独白
これほどあの男に頭を垂れたいと思うとは、思いもしなかった。
あの男が彼女と結ばれた時は、こんなに憎んだことはないと、一方的に憎悪を向けていたというのに。いざ、彼女に歩み寄りこの関係を手に入れた今、姿形の分からぬ化け物が、俺を遠くから見つめてくる。
強いて言うなら、事を起こした後の空虚な絶望感が、まるで幼少の危機感のように、俺の良心を打ち壊そうとして、いや、或は、その良心が私の起こした事に対して、私の中から排除しようとやっきになって、私に、一生で、最後の選択とでも言うように、迫って来るのだ。
こんなにも自分を醜いと思ったことはない。しかし、ここで、私の醜態を一つの影に隠していいと言うのなら、彼女の方が私よりも、より醜いものだと歌おう。
己が求めた純愛を、ドクドクと、一心に注いでくれた男を蔑み、新たな男にそれを求めたあいつは、誰よりも醜い、汚ならしいものだ。
しかし、ここで一つ、影に隠したとしても、今から試みようとする事が、足し増していくと言うのなれば、結局、日の本に露になるのは俺である。
俺は、逃げるのだ。俺達ではなく、俺独りが、この明るい月下の土道を、跳ねるような足取りで駆けるのだ。
すまないなどと思うことも性懲り無く、俺はあらゆるものから逃げるのだ。あらゆるものを捨てるのだ。
ああ、ああ、月よ。俺を照らさないでくれ。醜く歪んだ俺の顔を照らさないでくれ。俺は、お前の光に当たる云われもないのだ。俺の背中には、普通なら、背負うことのなかった罪が乗っている。私はそれから逃げるのだ。今なお遠くから見つめる怪物から逃げるのだ。それでも、それでもお前が俺を照らすと言うのなれば、俺は、これから先夜になる度に背負い、襲われる。頼むから、私を闇に落としてくれ。その身を白き影に乗せてくれ。お願いだ。私を、殺してくれ。