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第三十二話 国王陛下

 翌朝、王宮に向かった。


 王宮は王都の中央にあった。高い石の壁、衛兵、整備された庭。馬車が正門をくぐると、空気が変わった気がした。


 (本番でしゅ)


 前世でいえば、大事なプレゼンの日の朝だ。準備はした。あとは実行するだけだ。


「フィア、準備はいいか」


 お父様が言った。


「いいでしゅ」


「怖くないか」


「緊張しているでしゅ。でも、怖くはないでしゅ」


「そうか」


「お父様は」


「……俺も緊張している」


「おそろいでしゅ」


 お父様が少し笑った。


「そうだな、おそろいだ」



 王宮に入ると、案内役の侍従が出迎えた。


 歩きながら、わたしは王宮の内部を観察した。


 高い天井、長い廊下、壁の絵画、窓から見える庭。前世で見た城のイメージとは少し違うが、威圧感という点では同じだ。


 (この威圧感も、意図的なものでしゅ。こういう場所に来た者を、最初から心理的に圧倒しておくためでしゅ)


 前世でも、そういう交渉の場があった。相手が有利な環境で話し合いをすることで、こちらの判断力を下げる手法だ。


 (分かっていれば、効かないでしゅ)


 通された部屋は、想定より小さい部屋だった。応接室のような雰囲気で、テーブルと椅子が並んでいる。


 そして、そこには国王がいた。


 五十代の男性だった。わたしが想像していたより、穏やかな顔をしていた。威厳はあるが、冷酷という感じではない。


 グレンドル翁も来ていた。紫のローブ。白髪。鋭い目。


 そしてヴォルフ侯爵も、部屋の端に立っていた。こちらに小さく頷いた。


「ヴェルター卿、よく来てくれた」


 国王が言った。


「陛下、お招きいただき光栄です」


「こちらがフィア様ですか」


「はい。フィア・フォン・ヴェルターでございます」


 国王がわたしを見た。わたしも国王を見た。


「フィア様、遠くからよく来てくれた」


「フィアでしゅ。よろしくでしゅ、陛下」


 国王が少し目を細めた。


「随分と落ち着いていますね」


「三歳でしゅが、事情があるでしゅ」


「事情、とは?」


「いつかお話しできるかもしれないでしゅ。今日は別のことで来ていましゅので」


 国王がわずかに笑った。


「そうですね。翁から報告を受けています。フィア様には、特別な魔力があるかもしれないと」


「そうでしゅか」


「確認させてもらえますか」


「その前に、お父様からお話があるでしゅ」


 国王がお父様を見た。


「ヴェルター卿」


「陛下、いくつか確認をお願いしたいことがございます」


「聞こう」


「まず一点目。今日の鑑定結果は、書面でヴェルター家に開示していただけますか。一方的に情報を取られるだけでなく、こちらにも結果を伝えてください」


「……それは構わない」


「二点目。フィアをこの場に留め置くことは、今日はしないでいただきたい。あくまで確認のために来ています」


「それも構わない」


「三点目。今後の対応については、ヴェルター家と協議しながら進めていただきたい。一方的な決定はご遠慮願いたい」


 国王がしばらく考えてから、うなずいた。


「三点とも、受け入れよう」


 お父様が少し驚いた顔をした。わたしも少し驚いた。


 (想定より早く、あっさり認めたでしゅ)


 (なぜでしゅか)


 わたしはちらりとヴォルフ侯爵を見た。ヴォルフ侯爵が小さく頷いた。


 (事前にヴォルフ侯爵が根回しをしていてくれたかもしれないでしゅ)


「では、鑑定に移ってもよいですか」


 グレンドル翁が言った。


「よいでしゅ」


 翁がわたしに近づいた。手に、小さな水晶球を持っている。


「フィア様、この水晶球に少し魔力を送ってください。痛くもなんともありません」


「分かりましゅた」


 わたしは水晶球に手を触れた。


 一度止めた。呼吸を入れた。


 練習してきた通り。普通の子の魔力量に調整して、そっと送った。


 水晶球が、ふわりと光った。


 淡い、温かみのある光だ。ヴェルター家の子なら、このくらいは普通だろう、という光だ。


 翁がしばらく水晶球を見た。


 (どう見えているでしゅか)


 翁の表情は変わらない。でも、何かを感じ取ろうとしているのは分かる。


 わたしは制御を保ち続けた。


 翁が水晶球をテーブルに置いた。


「……」


 少しの間、沈黙があった。


「翁、どうですか」


 国王が聞いた。


「……ヴェルター家の子らしい、きれいな魔力です。制御もよくできています」


 国王がわたしを見た。


「特別に強い、ということは?」


「……この場では、判断が難しいです」


 (翁は、まだ疑っているでしゅ)


 でも確証が取れなかったということでもある。


「翁、あなたの報告書には、特別な魔力が感知を逃れている可能性があると書いてあったそうですが」


 ヴォルフ侯爵が言った。


「その通りです」


「今日の鑑定で、それが確認できましたか」


「……できていません」


「では、確証がないということですね」


「……そうなります」


 ヴォルフ侯爵がお父様を見た。


「ヴェルター卿、フィア様は普通のヴェルター家の子です。今日の鑑定でそれは確認されました」


「ありがとうございます、侯爵」


 国王が言った。


「ヴェルター卿、今日来てくれてありがとう。フィア様も、遠くから大変だったね」


「陛下、一つよいでしゅか」


 国王が少し驚いた顔をした。わたしが話しかけたからだ。


「なんですか、フィア様」


「調査は今日で終わりでしゅか」


「……それは」


「もし、また来るのであれば、事前に教えてほしいでしゅ。突然来られると、お父様の胃が心配でしゅ」


 部屋が少し静かになった。


 そして国王が笑った。


「……分かりました。次回は必ず事前に連絡します」


「ありがとうでしゅ、陛下」


 ヴォルフ侯爵も笑っていた。


 グレンドル翁だけが、わたしをじっと見ていた。


 (翁はまだ、何かを感じているでしゅ)


 でも今日は、それでいい。


 今日やるべきことは、やったでしゅ。


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