【短編版】堕天使との契約で謎のスキル『ゲヘナ』を手に入れた平凡な冒険者は、自分から全てを奪った勇者たちに復讐を誓う
『起きろ、起きろ、起きろ!!』
「うっ、ううっ……」
うめき声をあげながら、俺はゆっくりと目を開けた。
くっ、一体、何が起こったんだ? なんで、村が、俺の故郷が燃えてる? なんで、村のみんながピクリとも動かないで、そこらへんに転がってる!?
朦朧とする意識の中、耳に響いて来るのは村の人たちの悲痛な声。そして目に入ってくるのは村中を包む真っ赤な炎。
その様子は少し前まではここが村であったことすらもわからないほどだった。
「っ!!」
激しい痛みに俺は頭を押さえた。
血だ、頭から血があふれてる。全身が痛い。いや、左腕だけは別だ。左腕は、感覚がない。
そう思って、自分の左腕の方に目線を向ける。そこには、あるはずのものがなかった。さっきまではあったはずの俺の左腕が。
「ああ、ああああ!!」
全身に激痛が走り抜ける。俺は腕を抑えて、その場にうずくまった。
痛い、痛い!! でもだめだ! 立て、立つんだ! このままじゃ、フランとメイリーが! 俺の大切な家族が死んでしまう!
俺は震える足を何とか動かし、自分の体を起き上がらせた。そして血が湯水のごとく流れ出る左腕を、服を裂いて作った包帯で縛り、ゆっくりと歩きはじめる。
「フラン! メイリー! 頼む、返事をしてくれええええ!」
俺の声に返事はない。ただ、パチパチと火のはじける音と家屋が崩れ去る音が返ってくるのみだった。
思い出せ。確か、アベルたちと一緒に、この村の近くの凶悪な魔獣の討伐依頼を国王様から受けたんだ。里帰りがてらに、村によって、皆をフランとメイリーに紹介して、一緒に夕食を食べて……。
『そうだ、思い出せ』
そして、夕食を食べた後だ。2人が寝たのを確認してから、魔獣が住んでいると噂の洞窟に向かった。道中は順調だった。俺は荷物係だから、何の役にも立たなかったけど。仲間のみんなは魔王を倒した勇者パーティ。あんなレベルの魔獣なら敵じゃなかった。
でも、洞窟の奥に潜んでいた奴は違った。普通の魔獣じゃなかった。人の形をして、人の言葉をしゃべってた。そいつは、俺たちには目もくれずに洞窟の外に向かって行った。俺たちはそいつを追いかけて、また洞窟の外に出たんだ。
「や、やめて! なんで、なんでこんなことを!?」
思考のさなか、そんな声がどこからともなく聞こえてくる。それは、この惨劇に対する嘆きではない。どこか、誰かに訴えるような言葉だった。だが、その声にしてやれることはない。俺は唇をかみしめながら、必死におぼろげな記憶をたどっていく。
その魔物自体は洞窟の外ですぐに捕まえられたんだ。そこから戦いになって、あまりの激しさに俺はただ見ていることしかできなかった。
「ひどい! 私たちなんてどうでもいいってこと!?」
その戦闘の途中、魔獣が放った攻撃が村の方に向かってしまった。村の方では炎が上がって、村人たちの声が聞こえてた。
でも、あれだけじゃこんな被害にはならないはずだ。少なくとも村が全焼するような規模ではなかった。その後すぐに魔獣を倒したし、こんな事にはならないはずだ。
……魔獣がやったんじゃない? じゃあ、一体誰が?
「ふざけるな! これが、これが、勇者のやることか!?」
村人の声が遠くで聞こえたが、火の音で何と言ったかまでは聞こえなかった。
『嘘だな』
とにかく、この角を曲がったらもう俺の、俺たちの我が家だ。大丈夫、きっと生きてる。怯えながら、俺の助けを待っているはずだ。
『本当にそう思うのか?』
俺は走り出して、その曲がり角を曲がる。だがそこにはフランの姿も、メアリーの姿も見つからなかった。
「ああ、そんな……」
そう呟いた時、燃え盛る家の玄関から出てくる人影が1つ。フランだ。俺の大切な妻、フランだ。
綺麗な白い肌は血に染まり、子供を守ってついたのであろうやけどの跡が痛々しい。そしてフランの手に包まれ、彼女をしっかりと抱きしめているメイリーはほんの少しではあるもののうめき声を漏らしていた。
ひどい状態だ。だが、生きている。それだけで俺は嬉しさのあまり泣きそうになっていた。
「フラン! メイリー! ああ、生きてたか!」
そんな俺の言葉に対し、彼女はなぜだか悲しそうな顔をしていた。
逃げて……。
声は聞こえなかったが、口の動きで彼女がそう言っていることが理解できた。だが、その意味までは理解できない。一体、何から逃げろというのか。
……まさか!?
彼女のもとに足を踏み出した瞬間、彼女たちが出てきた建物の中からこぼれる一筋の輝きが目に映った。
剣だ。その輝きは、血に染まり、彼女の胸元へと近づいて行く。
そんな、バカな。どうして、どうしてこんなことを!?
「やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉ!!」
ー2年前ー
「君を僕のパーティにスカウトしたい!」
「はぁ?」
ギルドに現れた謎の4人組の1人にそう言われ、俺は間抜けな声を漏らした。
俺の名はカイン・ユリウス。冒険者ギルドに所属する冒険者だ。ランクは10。最大が99で、俺はもう3年ほどやっているから、そこまで飛びぬけた才能のある冒険者じゃない。
いや、今のはだいぶ優しい表現だ。正直言って、才能は皆無と言っていいだろう。普通、ランク10なんて1年もすれば大体の奴が越える。
実際、今俺の横にいる親友のサルミエントは俺とほぼ同時に冒険者になったが、現在のランクは30だ。こいつはどちらかと言えば才能がある方だから、単純には比較できないが、これだけでも俺がどれだけ平凡なのかは理解できるだろう。
そんな平凡な俺を、なんでこんな立派な装備をした冒険者たちがスカウトしに来るんだ? 意味が分からない。
困惑する俺など気にも留めずに、その男は俺の手を握りぶんぶんと振る。
「君がカイン・ユリウスだろ?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「僕はアベル・ゴットハルト。実は、国王様の命でちょっとした大仕事に取り掛かっていてね!」
アベルと名乗ったその冒険者の言葉に、ギルドの中にいた冒険者たちは一斉にざわざわと騒ぎ始める。その声の中には、勇者だとか魔王だとかいう言葉が聞こえてくるようだった。
周りの様子に眉をひそめていると、横にいたサルミエントが俺の耳元でこうささやいた。
「おい、こいつら、噂の勇者パーティだぜ?」
サルミエントの言葉に俺は驚いてアベルの手を放す。そして俺もアベルに聞こえないようなひそひそ声でこう返した。
「それ本当に言ってんのか? 最近噂の魔獣の王だか魔王だかを倒すために大陸中の国々が協力して最強の冒険者たちを集めて結成させたっていう、あの!?」
「ああ、間違いねえ。俺思い出したぜ。確かリーダーは金色の瞳と髪をしてて、俺たちよりも若い、雰囲気のいい奴だって」
確かに、サルミエントの言った容姿とアベルは見事に一致していた。だがしかし、そうなると余計に疑問だ。
「だとしたら、なおさらおかしいだろ!? 魔王討伐をする勇者様がなんで何の才能もない俺のことスカウトすんだよ!?」
「知るか! まあ、確かにお前を連れてくなんて変だけどよ! 魔王討伐っていうプレッシャーで頭のねじが飛んじまったとか?」
「それ、結構俺にもダメージが来る言い方なんだが」
俺たちがひそひそ声でそう話していると、目の前のアベルがコホン、と一つ咳をする。
「あの、聞こえてるよ?」
彼の言葉に、俺とサルミエントは愛想笑いを浮かべた。
「ははっ、すいません、勇者様」
「いや、アベルでいいよ。だから僕も君のことをカインと呼んでもいいかな?」
「え? ああ、いいですけど……」
「じゃあよろしくカイン!」
そう言ってまたも手を差し伸べてくるアベルはにこりと笑っている。
事情は分からないが、1人の冒険者として見てみればこれ以上ないチャンスだろう。魔王討伐という、最高クラスの依頼を受けたパーティに何の努力も無しに入れるのだから。だが、俺には彼の手を握れないある事情があった。
「家族が、いるんだ」
俺のつぶやきにアベルは「家族?」とオウム返しで問いかける。
俺にはフランという妻と、メイリーという娘がいる。彼女たちを養うために俺は働かなくちゃいけない。俺が、才能がないのに冒険者を続ける理由はそれだ。フランに、メイリーに少しでも楽をさせるために必死に働いて金を稼がなくちゃいけない。
魔王討伐は魅力的だ。俺の体が、俺だけのものなら喜んで受けた。だが、実際はそうじゃない。魔王を倒しに行くとなれば、その旅は長く過酷なものになるだろう。その間、誰が彼女たちのために金を稼ぐ? 誰が彼女たちを守る?
首をかしげるアベルに対し、俺はそんな話をした。
「だから、俺はあんたたちの仲間にはなれない」
俺の言葉に対し、アベルは笑ったまま、差し出していた手で俺の肩を掴んだ。
「君はとても優しい人なんだね」
「いや、そんな事は……」
「でも大丈夫。心配いらないよ。君の家族に対しては生活に十分な額の補助金が支給される」
「え?」
「魔王を討伐する冒険者の大切な家族だぜ? 国が全力を挙げてサポートするさ」
アベルの言葉に俺は少し口角が上がった。だが、それだけではだめだ。もし仮にフランたちが魔獣に襲われたり、危険な目に遭ったとき、一体誰が守る?
そう口を開こうとしたその時、横からサルミエントが俺の体を肘で小突く。
「心配すんなよ。フランたちは俺が守る」
「サルミエント」
「俺たち小さい頃から同じ村で育った親友だろ? お前がこんなチャンスを捨てようとしてるところを見過ごすと思うか?」
サルミエント……。お前より、20もランクが低い俺だぞ? きっと、悔しいはずなのに、お前はどうしてそんな笑顔でそう言えるんだ? どうして何の文句も垂れずに俺のためにそんなことしてくれるんだ?
親友の満面の笑みを見て、俺は柄にもなく涙がこぼれそうになった。
「……ありがとな」
「いいってことよ」
俺はサルミエントに対しそう言って、目の前のアベルの顔を見つめる。
「分かった。なぜ俺を選んでくれたのかは知らないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。俺をアンタのパーティに入れてくれ!」
「もちろん」
みたび差し出されたアベルの手を、今度は自分の意志で握りしめる。
そうだ、ここからだったんだ。俺はここから最強の冒険者への街道を一気に駆け上がるんだ!
