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天才天然お嬢様は今日も迷子

作者: 美波こまめ
掲載日:2026/03/16

「もしもし? あ、やっと出た。……今どこ?」

スマホから聞こえるのは、低く、少し苛立ちを含んだ、けれど聞き慣れた声。幼馴染の悟だ。

「どこって……学校」

「学校? どこのだよ」

「え?」

「わかってんだろ、もうバレてんの。俺、今さっき校門の前に着いてんですけどぉ?」

日和は足を止めた。目の前には見知らぬ公園。道行く人は皆、制服姿の彼女を不思議そうに見ている。

「……ごめん」

「は?」

「迷った」

電話の向こうで、深い、深いため息が聞こえた。

「やっぱりな。そんなこったと思ったよ。で? 今はいったいどちらにいらっしゃるんでしょうか?」

「……わかんない」

「だろうな。いいか、北を向け。そっちは南だ。……いや、そっちは東だっつーの! 結局南に戻ってんじゃねぇか、天丼かよ。……いいから、半周回って、ワンしろ」

「え? ワン?」

「犬の真似しなくていい! 分かりやすいから言っただけだ。……ったく、ほんとは可愛いから見たいんだけど、拗ねるとめんどくせぇからな」

「何?」

「いいから、後ろ振り返れ。何が見える?」

振り返った日和の視界に、肩で息を切らしながらスマホを耳に当てている、背の高い少年の姿が飛び込んできた。

「……悟」

「正解。だから一人で行くなっつってんだろうが!」

駆け寄ってくるなり怒鳴られ、日和は思わず唇を尖らせた。

「怒らないでよ!」

「怒ってませんけど?」

「怒ってんじゃん」

「心配なんだよ! お前、勉強はなんでか知らんができて成績優秀のくせに、日常生活はからきしダメでさぁ! 心配すんなって方が無理なんだよ!」

「なんで?」

無垢な問いに、悟は一瞬絶句し、それから顔を赤くして吐き捨てた。

「何度も言わせるな! 好きだからだよ、お前が! ……なあにフリーズしてんだよ」

「……そんなこと言うから……」

「俺、ずーっとガキの頃から言ってきてるけどな」

「初耳……」

「お前が話を聞かねぇだけだろ!」

「違う、聞く気はあるの。でも、興味が薄いと入ってこなくて……」

「知ってるよ。処理能力がレベル酷すぎてついてこれなくて、頭に残らない。よって、いっつも初めてだらけ〜ってことだろ?」

「うん」

「うんじゃねぇよ……。まぁいいけど。とにかく、金輪際俺から離れるな! どこか行きたいなら俺が連れてく。これは決まりだ。命令! まもれよ!」

「やだ」

即答した日和に、悟は凶悪な笑みを浮かべた。

「あっそ。じゃあ今晩、泣くほど説教してやるよ。お前の親父とおふくろに、お前のことは俺に一任されてんの。それぐらいは覚えてんだろ?」

「……ひつじ?」

「……突っ込んだ方がいいか?」

「いい」

「助かる。さあ、行くぞ。学校に決まってんだろ! ほらカバン貸せ。お前が持つことは許さん」

「なんでぇ!」

「拗ねるなすぐ! ほら来い。どうせ一人じゃ行けねぇんだから。わかったろ、バカでも」

「……」

「置いてくぞー」

「待ってよ……!」

ふと、悟が足を止めた。

「そうだ。スマホ貸せ」

「え? なんで?」

「いいから黙って渡せ。心配すんな、消してねぇし、ラインも何も盗み見てねぇから。その代わり、クラスの奴らの電話番号とアドレスも入れといた。なんかあったら、助け呼べんだろ」

