゃあ魔王討伐はやめますか」

「「「はあ!?」」」


 イオスの言葉に周囲の三人に驚愕の声を上げた。

 なにこれデジャヴ、とイオスはうっすら笑う。レオが怒鳴られた時と違うのは、誰にも責める雰囲気がなく、イオスも堂々としていること。


「だって魔王を倒さない方がみんな幸せじゃないですか。討伐をやめるというのが問題なら中断と言い換えましょうか。また魔王が不穏な動きを見せたら厄介になる前に潰せばいいんですし」

「い、いや、でも、なあ?」

「レオ。転職しようと言い出したあなたが今さら何を迷うんですか」

「……確かに。世界を救うことにもならないで失業者を出すばかりじゃモチベーション上がんないな。自分も失職するとなるとなおさら」

「無理もありません。『勇者として魔王を倒す』なんて言うから正義みたいに見えますが、実際は誰も救えない。仲間と社会に損と失業と経済の停滞をもたらすだけのこと、自身を危険にさらしてまで行う価値はないでしょう」

「ねえイオス。魔王がいなくなればわたしを養ってくれるの」

「……聞こえてたんですか。ていうか目を爛々と輝かせるのやめてください。魔力の高ぶりが尋常じゃないんですが。魔王城周辺を蒸発させるつもりですか」


 イオスが言った直後。がさがさっと草むらが慌てるように揺れた。


「……だが、おれたちが魔王討伐をやめる理由をどう説明する?」

「簡単な話ですよ。誰か一人が旅を続行できないほどの大けがをしたことにすればいい。パーティのバランスが崩れたため任務続行不可とします。国も魔王討伐に乗り気でないなら人員の補充もされないでしょう。その一人は……僕が適任ですね。もともとデスクワーカーですし。治療院で働くなら動き回る必要もない。レオ、ベル、シエナは働く上で体力勝負な面がありますから、怪我をしたというのは不自然でしょう」


 大けがと後遺症で魔王討伐を継続できなくなったというのに直後から肉体労働していれば不自然。

その点、肉体労働に従事しないイオスなら怪我をしていると言っても不自然さはない。


「けど、それだと自分の怪我も治せない治癒術士扱いになるんじゃね?」

「そこは話を作りますよ。魔王軍幹部に付けられた呪いの傷とでも言えばいいでしょう。なに、魔王討伐を望まない人たちは突っ込んでこないでしょうから。一般の人に僕の顔は知れていないので、自分から話さなければ治癒術士が増えたとしか思われないでしょうし」


 ベルファウスにイオスは平然と答えた。

 勇者一行なんて言っても勇者一行だけが活躍しているわけではない。

 連合軍の特殊部隊みたいな扱い。エリートではあっても一般に顔を公開していない。

 治療院に勤める場合、怪我をしたなんてわざわざ言う必要もないのだ。言わなきゃ誰も気づかない。実在しない怪我なんだから。


「むー、魔王を倒せば養ってくれるの?」

「その話はいいから」

「よくない」


 いいのか、いいんじゃないか、と言い合うレオとベルファウスの横でシエナに詰め寄られるイオス。

 はぐらかそうとするもじぃっと顔を見つめられ逃げられない。それでも必死に顔を逸らす。


「……それじゃあ、そうするか? 城に申し出れば些少は報奨金も出るだろう」

「そだな。魔王討伐の旅、終了でいいんじゃね?」

「それではそういうことで。今日を以て魔王討伐の旅、終了ということで」

「ねえ、イオス」

「魔王を倒さなくても生活の支援くらいします。必要ならベースキャンプを同じ街にしてもいい。どこかに家を借りるので、そこを使っていいですよ。忙しくない時なら食事の準備もします。シエナは一人にすると不摂生しそうで怖いですから」

「……ふへへ」

「うし、そうと決まればさっそく帰る準備をしよーぜ!」

「無理ですから。帰るにしても夜が明けてからです」


 いきりたつベルファウスに冷静に突っ込むイオス。

 むう、と言いながらもベルファウスはおとなしく座った。夜の森の危険さは身をもって知っているのだ。この場で焦って死ぬ必要はない。


「そんじゃ、俺は先に寝てるな」

「おう、おれも寝る。最初の番は任せたぞ、イオス」

「おやすみー」


 寝る時の番は持ち回り。今晩最初の番をするのはイオスだ。

 他の三人の寝息が聞こえてきた頃。草むらが小さく揺れた。


「……というわけだから。魔王にも伝えておいてね。僕らは討伐をやめるって」


 がさがさがさっ!

 一際大きく草むらが揺れて、止まる。

 イオスは視線を感じる。こちらを伺う気配。

 しかし、それに対して特段の反応は示さない。

 言いたいことは言った。殺気も敵意も感じない。ならかかずらう必要もない。

 数秒するとかさかさ草がすれる音が断続的に響き、遠ざかっていった。



 街に戻ると案の定。勇者一行の人員は補充されなかった。

 斯様にして彼らの魔王討伐の旅は終わりを告げたのだった。


 旅が終わる理由は「魔王討伐成功」「勇者一行の全滅」といった王道な理由に限らないと思います。

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[一言] この勇者パティーの責任感(魔王を倒すこと対する責任)ちょっと薄いな(苦笑)。 確かに後のこと考えるとこのエンドもありだな。後の生活の保障の前に、勇者パティーは多くの場合、魔王討伐道中すべに…
[良い点] RPGなどでは確かに魔王を倒せばハッピーエンドでもその後はあまり描かれることが無い。 ハッピーエンドでもなくバッドエンドでもな第三のエンドですかね。 様々な選択肢があってこういう方向性は好…
[良い点] 独特な切り口でとても面白いです [気になる点] 誤字報告です めちゃくちゃ強い調子にレオはびくっとあとじさる。 →あとずさる [一言] 連載の方も好きですが、こういう短編も好きなのでこれ…
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