◇◇◇
旅は、終わった。
森の中、まばらに入ってくる陽の光を眺めながら。俺はそんなことを考えていた。
そうだ、もう旅は終わったんだ。俺が初めてアベルたちと出会ってからもう2年近くが経過した現在、俺たちは魔王を倒し、王都へと凱旋する帰路についている。
道中では様々な出来事があった。山を越え、砂漠を歩き、海を渡った。立ち寄った町や村の人々の助けとなり、魔王のさし向けてくる魔獣たちを幾度となく倒してきた。
俺もアベルたちのように強く、皆を守れる力を手に入れられると、そう思っていたが、そんなことはなかった。勇者パーティに加わったからと言って、結局、俺が才能のない冒険者であることに変わりはないんだ。
彼らが必死に戦っている間、俺は何もしていなかった。やったことと言えば、荷物持ちやアイテムの整理といった雑用。まあ、しょうがないさ。俺ができるのはそれくらいしかないんだから。
役立たず。そう言われたって仕方ない。だけど、アベルたちはそんな俺を仲間だと認めてくれていた。
「どうしたんだい、カイン? そんな浮かない表情して? もうすぐ王都だ、魔王を倒した勇者として凱旋できるんだよ?」
馬車に揺られながら、頭を抱える俺を見かねてアベルがそう言った。
「俺が勇者か……。そんなの荷が重いよ、俺はこの旅で何の役にも立てなかったって言うのに」
自虐的にそう呟くとアベルの隣から「そんなことないですよ」と優しい声が聞こえてくる。
「カインさんには、その優しさや明るさでみんなを癒す力があります。これまでも、私はその笑顔に何度も助けられてきましたよ?」
温かい言葉をかけてくれる彼女は緑色の長髪に美しい容姿をしていて、耳が長く尖っている。
アフレール・アリアドール。エルフの中でも特段魔導に優れ、それゆえにエルフの里から追い出された、異端の冒険者だ。
極めて穏やかで争いを嫌う性格で、戦いで役に立てない俺に対してもこんな風に励ましの言葉をかけてくれる。まさに女神のような人だ。
「……ありがとう、アフレール」
アフレールの励ましに俺は一言、そう呟いた。
「いえいえ。確かにカインさんは戦闘では役に立たないかもしれませんが、それ以外の所でとっても私たちの助けになっているのですよ」
アフレールの言葉にアベルがすかさず「その一言余計だよ」と声をかける。
そうだ、言い忘れたが彼女は天然である。
俺が無意識の言葉のナイフに心を引き裂かれていると、アフレールのさらに後ろ、青い髪をなびかせて、俺のことをギロリとにらむ女性の姿があった。
「ったく、アフレールはこいつに優しすぎる! そんなんだからカインがいつまでたっても成長しないんだ!」
ぐっ、事実なだけに耳が痛い……。
俺に対して現実的な言葉を投げかける彼女はリウレ・コンキスタ。帝国一の双剣使い兼暗殺者だ。
この通りかなりきつい性格をしているが、案外可愛い小動物が好きだったり、本当に危険なときは助けてくれたりなど、ギャップがあってなんだかんだ良い奴だ。
「どうどう。リウレはそうやっていつも言葉が強いよ? ごめんよカイン。彼女も別に君が嫌いなわけじゃないんだ」
羽つき帽子をかぶり弓矢を持ったこの男はレミシュ・サジタリア。百発百中の弓矢使いでパーティの後方支援担当だ。
性格は一言でいえばチャラい。女たらしで軽口をよく叩く。だが、他人のために命を懸けられる勇気も持ち合わせている。彼も俺を気遣ってくれる優しい奴だ。
「全く、最初から最後まで変わらないな、君たちはさ。でも、こんな会話ができるのも、あと少しなんだよね……」
そして、アベル・ゴットハルト。俺をこの勇者パーティに誘った張本人。
結局彼はなぜ俺をスカウトしたのかを話してはくれなかったが、俺のことを最後まで助け、仲間として接してくれた。そこに憐れみの気持ちは感じない。本当に俺のことを必要であると、仲間だと言ってくれた。
アベルのためなら命も差し出せる。そう思わせるようなカリスマが彼にはあった。
「俺にとって、このパーティでしてきたここまでの旅は宝物だ。多分、一生忘れることはない。本当にみんなありがとう」
「どうしたんだよ、カイン? さっきからすごく感傷的じゃないか」
「悪い。この旅がもう終わるんだって思うとついな」
「ふっ、君がそう思ってくれてうれしいよ。それだけこの旅が楽しかったってことでしょ?」
「ああ」
「僕も、とても楽しかった。苦しいことはあったけど、そのたびに皆で乗り越えてさ」
「カインは役に立たなかったけどな!」
「おいリウレ、水差すなって」
リウレのとげとげしい言葉にアベルがそう返すと、皆がクスリと笑う。その笑いはだんだんと大きくなって、空へと広がっていく。
「あ、みんな見て。王都が見えてきましたよ!」
アフレールが指をさす先には城壁の広がる、立派な都市の姿があった。皆が馬車から身を乗り出し、故郷への凱旋を心待ちにするように口角を上げる。
ああ、とうとう、俺も帰るのか。故郷へ、フランとメイリーの元へ。
◇◇◇
王都へと俺たちが帰還し、城門を抜けるとそこには割れんばかりの歓声を上げる民衆たちの姿があった。
俺やアフレールはその様子に驚いてただ見ているだけだったが、アベルは堂々たる姿で民衆たちの声援に応え、レミシュはいつも通り美女たちの言葉にだけ耳を傾けていた。そんな彼を見てリウレは彼を足で蹴り、その姿にみんなで笑う。こんな状況であっても俺たちの中にはいつも通りの光景が広がっていた。
王城へと赴くと、出発の時と同様の豪勢な雰囲気の中、国王様が俺たちに勲章を与えていく。加えて、大陸中の知恵と技術を結集して作り上げた武器や魔導書も。俺も自分には決して見合わないような光り輝くオリハルコンの剣を授与していただいた。
その後には王都を上げたパーティーが開かれ、国王様も、民衆も、皆分け隔てなく俺たちと一緒にお祭り騒ぎの様相だった。その祭りは夜中続き、ついには朝日が昇り始める時間になった。
さすがに騒いでいた街もおさまっていて、街の中は小鳥のさえずりが聞こえるほど静かである。そんな中、俺が王城の窓辺で独り夜空を眺めていると、後ろから国王様の声が聞こえてくる。
「カイン、カイン・ユリウスはいるか?」
「国王様?」
俺が振り向くと、そこには国王様の他にアベルにアフレール、リウレとレミシュも一緒にいる。そして、皆は一様に真剣な表情をしていた。
「ど、どうしたのですか……」
「重要な話がある。君の、故郷に関わる話だ」
俺は国王様の言葉を聞いて、肝を冷やした。表情からして、まず間違いなくうれしい話でないことを察したからである。
「何!? 俺の故郷!? ラクナ村に何かあったんですか!?」
国王様に対して、失礼にも俺は声を荒げる。だが、その時の俺にはそんなことを考える余裕などないほど慌てていたのだ。
動揺した俺の様子を見て、後ろにいたアベルが近づいて俺の両肩を持つ。そして、俺が落ち着くのを待ってから、何があったのかの話を始めた。
アベルの話によれば、ラクナ村の近くにある洞窟に強力な魔獣が出現したというのだ。その魔獣は極めて異質の様子であり、噂話では人のような姿をして、人語を操っていたという。
「ばかな! 人型の魔獣は魔王軍の幹部クラスの特徴じゃないか!? 幹部は全員倒したはずだろ!?」
八つ当たりのようにアベルにそう問いかける。
「分からない。だから、僕たちでその魔獣を討伐することになった」
「あ、ああ。わ、分かった」
いや、分かるか! なんで、なんで俺の故郷の近くにそんな危険な魔獣が来るんだ!
