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刑務所の殺人

作者: 夏原冬樹

5月のアメリカ南部は乾燥気候も手伝ってか、暑い。

もちろん、両面に広がる砂漠風景、どこまでも続く国道線は日本の生活に親しんだ者には単調というよりは、珍しいと思うかもしれない。

日本人である外交官、長谷川二等書記官もアメリカに初めて来たときは物珍しさで大陸を車で横断したものだ。

 さて、なぜ長谷川二等書記官が車で南部を走っているか説明しなければならない。邦人が抑留された、死体で発見された際の身元照会も外交官の役目で、もし日本人なら日本に連れて帰る必要もある。

 外交官と聞くと、なにやら世界を相手に交渉をしている華やかなイメージだが、彼のように地味な仕事も行っている。実際に、ともに研修で学んだ同期は世界各地に散らばり、一流の外交官になるべく、文字通り泥にまみれながら仕事をしているそうだ。最貧国や、紛争が起きている国に赴任した同期に比べたら、まだ恵まれている方だなと思いアクセルを踏み込んだ。



 アメリカ南部××刑務所 

「困ったことになりましたね……」

トーマス看守が上司である、アルフレッド所長に向かって呟いた。

彼らが悩んでいるのも無理はない。昨日、収容された日本人容疑者が独房内で死んでいたからだ。詳しい話を以下に記す。


 日本人容疑者であるタカハシ・トモキが収容されていたのは、一階収容所の奥に位置する独房である。入り口を進み、左を曲がると、一つの独房を視界にとらえることだろう。タカハシ容疑者が居るのは(正しくは居たであろうか)通路面の奥で、窓がある独房だ。タカハシ・トモキはなぜ、収容されたのだろうか。単純に言えば、不法侵入だ。軍の施設があると知ってか知らずか侵入し、捕らわれたという話である。ここで、死んでいた状況を詳しく見ていきたい。

昨日の夜、軍関係者から怪しい男を捕まえたと報告を受けた。とりあえず、そちらで身柄を押さえておけと指示が来たので、収容した次第だ。もちろん、裁判など行われてない状況で刑務所と思うかもしれないが、留置所の役割も果たしている。それでひとまずは収容し、夜も更けているので詳しい罪状を明日、聞こうとして警察は帰って行った。不平不満や悪態をついた日本人を落ち着かせ、独房に入れ、しばらくすると事件が起きた。停電である。これにより、刑務所内の監視カメラが一切使えなくなり、昨日の晩何が起きたのか、正確には分からなくなってしまった。そして、一時間に一度の割合で、見回りを行っているのだが、早朝6時にタカハシの様子がおかしいと感じた看守がタカハシを確かめたところ、息をしていない、脈がない等の異常事態に気付いた。なぜ、異常に気付いたのかというと、6時に一斉に囚人たちを起こす習慣だったので、起こしたところ、タカハシだけがなんの反応も示さなかったのである。詳しい死因は解剖結果を待たないと判断のしようはないが、心臓まひによる事故ではないかと一応の判断を下した。そして、日本領事館に身元確認とその処遇を依頼したのだ。



 駐車場に一台の車が近づいてきた。日本の外交官が運転していると一目でわかるように、日本国旗が車体に掲揚している。ちなみに、これを国旗掲揚権といい。ナンバープレートも普通は地名に数字が降られていると思うが、外交車両の場合は、外という地名と数字が降られている。これを外ナンバーという。

 そうこうしている車を止め、辺りを見渡す。自身の車を除き一台も車がなかった。駐車場の目の前には、一階収容所の窓枠が見える。

長谷川書記官は一抹の不安を抱え、刑務所の扉をくぐった。



 「というわけでして、私たちも困っているんですよ。ああ、遺体は警察病院に解剖という形で送りました」

アルフレッド所長は目の前のジャパニーズに気さくな感じで話しかけた。

「死因は心臓まひだそうですけど、本当ですか?」

長谷川は生真面目風に答える。

「どういう意味ですか」

アルフレッドの笑みが消えた。

「つまりは、我々が拷問でもしたのかとお疑いで?」

「いえ、そんなことは全く思ってませんが、収容されたその日のうちに死ぬなんてありえませんからね」

もちろん、ウソだ。長谷川の内心では拷問の最中に殺され、組織ぐるみの隠ぺいが行われているというストーリーが出来上がっていた。

「昨日の夜、何か変わりはなかったんですか?」

「昨日は停電が起きたので、監視カメラが使い物にならなくなってな。異常に気付いたトーマス君が彼を起こす時に亡くなっていたことに気付いたそうです。彼を呼びましょうか」

「はい、お願いします」



 「私が彼を部屋に入れて、死体となった彼を発見したトーマスです」

説明口調で話しかけてきた大柄な体型の男がトーマスだ。

「部屋を見せていただけませんか?」

「いいですよ。ついてきてください」

二人は、通路を進み、収容された部屋の前にたどり着く。扉があるだけだった。普通は鉄格子を想像するかもしれないが、外国の刑務所の多くはまるでホテルの個室のようになっている。

