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第二十六話 同じ立場の家族

 シルベルクと話すようになってから、アルフレッドは少し変わった気がした。


 自分では分からなかったが、ジルに言われた。


「旦那様、最近、顔色がよろしいですね」


「そうか」


「はい。何か変わりましたか」


 アルフレッドは少し考えてから、正直に答えた。


「話せる相手ができた」


「シルベルク殿ですか」


「ああ」


 ジルが静かにうなずいた。


「よかったです」



 アルフレッドがシルベルクと初めて話したのは、数ヶ月前だ。薬草の取引で屋敷に来たシルベルクが、世間話の中でさりげなく探りを入れてきた。お互いに似たような警戒心を持っていたので、最初はゆっくりだった。


 でも二度目、三度目と話すうちに、少しずつ分かってきた。


 この男は、同じものを守っている。


 娘を守るために、毎日考えている。情報を集めている。備えている。そして誰にも言えない。


 (俺と同じだ)


 アルフレッドはフィアが生まれた日から、三年間、この重さを一人で持ってきた。


 妻のエレナが生きていれば、話せた。でも今はいない。ルードは頼りになるが、まだ十二歳だ。ジルは信頼できるが、主従の関係がある。


 対等な立場で話せる相手が、いなかった。



 今日も、シルベルクが屋敷に来た。子どもたちが話している間、二人は書斎で話した。


「翁の動きですが、王都の知り合いから追加の情報が来ました」


「どんな内容ですか」


「再調査の決定が、王宮内でほぼ固まったようです。時期は来月か再来月、ということで」


 アルフレッドは少し息を吸った。


「予想より早いですね」


「ええ。グレンドル翁が強く進言したようで」


「翁はどこまで気づいていると思いますか」


「……私の見立てでは、『何かある』という確信は持っている。ただ、何がどこにいるかまでは特定していない」


「ヴェルター家に、ということは知っているわけですね」


「おそらく。だから来るのでしょう」


 アルフレッドはしばらく沈黙した。


「シルベルク、一つ聞いてもいいですか」


「何でしょう」


「あなたは、怖くないですか。こういう状況が」


 シルベルクが少し間を置いた。


「……怖いですよ。毎日、どこかで怖いと思っています」


「それでも、平静でいられる」


「平静ではないです。ただ、怖がっても状況は変わらないので。やれることをやる、それだけです」


「それだけ、ですか」


「はい。……ヴェルター卿、あなたもそうされてきたのでは」


 アルフレッドは少し笑った。


「そうですね。ただ、怖さを誰かに話したことがなかった。今日、初めて言った気がします」


「私もそうです。妻も、こういう話ができる相手ではなかったので」


「奥様は」


「三年前に亡くなりました。ティナが六歳のときです」


「……そうでしたか。フィアの母も、フィアが一歳のときに」


「そうでしたか」


 二人がしばらく黙った。


 書斎の窓から、庭が見えた。


「子どもたちは、うまくやっているようですね」


 シルベルクが言った。


「ええ。フィアが珍しく友人と笑っていました」


「ティナも、フィア様と会うようになってから、少し明るくなりました。うまくいかないことがあっても、立ち直りが早くなって」


「フィアも、同じです」


 アルフレッドは窓の方を見た。


「あの子は、普段は落ち着いていますが……時々、重いものを一人で持とうとしているように見えます」


「フィア様がですか。あんなに小さいのに」


「三歳にしては、分かりすぎているので」


「……ヴェルター卿、一つよろしいですか」


「なんでしょう」


「フィア様に、もし前世の記憶のようなものがあるとしたら、あなたはどう思いますか」


 アルフレッドは少し驚いた。


「なぜそれを」


「ティナが、フィア様から少し話を聞いたようです。おとなの記憶が少しある、と」


「……そうですか」


「私はそれを聞いたとき、少し納得しました。あの子の落ち着き方、物事の見方、全部が三歳の子ではない。でも、だからといって怖いとは思わなかった。むしろ」


「むしろ?」


「頼もしいと思いました」


 アルフレッドは少し黙った。


「……俺も、同じです。最初は不思議に思っていましたが、今は」


「今は?」


「一緒に戦っている、という感じがします」


「三歳の娘と」


「そうです。おかしいですか」


「おかしくないです。ティナも似たようなことを言っていました。フィア様と話していると、頼りになる感じがする、と」


 アルフレッドが少し笑った。


「あの子は三歳です。俺が守ってやらなければならない。でも、守られているのが俺の方かもしれない、と思うときがある」


「私はティナにそれをよく感じます。子どもを守っているつもりが、子どもに支えてもらっている」


「そうですね」


 二人がまた少し沈黙した。


「シルベルク」


「はい」


「来月か再来月、翁が来た後で、また情報を教えてもらえますか」


「もちろんです。私も、王都の取引先と連絡を密にしておきます」


「助かります。……こういう話ができる相手がいるということが、これほど心強いとは思いませんでした」


「私もそうです。ヴェルター卿と話すようになってから、少し肩が軽くなりました」


「お互い様ですね」


「はい」


 書斎に夕日が差し込んできた。


 アルフレッドは窓の外を見た。


 居間の方から、フィアとティナの笑い声が聞こえた。フィアの笑い声は、笑うたびに魔力がわずかに漏れる。でも今日は、ほんのりとしか感じなかった。


 (制御が、また上がっている)


 そしてティナの笑い声も、以前より明るい。


「子どもたちは、我々より上手くやっているかもしれませんね」


 シルベルクが言った。


「そうかもしれません」


 アルフレッドは少し考えてから、言った。


「シルベルク、一つお願いがあります」


「なんでしょう」


「情報の共有だけでなく、今後の対応についても、一緒に考えてもらえますか。翁が来たとき、ヴェルター家だけでなく、この町全体でどう動くかを」


 シルベルクが少し目を細めた。


「……それは、私もそう思っていました」


「では」


「はい。一緒に考えましょう」


 二人が互いにうなずいた。


 ちーむが、また広がった。


 それは、子どもたちだけではなかった。


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