「……でも……」

「でも?」

「あ、心配いらん。もう誰もお前が『何でもできるお嬢様』だなんて、思ってねぇから」

「嫌われないかな……」

「嫌うか? そんな奴こっちから願い下げだ。学校行きゃわかんじゃねぇ? どう思われてるか」

「そうか……」

「なんもできねぇんだから、せめて信じろよ。な?」

「わかった……」

「素直じゃん。意地悪したくなるー」

「いい加減にしろ!」

「しーませーん。って言うかお前、何命令してんの? 骨の髄まで可愛がってメチャクチャにしてやるからな。覚悟しとけ」

「可愛がってくれるならいいか」

「……呑気というか、なんでこんな奴に全教科負けなんだよ、俺……。あーもう……」

「大丈夫?」

「うるさい!」

「八つ当たりぃ!」


教室の前まで来て、悟が足を止めた。

「行け」

「うん……」

教室に入ると、周囲の視線が一斉に集まった。

これまでは「才女で近寄りがたい高嶺の花」だと思われていた日和だったが、柑咲悟のあまりの過保護っぷりのせいで、そのメッキはすっかり剥がれつつあった。

「桜町さん?」

クラスメイトの女子が恐る恐る声をかけてくる。

「はい?」

「ひよちゃん……って、呼んでもいいかな?」

「……」

「どしたの?」

「私は、良いけど……」

「あぁ、柑咲?」

隣にいた男子がニヤリと笑う。

「いいじゃん、あいつに遠慮することねーよな」

女子生徒が日和の顔を覗き込んだ。

「ひよちゃん、悟に虐められてない? 嫌だったら言いなよ」

「ありがとう。でも。いい人だよ」

「……みたいね」

「え?」

「ひよちゃんってさ、才女なのに、それ以外からきしダメなんでしょ? だから柑咲がお守りしてるんだって聞いたよ」

日和は少し俯き、小さく呟いた。

「……ごめん」

「なんで謝んの?」

クラスメイトが笑いながら日和の手を握る。

「うちらが勝手にひよちゃんのこと誤解して、距離できてただけじゃん。これからは、柑咲になんかされたりしたら、守ってあげるからね」

「言えよ」

「ありがとう」

「おいヒヨコ」

背後から、低く鋭い声が飛んだ。いつの間に戻ってきたのか、悟が壁に寄りかかってこちらを睨んでいる。

「黙って聞いてりゃなんだ? 俺がお前のこといつ虐めた? 守ってんだろ? もっと否定しろよ!」

「ごめんなさい……」

悟は日和の腕を掴んだ。

「カバン貸せ。ついてこい」

「え?」

「気分が悪い。早退だ」

「でも」

「でもじゃねぇよ! いつも一緒だって言ったろ! お前が帰る時は俺も帰るし、俺が帰る時はお前も帰るんだよ!」

「私……」

「は?」

「皆勤賞が……」

「あぁ……皆勤続いてんもんな。幼稚園からだっけ?」

「うん」

悟は、日和の泣き出しそうで、けれど誇らしげなその瞳を見て、毒気を抜かれたように頭を掻いた。

「ったく、お前のそんな嬉そうな顔見たら、無理やり拉致って連れて帰れねぇだろ! わかったよ。ただし、絶対一人で帰るな。どうせ迷子は決まってんだから。もし破ったら今夜は朝まで説教で泣かしてやる」

「守る」

「俺に電話しろよ。勝手に一歩でも門外出てみろ。マジで泣かすからな」

「わかったよ……」

「よし。保健室で寝てくるわ。帰り寄よ〜。」

「つーか勉強しろよな」

「ひよちゃんに負けたくないならねー」

クラスメイトが茶化すと、悟は顔を赤くして「うるせぇ!」と怒鳴った。

日和は不思議そうに小首を傾げる。

「勉強って、必要?」

「え?」

「私、なんかわかんないんだけど、一回習ったら、頭から離れないの」

教室が一瞬、静まり返った。

「いいなぁー……」

「文ストの世界じゃん」

「特殊能力、ほしいわ」

廊下から、柑咲悟の叫び声が響く。

「あのガキ、いい気になりやがって……! あー、ムカつく!」


不機嫌そうな幼馴染の背中を見送りながら、日和はほんの少しだけ、この騒がしい日常が心地よいと感じていた。

例え自分の家の方角がわからなくても、振り向けば、必ず彼がそこにいるのだから。 


おわり。

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