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手を繋いで二人  作者: 夜光始世
今日子
14/21

3


 優等生の兵伍が、遅刻ギリギリで教室に駆け込むのは珍しい。鞄の中身を机に移し、ぐったりと椅子にもたれながら下敷きをうちわ代わりに扇いでいると、翔斗がにやにやしながら声をかけてきた。

「兵伍寝坊した? 俺より遅いなんてことあるんだなー」

「今日ばたばたしてたんだよ……休もうかと思った」

「えっ、マジ? なんかあったん?」

「いや……まぁたいしたことじゃねーよ」

 一連の出来事を説明する気にもなれず、兵伍は言葉を濁す。

「そう? あ、そうだ、昨日女子バトって増田とガイアキスしてたじゃん。多分アレの影響だと思うんだけどさぁ、増田の周りちょっと変で」

 翔斗は声を潜め、ちらりと増田の席を見た。

「どう思う?」

 露骨にならないよう気をつけながら兵伍も視線をやる。確かに、妙な空気があった。増田の周りに誰もいない。だが、二メートルほど離れた場所で会話している女子四人は、時折増田の方を見ながらクスクスと笑っている。増田本人は、平然としているふうを装っているが、心細そうな顔が隠しきれていなかった。

「ハブってんの?」

「かも。女子に聞いても『なんにもないよ』って言うんだけど、変だよな?」

「変だな」

「だしょ? 俺の気のせいじゃないよな? なんかみんな気にしすぎとか言うからわけわからんくなって! でもすげーキモい感じあんの!」

「わかる」

「兵伍~! 良かった、お前今日休まないでくれて。ガイアはまだ来ねぇし俺ずっとモヤってて」

 翔斗はほっとしたように破顔した。同意してくれる者がおらず困惑していたらしい。

「なんかやだな、あーいうの。やめろって言うのも無理じゃん、だって証拠はないしさ。なんもないって言われたら、あ、そーなん、って言うしかない」

「まぁそのうちなんとかなるだろ。気にすんな」

「えー……」

「俺たちが首突っこんでもどうしようもねぇよ。ガイアが宥めんじゃねぇの」

「そっかな」

 翔斗は納得いかない様子だったが、兵伍は黙殺した。

 昨日の時点、更に言えばガイアが異様にモテだした時点でいずれこうなることは予想していた。気づいていないだけで、今までも似たようなことはあったかもしれない。だがなんだかんだでガイアは上手く調整してきたし、兵伍は色恋沙汰に関わりたくないので近づかないようにしていた。疲れたガイアを慰めはしても、女子の争いは遠目に見る。それが兵伍のスタンスである。

 しかし、その日のうちに、兵伍はスタンスを修正する羽目になった。昼食の準備中、担任の教師に手招きされ、廊下に連れ出されたのだ。厄介ごとの気配を感じ取り、内心げんなりする。

 早谷美也子、一年前に大学卒業したばかりの若い女性教師だ。去年は副担任をしており、自身が主体となる担任クラスを持つのは今年が初めて。経験不足であるが故に、比較的落ち着いていて言う事を聞いてくれそうな高学年の担当にされたのだろうと推測されるが、しかしタイミングが悪かった。ちょうど彼女が受け持ったクラスには高橋ガイアがおり、しかも空前のモテ期が訪れていたのだ。

 四年生のときまではまだ三股程度だったし、お付き合いと言ってもおままごとのような雰囲気が強く、問題が表面化していなかった。だが秋原風音が彼女として参戦したことにより、ガイアの地位は急速に『女子に好かれやすい男子』から『みんなの憧れの王子様』に昇格し、トロフィー的な意味合いを持つようになってしまった。かくして、ガイアの彼女たち、そしてその友人間で、水面下の鍔迫り合いが繰り広げられることとなったのである。社会人になりたての教師には荷が重い現状だった。

 早谷は、廊下の隅で気まずそうに兵伍を見下ろし言う。

「美鶴くん、高橋くんと仲良いんだよね? なんだか今拗れてるみたいだから取り持ってあげてくれない?」

「取り持つって、あいつと彼女をですか」

「いや、うん、というかね、一人に決めて欲しいなって。先生、女子から色々相談されるんだ」

「ガイアは来るもの拒まないだけです。嫌になったなら諦めればいい話じゃないですか」 

「そういうわけにもいかないのよ……みんなが美鶴くんみたいに大人じゃないからね」

「俺、子どもですよ」

「でもしっかりしてるじゃない。高橋くんだって美鶴くんの言う事なら聞くでしょ。お願い、最近女の子たちの雰囲気が怖すぎるの。なんとか元の仲良しに戻って欲しくて」

「俺ができることなんてそうないですよ」

 大体女子全員が本当の意味で仲良しだったことなんてない。ガイアのせいでギスギスが加速してはいるが、風原と木山などは元々明らかに馬が合わない性格だ。

 それは男子間でも同じことで、いつも騒がしくて給食を真っ先におかわりしに行く野球少年杉本と、どもり癖があって何故か常に粘土を持ち歩いている濱田は、強制的に同じ班にでもされない限りほとんど会話することはなかった。周囲が無理に仲良しをお膳立てしようとしても上手くいく可能性は低いだろう。

 とはいえ、増田の孤立には兵伍も思うところがある。仲が良くないだけならまだしも、いじめに発展するなら話は別だ。

「美鶴くんに解決して欲しいってわけじゃないの、ただちょっと高橋くんにそういう、その、女の子たちの気持ちとか、話してくれないかなって」

 手を合わせて頼み込む早谷に、兵伍は仕方なく了承した。

「わかりました。言うだけ言ってみますけど、期待しないでくださいね」

「ありがと~! ごめんね、先生なのにこんなこと頼んじゃって」

「や、まぁ、大変ですよね、うちのクラス」

 少し気の毒になって兵伍が言うと、早谷は手のひらを合わせたポーズから指を組むポーズに変え、「美鶴くんてほんと大人……」としみじみ呟いた。



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