表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/40

第二十八話 王家の封筒

 シミュレーションを始めて五日目の朝、封筒が届いた。


 王家の紋章が入った、厚手の白い封筒だ。


 朝食の席で、ジルがお父様に渡した。お父様が受け取った瞬間、眉間の皺が一本増えた。四本になった。過去最多だ。


 (最高アラートでしゅ)


 わたしはパンを一口かじりながら、お父様が封筒を開けるのを見た。


 中から紙が出てきた。お父様が読んだ。


 読んでいる間、顔色が少しずつ変わった。険しいというより、何かを確認しているような、静かな顔だった。


 読み終えてから、テーブルに置いた。


「フィア、ルード、少し話がある」


 ルードがすぐに顔を上げた。わたしも正面を向いた。


「王家から正式な書状が届いた。グレンドル翁が来月、再度調査に来ることが正式に通告された。それと」


 お父様が少し間を置いた。


「フィアに会いたいと書いてある」


 静寂が落ちた。


 ルードの手が止まった。


 わたしは少し考えた。


「会いたい、というのは、どういう意味でしゅか」


「翁が、この屋敷に高い魔力を持つ子がいる可能性があると進言した。王家はその確認のために、直接フィアに会うことを求めている」


「断れましゅか」


「……断れないことはない。ただ」


「断ると、何かあるでしゅか」


「断った場合、より強制的な手段を取られる可能性がある」


 わたしはしばらく考えた。


 (断って隠し続けるか、応じて正面から対処するか)


 前世でいえば、避け続けるより、一度正面から向き合って条件交渉した方がいい場合もある。


「お父様、わたしが会うことを望んでいましゅか」


「……望んでいない。でも、現実的に考えれば」


「翁は来月来るでしゅ。前回より規模が大きいでしゅ。今のわたしの制御では、完全には隠しきれないかもしれないでしゅ」


「フィア」


「シミュレーションをしていますが、複数の魔法師が同時に鑑定した場合、どこかで感知される可能性があるでしゅ。そのとき、こちらが受け身の状態で発見されるより、自分から話す方がいいかもしれないでしゅ」


 お父様が黙っていた。


 ルードが口を開いた。


「……フィア、それは」


「自分から会いに行くということでしゅか」


「そういうことになるかもしれないでしゅ。でも」


「でも?」


「条件が必要でしゅ。ただ会うだけではないでしゅ。何を確認したいか、その後どうするつもりか、こちらの条件を出して交渉するでしゅ」


 ルードがわたしを見た。


「三歳が交渉するのか」


「わたしが交渉するのではないでしゅ。お父様が交渉するでしゅ。わたしは横にいるだけでしゅ」


「横にいるだけ、ね」


「でも、横にいることで、お父様の立場が強くなるでしゅ。フィアがここにいる、そして問題なく生活しているという事実が、一番の交渉材料でしゅ」


 お父様がまた黙った。


 しばらくして、静かに言った。


「フィア、もう一度聞く。怖くないか」


「怖いでしゅ」


 正直に答えた。


「今日は怖いと言えましゅ。でも、やらなければならないことは変わらないでしゅ。前世で学びましゅた。怖くても、手順通りにやれば、なんとかなることの方が多いでしゅ」


「手順、か」


「はい。情報を集めて、準備して、実行して、修正する。それだけでしゅ」


 お父様はしばらくわたしを見ていた。


 それから、大きく息を吐いた。


「……分かった。シルベルクに連絡を取る。ヴォルフ侯爵へのつてを急いで探す。来月の調査に向けて、今から動く」


「うん」


「ただし、最終的に会うかどうかは、準備が整ってから決める。今日すぐに返事はしない」


「それでいいでしゅ」


「フィア、一つだけ頼みがある」


「うん」


「今日のシミュレーション、少し負荷をかけて試してほしい。複数人が同時に鑑定する状況を想定して」


「わかりましゅ。ジルとお父様とルードで、三方向から同時に確認するでしゅか」


「ああ、そういう練習をしたい」


「やりましゅ」


 朝食が終わった。


 ルードが立ち上がりながら言った。


「フィア」


「うん」


「今日の練習、俺も本気でやる」


「ありがとうでしゅ」


「絶対に感知させない」


「うん。でも、完璧に隠すより、自然に見せる方が目標でしゅ」


「……そうか、そういうことか」


「翁が来たとき、何も感じないより、普通の子の魔力が感じられる方が自然でしゅ。そっちの方向で練習するでしゅ」


 ルードが少し考えてから、うなずいた。


「なるほど。……やっぱりフィアは三歳じゃないな」


「体は三歳でしゅ」


「そうだな」



 その日の午後、三人でシミュレーションをした。


 お父様、ルード、ジルの三人が、それぞれ別の方向からわたしの魔力を感知しようとする。わたしは適切な量だけを見せる練習だ。


 最初の二回は崩れた。三方向から同時に来ると、少し感情が揺れて、出力が乱れた。


「もう一度でしゅ」


「休むか」


「いいえ。もう一度でしゅ」


 三回目。


 一度止めた。呼吸を入れた。


 三方向から来る感知を、頭の中でモニターした。


 (こちらから。あちらから。上から)


 出力を、普通の子のレベルに保った。


 三人がわたしを確認した。


「……これは」


 ジルが言った。


「自然な子の魔力に見えましゅか」


「……見えます。かなり自然です」


「お父様は」


「……俺には、特別な魔力があるとは分からなかった」


「ルードは」


「……同じだ。普通の魔力持ちの子に見える」


 (成功でしゅ)


 わたしは少し息を吐いた。


「でも、翁は違うかもしれないでしゅ。もっと精度を上げる必要があるでしゅ」


「十分だと思うが」


「十分ではないでしゅ。翁は国内最高の鑑定師でしゅ。わたしたちが普通に見えても、翁には分かるかもしれないでしゅ」


「じゃあ、どうする」


「もっと練習するでしゅ。来月まで、毎日でしゅ」


 ジルのため息が聞こえた。今日一回目だ。


「……分かりました。毎日やりましょう」


「ありがとうでしゅ、ジル」


「ため息が増えそうですが」


「減らせるようにがんばりましゅ」


「期待しています」


 その夜、わたしはノートを開いた。


 今日の記録。王家から正式な書状。翁が来月来ることが確定。フィアに会いたいという要求あり。三人同時シミュレーション、三回目で成功。課題:翁レベルの鑑定に対応できる精度まで上げる。


 最後に一行足した。


 怖いけど、やれましゅ。


 窓の外で庭が暗くなっていた。


 月は出ていなかったが、星が見えた。


 (来月、ちゃんと乗り越えるでしゅ)


 そう思いながら、ノートを閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