「カインも心配だろう? だから、今すぐここを発つ」
アベルは心配する俺を見かねてか、少し笑いながらそう言った。
ああ、ああ。そうだな。アベル、ありがとう。お前はいつも優しいな。
口には出さないが、俺は心の中でそんなことを考えていた。
「それで行って参ります、国王様」
アベルがそう言うと、国王様が慌てた様子で俺たちを引き留める。
「少々待ってくれ。出てくるのだ、フォルラン!」
国王様がそう言うと柱の後ろから立派な鎧を身に着け、槍をその手に携えた男が出てくる。
「彼はフォルラン・グロッテン。我が近衛兵の隊長だ」
「どういうことですか?」
「後学のため、彼も連れて行ってほしいのだ。フォルランは才能はあるがまだ若く、未熟な部分がある。だから君たちの姿を見せ学ばせたいのだ。よいか?」
国王の問いかけに、アベルは快い返事をする。
こうして俺は思わぬ形で故郷へと帰ることとなったのだ。
◇◇◇
ラクナ村に到着するころには、空は暗くなり、星が輝いていた。
馬車から降りた俺はすぐさまフランたちの元へと行こうとする。だが、そんな俺に対し、リウレが手を引いた。
「バカっ! お前どこ行くつもりだ!?」
「勿論、妻と娘の所だ!」
「ったく、お前がそんな慌てた様子で帰ったらどうなるか考えろ!」
「何?」
「これは極秘任務だ。村に知られるわけにはいかない。私たちはできるだけ緊急事態であることを悟られないようにふるまわなきゃいけないんだ!」
「極秘任務なんて知ったことか! 一刻も早く、家族を守ろうとして何が悪いんだ!」
「これは、お前の家族のためでもある。私たちが必要以上に騒いで、フランたちを、村人たちを不安にさせるわけにはいかないんだ」
俺の手を掴むリウレの表情はひどく真剣なものだった。俺はそんな彼女の目を見て、心を落ち着ける。
そうだ、リウレの言う通りだ。フランやメイリーをわざわざ怯えさせる必要はない。俺たちはできるだけ普通に振舞わないと。
「ありがとう、リウレ。おかげで落ち着いたよ。さすがは隠密のエキスパートだ」
「ったく、カインは優しすぎるんだ。いつも他人のために命を懸けようとしやがって!」
彼女はため息を吐きながらも、どこか笑っているように見えた。
リウレの助言により、俺たちはいたって変わりない様子で、家へと帰る。
ドアをノックし、彼女の優しい声が聞こえてきた。ガチャリ、と音を立てて扉が開く。そこには、愛すべき妻と、愛しい娘の姿があった。2年ぶりに見る彼女たちの顔に俺は涙を流す。
「あ、あ……。あ、あなた……」
「ああ、帰ったよ、フラン」
フランも俺と同様涙を流し、俺たちは無言で抱きしめ合う。そしてすぐさまかがんで、びっくりした顔で俺を見つめるメイリーのことも抱きしめた。久方ぶりの家族の肌のぬくもりは、ここまでの旅の疲れを一瞬で癒し、今現在の危機すら忘れてしまうほどの安心感があった。
「ったく、妬けるねぇ」
俺の後ろでレミシュがにやりと笑いながらそう呟く。どうやら、フランはそれまで俺の仲間たちがいることに気付いていなかったようで、彼の言葉で後ろにいるアベルたちの姿を確認すると、口を覆って驚いた様子を見せた。
「あ、アベルさんにアフレールさん!? それにリウレさんにレミシュさんまで! あと、そちらの方は……」
「俺はこいつらとは関係ない、国王様の近衛兵の隊長のフォルランだ」
「そ、そうだったんですね。それにしてもどうしてこんなところに……」
フランの言葉にアベルが俺の隣まで出てくる。
「いえいえ、実はいつもカインが話す、自慢の奥さんに一目会いたいと思いまして」
「お、おい。やめろよ!」
「ははっ。カイルからお話はいろいろ伺っていますよ?」
アベルの冗談に、フランは顔を赤くして恥ずかしがる。だが、すぐに慌てた様子を見せてこういった。
「どうしましょう! 皆さんを歓迎したいのだけど、なにぶん狭い家で、お料理も2人分しか……」
申し訳なさそうにフランがそう言おうとしたその時、後ろの方から懐かしい、それでいて聞きなれた声がする。
「おっと、なんだか騒がしいと思ってきてみれば。懐かしい顔がいるじゃないの!」
「サルミエント!」
「ったく、遅すぎるぜ親友!」
◇◇◇
サルミエントの計らいで料理のための食材を用意してもらい、小さなパーティーを開くこととなった。フランやアフレールが料理を作り、俺やアベル、サルミエントで机やいすを並べる。リウレは暇そうに部屋の端で目を瞑り、レミシュもやることがなさそうにフランのことを口説いている。
待て、口説いてる!?