 扉を開けると、布団が敷かれ、壁際にはイスと机がある粗末な作りだった。どことなく汚い印象を受ける。はっきり言ってくさい。

「なぜ、ベッドではなく布団なんですか」

長谷川は質問した。意外だと思ったのだ。確かに日本の収容所では布団が主流だが、海外はベッドだと思っていたからだ。

「収容されたのは日本人ですからね。ベッドよりも布団がいいと所長が判断したんですよ」

「なるほど。あの窓はどうなってますか」

目の前の鉄格子の窓を指さした。

「そうですねえ、ガラス窓にすべきではという意見もあったんですけど、鉄格子で落ち着きましてね。でも格子のあいだも私の場合、腕一本も入らないんですよ」

トーマスは笑って答えた。

「近づき、窓を見ると一台の車が見えた。長谷川の公用車だ。確かに間隔が狭く、日本人であってもこの隙間からでは腕を入れることもできないだろう」

「昨日は停電だけ、起きたんですか?」

「はい。あっ、軍の方が車で夜中に見えましたね。なんでも急な用事があったとかで……」

「用事は何でしょうか」

長谷川は話を遮り質問した。

「私も知りません。所長なら知っているかと」

「そうですか」

話しはここで途切れた。ふと長谷川は呟いた。

「もし、気体状の毒ならまどから入れることは出来ますよね」

「可能でしょうが、それは無理ですよ。それでしたら、気体は部屋に充満しており早朝、部屋を開けた私も死んでしまいます」

「それもそうか」

二人は部屋を出た。



 「それで、軍の方々はなんで深夜に来たんですか」

長谷川は所長に尋ねた。

「それは言えませんね。内政干渉になりますよ」

最初の温和な雰囲気はどこへやら、すっかり高圧的となった。

「どうやって殺されたか分かったんですが」

長谷川は答えた。

「ただ、証拠はない。これまでの話でのあくまで推論ですが」

「ホー、探偵にでもなったつもりですかな。いいでしょう聞きましょうか」



 「まず、第一に鉄格子の窓の外は駐車場でしたよね」

「はい。そのとおりです」

「車は深夜に一度現れて出て行ったと、時間にしてどれぐらいでしょうか」

「一時間ぐらいですね」

「車は古いタイプでしたか」

「はい」

「それなら可能ですね。まずなぜ死んだか、言いますと一酸化炭素中毒です。心臓まひに似た症例が現れるそうですので、間違えるのも無理はないですね。解剖結果が分かれば、確定するかと」

ここで、所長が口をはさむ。

「なぜ一酸化炭素中毒ですか」

「簡単なことです。車の排ガスを出す位置にホースを取り付けたものを用意するんです。車のアクセルを踏む、昔の車の排ガスは相当ひどいもので、自殺にも使われたほどです」

「そのホースとやらを鉄格子のあいだをすり抜けて、部屋に送り込んだと?」

「そうです。排ガスは一酸化炭素や二酸化炭素などの混合気体で空気より重い。一酸化炭素が部屋内の下層部にたまり、布団で寝ていた被害者が酸素不足のなか徐々に死んでいったということです。これなら、看守が部屋に入ったとしても看守は死にません。なぜなら、空気は循環していますので朝になれば、下部内にも酸素は来ます」

「ほう。見事なもんですね。証拠はありますか?」

所長は当然な疑問を投げかけた。

「ないですね。ただ私は警察でもなんでもないので、あなた方を告発するつもりはありません」

これには意外な顔をした。

「はっはっは!面白い。それならば、本当のことを教えましょうか?」

「私の想像は間違っているとでも?」

これには不服そうな顔をした。

「全く間違ってます」

現実は厳しいものだ。少し恥ずかしそうな気持ちを抱いた。



 「そもそも、軍と協力するならば、車に乗せて、拉致させますよ。軍の施設内なら、あなたには手出しできませんしね」

それもそうだ。

「てことは、心臓まひは本当だと?」

「だから最初から言ってるだろ。心臓まひなんだよ」

長谷川はひどく落胆した。

「まあ、まあ。そんなこともある。今度日本に帰るそうじゃないか。ゆっくり休んで頭を冷やせ。現実は小説ほど奇じゃないのさ」



 昨日

――アメリカ南部 ネバタ州 エリア51付近にて音声録音ソフトに収録

私、高橋智樹は都市伝説を追いかけるフリーのジャーナリストです。今日はここ、ネバタ州に取材にやってきました。ネバタ州というと未確認飛行物体やエイリアンの目撃情報、また秘密裏の軍事施設エリア51があるという、業界の者にとって、一度は行ってみたい土地の一つです。私も取材として、この地に足を踏み入れて、はや数日、エイリアンどころか人もいません。本当にいるのかどうなんですかね。少し、不安になってきました。寂しいので独り言という体で録音してますが、あくまで取材メモ、メモ。あとでかえってなんもなかったら、書くことないですからね。

 あれ?あれは何だろう……

ウ、ウああああああああああああ……

「○~▲×■!※★~!★●■××▲~ー!◆●■▲!?××●■! ★!★!~★~?★!×」

※注意! 音声録音はここで切れてます。



 エリア51 

「一人の日本人が宇宙人と接触したらしい」

「保護しないと。殺されてしまうのでは?」

「不法侵入だとして捕まえておこう。いいか、くれぐれも保護だと気づかれるなよ。宇宙人と接触した人は発狂して、廃人あるいは死ぬという噂もあるが……」

「どちらにせよ、行くぞ」

……この広大な宇宙、人類の他に違う生物がいると考えるのも自然であろう。

しかしながら、いまだに我々の目の前に日常的に表れない点を鑑みるに人類は宇宙市民として認められていないのかもしれない。

















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