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接触

体が重い。髪の毛の一本一本から、足のつま先まで、拘束されているかのように体が動かせない。金縛りだろうか。

「っ…!」

声すらも出せない。思い切って目を開けてみる。だが、真っ暗なのか何も見えない。

みちるは恐れてはいなかった。自分はさっきまで自分の部屋で寝たはずだから、これは夢なのだろう。

でも…あまりにもこれは夢にしてはリアルな感覚だ。ここは暗くて冷たくて寂しい場所だ。

思い出したように体をまた動かしてみる。腕が動く。足も試したら、ひざを曲げられるようになった。それから少し時間はかかったが、体が動くようになった。上体を起こして辺りを伺ってみる。暗闇にも目が慣れてきて、広い部屋に自分はいるようだ。少し頭が重い。立てひざに頭を預けて目を瞑る。こうしたらいつもの朝になるだろう。



「やっぱり夢じゃない」

目を開けてため息をつく。一体ここはどこなのだろう。そこでみちるはあることに気付いた。

「石は…!?」

能力がなくてもいつもお守りのように首からぶら下げていた緋色の石がいつの間にか自分の首からなくなっていた。慌てて手探りで自分の周りを探る。こつん、と当たるものがあった。触ってみると馴染みのある角の取れた石の感触。

「よかった…」

胸の前で両手でぎゅっと握りしめる。ここにいても何も始まらない。動き回るのは本当は危ないのかもしれないが、少し歩いてみよう。そう思い、石を首にかけようとした。

「チェーンが…切れてる…」

自分を守ってくれる結界が切れている。きっとこれは悪い夢なのだ。そうみちるは思うようにした。


石をなくさないように、左手をチェーンでぐるぐると巻き、石を手のひらで強く握りしめた。

歩き始めて初めて気がついたのは、自分が着なれないロングドレスを着ていることだった。

「なにこれ?」

まるでおとぎ話に出てくるお姫様みたいにドレスを引きずりながら歩く。暗くて自分がどんな格好をしているのか全くわからないが、感覚では細身のタイトなロングドレスで、キャミソールタイプ。素材はシフォンか何かだ。足には何も履いていなかった。裸足でひたひたと歩く。視界は明瞭ではないので、壁をつたってゆっくり進む。闇雲に進んでいると、先に弱いが青白い光が見えてきた。

「誰かいるのかな…」

とりあえず光に向かって歩く。

ここまで歩いてきて感じ取れたのは、建物なのは確かだが、窓がなければ明かりが点くようなものもない。そして、この異常なまでの静寂。誰もいない、というよりはこの空間は時が止まっているような感じだ。自分がはき出す息でさえ、この空間に触れた瞬間には死んで固まってしまうようだ。

段々と光が大きくなってきた。でも相変わらず弱々しい。この光の正体はなんなのだろう。そう考えていると自分の息が上がっているのに気付いた。慣れない場所を気を張り詰めて歩き続けたせいだろうか。

「なんだか…苦しい…」

でももう少しであの光にたどり着く。しっかりしなくちゃ。近づいていくと、光で自分が廊下を歩いているのがわかった。廊下の先に大きく開けた部屋があり、天井も急に高くなっている。

「これは…」

見上げるほどある大きな砂時計。これが光の正体だった。全体が青白く淡く光っている。ただ、この砂時計は壊れていた。みちるが屈んで見ると、手のひらほどの穴が空いていて、そこから砂がこぼれている。砂はキラキラと光っていて、両手ですくってみると氷のように冷たくてびっくりした。

「本当に砂…?ここは一体どこなの」

片手に砂を持ったまま、立ち上がると砂時計の向こうに扉が見える。扉に近づき、開けようと試みたが、鍵がかかっているのか開かない。そして扉は凍てついたような冷たさをしていた。

「ここは冷たいづくしね」

諦めて振り返ると、急に目まいがしてひざを床につく。

「急に何…?」

また息も苦しくなる。もう、ひざもついていられない苦しさで、肩で息をつきながら床に倒れこんだ。頭の中で誰かがみちるを呼ぶ。

「誰…?」

意識がどんどん遠のいていく。みちるはもう一度砂時計を見たが、もう次の瞬間には意識を失っていた。



―みちる―

誰かが私を呼んでいる。聞きなれた声。体も温かい。そうか、私さっき倒れたんだっけ。ここはどこなんだろう。私死んじゃったのかな。

―みちるちゃん―

この呼び方は翔太かな…くすぐったい、誰かが私のほっぺたをくすぐってる…まだくすぐってる。もう、ふざけないで…。え、だんだんひどくなってきてない?くすぐったいっていうか、痛くなってきた。痛い、ちょっと本当にやめて。痛いってば!


「痛い!」

みちるはそう叫んでガバっと布団から飛び起きた。

「うわっ」

みちるの勢いに驚いて翔太が尻もちをつく。みちるのベッドのそばには、勇一郎と翔太がいた。

「あれ…どうしたの」

「お前、なんともないのか」

勇一郎が相変わらず冷静に聞く。みちるの脈を取る。

「体は異常なしだな」

勇一郎は医者の卵なのだ。

「まだ5時?」

みちるが時計を見て驚く。さきほどの変な夢を見たせいだろうか。汗を大量にかいている。自分を落ち着かせて、自分の部屋を見回す。なにも変わりない、いつもの自分の部屋だった。

「みちるちゃん、さっきまで死んだのかと思ってびっくりしたんだよ」

「こいつ、みちるを揺さぶったり、ほっぺた叩いたりしてひとりで大騒ぎだよ」

「そうだったの…」

「冗談じゃなくて、ほんとうに氷みたいに体が冷たかったよ」

翔太は柄にもなく、真顔で言った。

「どうしたんだろう、私…」

やっぱりあの夢が関係しているんだろうか、考え込む。みちるは石のことを思い出した。

「あっ、石!」

胸に手をやると、石がない。ひとりでおろおろしていると、

「ど、どうした」

勇一郎が急に挙動不審になったみちるを心配する。

「いつもの石が無いの」

「なに言ってんだよ。手に持ってるじゃん」

翔太が呆れて言う。

「あら」

そう言って左手を眺める。左手は夢の中と同じようにチェーンを手に巻きつけていた。砂時計のことを思い出して、右手を眺める。そこには一握りの青白い砂が握られていた。

「…夢じゃなかったんだわ」

「その砂は?」

翔太が触って、あわてて手を引っ込めた。

「なんだよこれ。よく触ってられるな」

「え?」

「ドライアイスみたいな…冷たすぎて凍傷になっちゃうよ。早くどこかに移して」

とりあえず謎の砂を空きビンに入れる。みちるは砂を握っていた右手の平を見て悲鳴をあげた。

「きゃっ!これ…」

泣きそうな顔をして勇一郎に手のひらを見せる。

「黒ずんでる…凍傷かもな。台所に来い」

勇一郎はみちるの手を引っ張って、台所に連れていく。翔太は後ろから心配そうについて行く。勇一郎はとりあえず応急処置をした。

「手当はしたが…凍傷じゃないかもしれないぞ」

「どういうことだよ?」

翔太が訝しげに聞く。

「私はあの砂、冷たくもなんともなかったわ」

「症状が凍傷じゃない」

「火傷でもないのか?」

「あぁ」

勇一郎がきっぱりと言い切る。今日は幸運なことに休日だ。ゆっくりすることにしよう。

「火傷、か…」

みちるは右手を火傷したと言っていた山田を思い出していた。






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