「おい、レミシュ! お前、さすがにやっていいことと悪いことがあるだろ!」
「悪い悪い! ただ、あんまりにも美しいもんだからさ! ったく、ずるいぜカイン? こんなきれいな奥さんがいるなんてさ」
俺とレミシュの言い合いにフランはクスリと笑う。
アベルにそそのかされて、料理を手伝って大失敗したり、レミシュが得意の琴を弾いて歌を歌ったり、リウレが他の奴らに見られないようにメイリーのことを抱きしめているところを目撃したり、サルミエントとこの2年間の話をしたり。
フォルランこそあまり、楽しそうではなかったものの、俺たちは実に明るく楽しい時間を過ごした。
ああ、これが幸せってやつか。こんな時間がいつまでも続けばいいんだけどな……。
「ねえ、パパ! 勇者様との話もっと聞かせて!」
メイリーがキラキラと目を輝かせながら俺にそう言ってきた。
「だめだ。もう遅いし、寝る時間だぞ」
「え~、もっと聞きたいもっと聞きたい!」
俺は駄々をこねるメイリーを抱き上げ、フランと一緒に2階の寝室へと向かう。そして、愛しい娘をふかふかのベッドへと下ろし、きれいな黒い髪をスッと撫でた。
「ほら、もう眠くなってきただろ?」
「ううん」
「そうか? じゃあ、どうすれば眠くなる?」
「じゃあ、お歌を歌って!」
元気よくそう言うメイリーに俺とフランは顔を合わせて笑う。
「分かったよ。じゃあ、この村に代々伝わる子守唄を歌ってやる」
暗い世界を照らしだす~勇者の掲げる聖なる剣~♪
剣は黒くまばゆく輝き~並み居る悪魔を従える~♪
光に導く白き羽~行く先は天かはたまた地獄~♪
フランと共にそんな歌を何節も歌う。そして、俺たちが歌を歌い終わるころにはメイリーは静かに目を閉じ、寝息を立てていた。
「眠ったか?」
「ええ。それにしても覚えてたのね、この歌」
「忘れないさ。子守唄にしてはずいぶんと物騒な歌詞だからな」
その後、俺たちは1階へと戻り、アベルたちを見送る。片づけを終わらせ、2階の寝室で床に就く。それからしばらくベッドで横になり、フランが眠ったのを確認してから、俺は静かに階段を降りた。
『家族が眠ったのを確認したら、村の入り口まで来てくれ』
パーティーのさなか、アベルが小声で俺にそう言ってきた。俺は彼の言葉に従い、家を出てラクナ村の入り口へと歩を進める。
そこには、既にアベルをはじめとしたパーティの仲間たち、それに近衛兵隊長のフォルランもいた。
「遅いぞ、カインさんよぉ」
ふてぶてしい態度でフォルランが俺に対してそう言った。対して、アベルは彼をたしなめつつ「さあ、行こう」と急ぎ足で噂の洞窟へと向かう。
◇◇◇
洞窟は村から数百メートルほどの場所に位置していた。確かに、これほどの近さではいつ村に危険が及ぶかしれない。早急に対処しなくては。
洞窟の中に入ると早速魔獣たちが俺たちの行く手を阻んだ。と言っても、アベルたちにとってはこの程度の魔獣は敵ではない。魔法や権能を使うまでもなく、彼らは魔獣たちを切り伏せていく。
だが、俺にとっては別だ。アベルたちが仕留めそこなった魔獣がたまに後方にいる俺の方まで飛んでくることがあったが、俺はその魔獣の攻撃を防ぐくらいしかできない。倒しきるなんてもってのほかだ。
そんな魔獣たちは俺の更に後ろにいたフォルランが仕留めてくれた。ただ、明らかに俺に対して呆れたため息を吐きながらついて来ているのが分かって少々苦しかった。
「カイン、大丈夫かい!?」
「ああ、俺は大丈夫! 俺のことは気にせず先に進んでくれ! 俺なんかより、噂の魔獣を一刻も早く倒す方が先決だ!」
「分かった! じゃあ、フォルランと一緒にあとで来てくれ!」
そう言うと、アベルたちはさらにスピードを上げて洞窟の中へと進んでいった。
「なあ、あんた、本当に勇者パーティのメンバーか?」
アベルたちの姿が見えなくなったころ、後ろからフォルランがそう言った。
まあ、そう思うよな。俺だって外から俺のことを見たらそう思うだろう。
「確かに、俺は強くない。アベルたちに比べればそこらへんに転がる小石みたいなものだ。アベルが俺を何でスカウトしたのかもわからない」
「じゃあ……」
「でも、あいつは、あいつらはそんな俺を仲間だと、大切な友だと言ってくれたんだ。そんなアベルたちを失望させないためにも、俺は俺のできる範囲で全力を尽くす。それだけだ」
洞窟を進みながら、俺は決意にも似た言葉を口にする。だが、
「くだらねぇ」
「何?」
「どれだけ言葉を並べ立てようと、おめえが使えねぇボンクラだってことは変わらねえ」
「何だと!?」
「勇者パーティってんで、どんだけすげえ奴らかと思って付いて来てみれば、お前みたいなゴミを頑張って介護する仲良しこよしのなれ合い集団だったんだな」
「このっ……」
俺はフォルランの言葉を聞いて、彼の鎧を掴んで壁に押し付ける。
俺はいい。いくら俺のことをばかにしたってかまわない。事実だから。
「だが、俺を認めてくれたアベルたちをばかにするのは許さない!」
「はっ! それが馴れ合いだって言ってんだよ! いいか? この世界で必要なのは圧倒的な強さだ! それさえあれば、この世界のどんなものだって手に入る!」
不気味な笑いを浮かべながらフォルランはそう言った。
こいつ、腐ってやがる!
俺は怒りで震えるこぶしを何とか抑え込む。
だめだ。こいつは国王様の大事な近衛兵の隊長。俺の一個人の感情で傷つけるなんて。
「もういい。分かったから、早くアベルたちに追い付くぞ」
「ふん、この腰抜けが」
「……」
◇◇◇
数分ほど魔獣たちを退けながら洞窟を進んでいった先、最奥の行き止まりにアベルたちは立ち尽くしていた。
「アベル!」
「……」
俺が後ろから声をかけても彼らは答えない。ただ、じっと前を見つめていた。
ん? 一体どうしたんだ?
