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死に神

作者: 小雨川蛙

 戦場に行く兵士の間では『死に神』の噂は有名だ。

 帰還した兵士の多くが彼女を語る。


「あいつに会えるのは幸運だ」


 彼女は大きな戦いでは必ず姿を現したという。


「初めて会った時は俺もここが最期だと思ったさ」


 兵士達は語る。

 死に神を。


「あいつは死の匂いを纏わせて現れるんだ」

「それだけじゃない。大抵は全身を真っ赤に染めている」

「真っ赤な理由? 決まってるだろ。血だよ。人の血」


 死を覚悟した戦場で。

 身動き一つできない状態で運命を受け入れる。

 そんな最中に彼女は現れるのだ。


『死が見える。死が見える』


 呪詛のようにそう口にしながら瀕死の兵士の下へやってきて屈み込む。


『死が見える。死が見える』


 見下されて初めて目に出来るその顔。

 全身血塗れなのに顔だけは血がまったくついていない。


「涙で血が落ちているんだよ」

「おそらくな」


 そして、瀕死の兵士に囁くのだ。


『必ず、助けます』


 言葉と共に動く彼女の手。

 稀代の医療技術。

 戦場であるのを。

 次の瞬間には自らが死んでしまうかもしれない場所であるのを気にもとめい献身の果て大義を果たす。


『もう、大丈夫です』


 穏やかに笑い身を起こすと再び彼女は歩き出す。


『死が見える。死が見える』


 一人でも多く救うために。


「死に瀕して神に会う」


 だから『死に神』。

『死神』ではない。


 彼女に救われた兵士は決して多くはない。

 その姿が見られなくなって久しいけれど、その強い印象から彼女は伝説として今も戦場を生きる。


「正体? そんなの分かりきってるだろ」

「あぁ。ただの人間さ」

「どうして姿が見えなくなったって? 決まってるだろ」


「とっくに死んじまったんだよ。多分な」


 華々しい戦果を挙げた兵士達の伝説の中。

『死に神』は今日もまたどこかでひっそりと語り継がれている。

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― 新着の感想 ―
 死に際に見るからこそは本来の云われでもあり、いつからあちらのイメージが定着したのか判りませんが、この物語の死に神は恐怖に奮い立たせる天使のようですね。
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