俺は疑問に思い、彼らの視線をたどる。するとそこには、噂通りの姿をした魔獣が立っていたのだ。
人のように2本の足で立ち、まるで執事のような服を着ている。肌も髪も透き通るように白く、赤い瞳がきらりと輝いている。
だが、それが人間ではないことは一目で理解できた。なぜなら、その生き物の背中には真っ赤な翼と尻尾が生えていたからである。
「お、お前が噂の魔獣だな」
アベルがごくりと息をのみながらそう言った。
「ごきげんよう、勇者諸君。私はメフィスト。メフィスト・フェレス。万魔の王から命を受け、あなたたちを殺しに来ました」
にこりと笑いながら、メフィストと名乗るその魔獣はバッと赤い羽根を広げる。そして有無を言わさず、洞窟の入り口の方へと飛び去ってしまったのだ。
「まずい! あいつ、村を襲うつもりかもしれない!」
俺がそう叫ぶと、アベルは落ち着いた様子でこう言った。
「大丈夫。僕たちがそんなことさせない」
国王様からもらった剣を鞘から引き抜き、両手で持って顔の前で切っ先を上へと立てる。
「虚空の創造・竜の息吹」
アベルのつぶやきと同時に彼の魔力がブワッと空間へと広がる。その魔力は空に浮かぶ雲のように揺らめきながら徐々に形を変えていった。
巨大な体、頑強な脚、雄大な翼、怖ろしい顔。魔力の雲は徐々にそんなような形を成し、ついにはそこに実際の竜が現れたのだ。
アベルはその竜の背中へと飛び乗り、俺たちに向かって手を伸ばす。
「さあ、乗るんだ! アフレールは攻撃魔法、レミシュは補助の魔矢、リウレは身体強化をして準備してくれ!」
「「了解です、おう、分かった!」」
仲間の皆はそれだけ言ってすぐさま竜の背に乗り込む。
「カインとフォルランも乗ってくれ!」
アベルに再度そう言われて、俺はようやく竜の背に乗る。フォルランも俺と同様にしたが、
「さすが、バケモンみたいな権能だな」
とつぶやいてにやりと笑っていた。
「さあ、いくぞ!」
◇◇◇
「はぁ!!」
アベルは竜の背から飛び降り、勢いそのままに政権を振り下ろす。だがそんな彼の一太刀をメフィストは素手で受け止めた。
「なんですか? このくだらない玩具は?」
「くっ! レミシュ!」
アベルの叫びにレミシュは「あいよ」と言って弓を構える。
「射手座の神弓・エアライド!」
彼の弓から放たれた魔力の矢は、アベルの背中に命中する。だが、それは攻撃ではない。それどころか、本来ならばそのまま地面へと落下するであろう彼の体を浮かび上がらせた。
レミシュはそのまま、その矢をアフレールとリウレにも打ち込む。すると彼女たちの体もふわりと浮き上がり、そのままアベルの横へと飛んでいった。
「皆行くぞ!」
アベルの掛け声とともにレミシュは矢で、アフレールは魔法で、リウレは短剣でメフィストへと攻撃を加える。だが、奴はその攻撃を受け止め、躱し、相殺し、ことごとくを打ち破った。
その後もアベルたちとメフィストは壮絶な戦いを繰り広げた。夜空にはぶつかり合い火花が散り、いくつもの魔法が飛び交う。
俺とフォルランはその様子をじっと眺めていたが、そんな中で興奮気味にこう叫んだ。
「すげえや! やっぱりあんたが雑魚なだけで他の奴らは強いんだ! へっ、これだけ強いと、余計あんたを仲間と抜かす理由が分からん!」
こいつ、本当に余計なことばっか言いやがって。
フォルランの侮辱に俺はこぶしを握り締める。だが、彼はそんな俺のことなどお構いなしに話をつづけた。
「どうせ、この戦いも目で追えてすらないだろ?」
「……、ああ、そうだよ」
俺の返答にフォルランはくすくすと笑った。嘲笑、まさにそいう言うにふさわしい、心の底からの侮蔑を含んだ笑いだった。
俺がフォルランの態度に腹を立てていると、メフィストがアベルに対し、ひと際大きい魔力の塊を放つ。
「危ない!」
そう叫ぶが、アベルは特に慌てる様子もなく剣でその攻撃を弾いた。だが、弾いた方向が良くなかったのだ。その魔弾はラクナ村の方へと向かい、いくつかの家屋が並ぶ場所に直撃してしまう。
ああ、そんな……。
アベルは一瞬だけ動揺した様子を見せるが、すぐにメフィストの方に向き直って、手に持った剣で奴を突き刺す。するとメフィストは不敵な笑みを浮かべながら、黒い塵となって消滅した。
アベルたちはそのまま、俺たちの元へと戻ってくる。
「すまない、僕の弾いた攻撃が君の村に……」
「い、いや、仕方ないさ。それよりも! 早く村に戻って家にいる奴らを助けないと!」
俺がそう言うと、アベルは暗い表情のまま「そうだね」とぽつりとつぶやいて竜に乗り、村の方へと向かった。
◇◇◇
村の建物の被害はそこまで大きいものではなかった。家屋は2軒ほど炎上し倒壊はしたが、幸い炎が燃え広がることはなく、他の建物が連鎖的に崩れることもなかった。
だが、問題なのは、被害に遭った家の中にいた村人たちだ。片方の家は空き家であったために被害はなかったがもう1つの家は違う。
その家の家主であり、俺の友人でもあったフライガは軽傷で済んだものの、その妻マラシアは頭部にがれきが落下し意識不明、息子のフリオに至っては、倒壊した家に押しつぶされ圧死してしまっていた。
「どうしてだ! どうして俺たちだけこんな目に合わなくちゃいけない!?」
アベルが自分がはじいた攻撃がこの事態を引き起こした、と正直に話すと、息子を失ったフライガは涙を流しながら彼の肩をゆすった。その大声に、村中の人々が目を覚まし周りに集まろうとしてくる。
「アンタがその攻撃を弾きなんてせず受けていれば! マラシアは、フリオは!!」
膝から崩れ落ち、地面を何度も叩きつけるフライガ。
ああ、フライガ。苦しいだろう。でも、アベルを責めないでやってくれ。彼もわざとじゃない、激しい戦いの中でとっさに攻撃を弾いてしまったんだ。ほら、優しいアベルだ、きっとひどく責任を……
俺がそう思って彼の顔を見る。だが、その顔はよく知ったアベルのものとは違っていた。
「な、どうしたんだよ、アベル……」
目はまるで氷のように冷たく、軽蔑のまなざしをフライガに送っていた。彼はその顔のまま深くため息を吐き、信じられない人ことを言い放つ。
「あ~、めんどくせ。もういいや、全部ぶっ壊そ」
俺が彼の言葉を理解すると同時に、とてつもない衝撃が体に加わり、そのまま俺は気を失う事となる。
ー現在ー
俺の叫びが、伸ばした手が、フランに届くことはなかった。国王様からもらった純白の剣はフランの背を背後から突き、そしてゆっくりと引き抜かれる。
「そんな!!」
血をまき散らしながら倒れこむフランの姿を見て、俺は絶叫した。
「嘘だ、嘘だ嘘だ!!」
慌てて駆け寄ろうと、俺は必死に走り出す。だが突然、ガクンとひざ下の力が抜けるのを感じた。
「え?」
目線を下に向けると、俺の足によく見慣れた矢じりが突き刺さっている。これはレミシュがよく使う矢だ。
「ひゅ~、泣けるねぇ。貧乏な夫婦の固い愛情ってか?」
燃え盛る家の屋根の上で、帽子をひょいと弾きながら不敵に笑うレミシュ。
いや、そんなことより、フランだ!
俺は矢を引き抜き、またしてもフランの元へと歩きだす。
「ちっ、しぶとい奴だな、雑魚のくせに!」
ああ、今度はリウレか?
彼女の声が聞こえると同時に、目の前が暗黒に包まれた。加えて音も、匂いも、手足の感覚すらない。
これは彼女の感覚遮断だ! くそっ、どうして、どうして!? 俺たち仲間だろ!? なんでこんなことをするんだ。
俺の叫びは、おそらく彼らに届くことはないのだろう。ブラックアウトは自らが発する音さえもでなくなるから。
「……してあげてください。何も感じれないなんてかわいそうじゃありませんか」
突然、アフレールの声が聞こえるようになる。それに、目もまた見えるようになった。どうやら彼女が能力を解除するようにリウレに言ってくれたらしい。
「ああ、ありがとう、アフレール……」
そうだ、彼女は優しい。それにレミシュもリウレも。きっと、何か理由があるんだ。あの剣だって、何者かが彼から奪ったんだ。そうだ、そうに決まってる。
俺はゆっくりと、目線を上にあげる。希望的観測の元、俺は彼らを信じた。
だが、それは単なる幻想に過ぎなかった。
そこには、俺のことを心底見下した目で見てくるレミシュとリウレとアフレールの姿があった。
「カインさん、これから起こることを、しっかりとその両目に焼き付けてくださいね?」
にこりと笑うアフレール。その笑顔にはひどく邪悪なものが含まれている。
俺は彼女から視線を移し、フランの方を見やった。
ザクッ、ザクッ、ザクッ!!
「な、なにを、何をしてる……」
目の前で起きていることが理解できない。アベルが、フランを、俺の妻を幾度となく刺している。彼女は既に死んでいる。もう助からない。じゃあ、なんでそんなことをする。
「はぁ~、なぜだか人を刺すのって気持ち良いんだよね~。なんだろ、やっぱりやっちゃいけないことだかかな? 皆もそう言う風に思わない?」
「ったく、やっぱりうちらのリーダーが一番くるってるぜ」
「全くだ、アベルに比べたら暗殺者の私など可愛いものだな」
「でも、それがアベルさんの良さでしょ?」
口々に、皆はそう言う。何度も、何度もフランのことを刺して、彼らはまるで悪魔のような笑い声をあげていた。
「やめてくれ……」
もはや声を張り上げる気力もない俺は、かすれるような声でアベルに懇願する。そんな俺に対し、アベルは笑いながらこちらを向く。彼はフランの体の下でうめき声をあげているメイリーをまるで小動物のように適当に摘み上げ、俺の元へと歩を進めた。
「カイン、ああ、カインカインカイン……」
そう言うと、アベルはメイリーの手に剣を突き刺した。彼女は悲鳴を上げ、足をバタバタと動かす。娘がそんなことをされているのに、俺はただ「やめてくれ」と頼むことしかできない。
「どうして、どうしてこんなことするんだ? 俺のこと、仲間だって言ってくれたじゃないか……」
「ぷふっ! あんなのまだ信じてたのか!? は、ハハハ!! こりゃあ傑作だよ! お前の頭はお花畑か何かか!? 最強の勇者たる僕たちが、お前みたいなゴミを仲間だと、大切な友だなどというなんて本気で思ってたのか!?」
「嘘だ……。あの時のお前は本気で俺のことを……」
「うるさいな~、黙れよゴミ。全く、お前のせいだぞ。この村がこうなったのは。せっかくこれまで完璧で最強の勇者だったってのに、ちょっとしたミスであんな醜態をさらすことになって! 僕は完璧な勇者じゃなくちゃいけないんだ。ミスなんて許されない。だからこうやってミスの痕跡消してやるのさ!」
「ふざけるな」
「ふざける? いいや、いたって真剣だよ」
「こ、この、クズ野郎っ!」
「あ~、そう言うこと言っちゃう?」
眉をひそめたアベルは、手に持った剣をシュッと横に振る。
「は?」
メイリー? メイリー? 頭がそこで、体があそこ? え? なにが?
「あああああああああああああああああ!!」
「うるさいな~。黙ってろよカス」
悪魔。そうだ、目の前にいるこれは悪魔だ。きっと、悪い夢だ。悪魔が見せている夢だ。
「夢じゃない。これ見ろ? ほ~ら、お前の可愛い娘はだるまちゃんになっちゃいました!」
HAHAHAHAHAHAHAHA!!
アベルの、アフレールの、レミシュの、リウレの、悪魔のような笑い声がこれが現実であることをまざまざと実感させる。
「まあ、君はどうせ歩っといても死ぬし~、可愛い娘と妻に囲まれながら幸せに死になよ」
満面の笑みを浮かべながら、アベルはそう言い残し、炎の中へと消えていく。
残ったのは、絶望と、自分の無力感。俺は、こんな奴らを仲間だと、友だと言っていたのか?
「おっ! カインじゃないか!」
横の方でフォルランの声が聞こえたが、今の俺にとってはもはやどうでもいいことだ。フランを、メイリーを失ったこの世界に生きる価値などない。俺はこのまま、平凡な冒険者として、いやゴミとして死ぬ。
『それでいいのか?』
「いや~、まさか勇者たちがあんなクズ野郎どもだったとは。俺も自分の性格がいいとはみじんも思わんが、さすがにあいつらにはかなわんな!」
『このまま、何もできずに死ぬつもりか?』
「まあ、俺は別にどうとも思わんけどな。結局弱い奴が悪いんだ。自分のことも守れないような弱い奴は全員死んで当然!」
『こいつの言う通りだ。力がなければ何も成せないぞ』
フォルランの声の間に、聞きなじみのない声が聞こえてくる。
誰だ? 一体何者だ?
『俺は悪魔。天使でありながら神に反逆し地獄へと堕とされた堕天使・ヘレルだ』
悪魔? 堕天使? それが俺に何の用だ?
『よく見ろ。この惨状を、自分の愛する者たちの惨たらしい姿を!』
ああ、そうだ。フランがメイリーが殺された。あの、あの、心の底根まで腐りきった人間の皮をかぶった悪魔どもに!
『そうだ。悪魔に対抗するには悪魔の力を使うしかない、だろう!?』
その通りだ。奴らを殺すためなら何だってしてやる!
『その言葉、二言はないな? ならば契約だ、貴様の魂を戴く代わりに、我が地獄の力を授けてやろう!』
ああ、悪魔か堕天使だか知らんが契約してやる。お前の力、俺によこせ!
血にまみれた右腕を、光の差す方へと伸ばす。だがその光は白く輝く光ではない。黒く、引きずり込まれるような暗黒の輝きだった。
「じゃあ、そいういう事で、お前も死にな!」
そう叫び、突き出された槍を俺は左手で受け止める。
「なっ、お前、その腕……」
黒い魔力が俺の左腕を包んでいる。その魔力がすっと体の中に消えていくと、無くなったはずの腕が再生していた。
その様子に驚いたのか、はたまた俺の様子を恐れたのかフォルランはバッと飛び退いて俺と距離をとった。
「てめぇ! 一体どこにそんな力を隠してやがった!?」
「隠してたわけじゃない。今手に入れたんだ」
「ほざけ! 聖なる槍!」
フォルランの詠唱により、奴の持っていた槍がまばゆく光り輝く。
権能か。一体どんな能力だ?
『そんなもの考える必要はない』
俺が慎重にフォルランの動きを観察していると頭の中でヘレルの声が響く。
何?
『奴では、今のお前には手も足も出るまい。思うがままにゲヘナの力を使ってみろ』
ヘレルの言葉に、俺は無意識に国王様からもらった剣を引き抜く。
「獄炎」
俺がそう唱えると、その剣はみるみると黒い炎に包まれる。そして、その炎が少しずつ凝縮していき、剣の刀身が真っ白から一転、暗黒の姿に変わった。
「はっ! こけおどしだ! 死ねえええええ!」
フォルランが、とてつもないスピードで近づき、槍を突き出してくる。
速い。だが、不思議と遅く感じる。
俺は奴の一突きをゆっくりと身をそらして躱しつつ、黒剣でその槍を叩き折った。
「へ?」
あまりの驚きにその場で固まるフォルラン。俺はそんなフォルランの首を掴み、そのまま掲げ上げた。
「うぐっ……」
「ああ、これはいい。力が、体の底から湧き上がってくる。今なら、奴らにも勝てる」
「ま、待て! わ、悪かったよ! 今までのことは謝るから、頼む助けてくれ!」
無様にも命乞いをするフォルランを見て、俺はにやりと笑った。
「地獄門」
剣を地面に刺すと、俺の背後から黒いもんが姿を現す。そうかと思うとその門は両扉をガっと開き、その中からまるで悪魔のような手が無数に出てきてフォルランの体を掴む。
「い、いやだ! 死にたくない! お願いしますぅ、助けてくださいぃぃ……」
「……ああ、助けてやるさ。この地獄みたいな世界から、救い出してやる」
第四罪位・断罪
悪魔の手はフォルランの体に巻き付き、その姿を黒き炎へと変える。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
彼の悲痛な叫びは実に心地のいいものだった。俺はその悲鳴に耳を傾けつつ、剣を鞘に納める。
「まずは、フランとメイリーを埋葬……」
俺がそう言いかけると、突然全身の力が抜ける。
な、なんだこれ?
『当たり前だ。ただの人間が私の力を使ったのだから』
ヘレルの言葉と共に、俺の周りに紫色の魔法陣が現れる。そうかと思うと、陣は黒い穴へと姿を変え動かなくなった俺の体を飲み込んでいく。
おい、これは一体どういうことだ!?
『今のままではゲヘナの力は使いこなせん。あの勇者どもを殺すためにも、地獄で修練を積んでもらう』
ふざけるな! 俺は今すぐに奴らを殺しに行かなければいけないんだ!
『だめだ。これも貴様のためだ』
段々と意識が遠のいていく。
くそ、フラン、メイリーせめてお前たちの亡骸を……。
彼女たちの骸に手を伸ばしたが、その手が届くことはない。
「分かったよ。ゲヘナとやらの力を使いこなせるようになって、必ずやあの悪鬼どもを、皆殺しにしてやる!」
そう、これは、すべてを奪われた平凡な男の、復讐の物語だ。
ご覧いただき誠にありがとうございます!
こちらの作品は【短編版】となっておりますので、もし少しでも「続きが気になる!」と思ってくださった方は高評価やブックマーク、コメントなどを残しつつ、【連載版】の方も読んでいただけると幸いです!
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