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2度目

みちるは危機を感じていた。

後ろからなにか危険なものが自分に迫っている。もちろん、この道を歩くと決めたのは自分なのだから

非は自分にあるのだが…。

思い切って振り返ってしまおうかとも考えた。だけど、突然なにかされた時に対応できるほどの技術は残念ながら持ち合わせていない。

「なんだっていうのよ…!」

小さな声で悪態をつく。その時、排水溝の網に自分の靴のヒールがひっかかって派手にこけてしまった。

慌てて立ち上がろうとするも、腰が抜けたのか立ち上がれない。気配はすぐそこまで迫っていた。

もうだめだ。と思って目をぎゅっと閉じたその時、

「大丈夫?」

そう声をかけられて拍子抜けした。恐るおそる顔を上げると、そこには氷室がいた。

「氷室さん…?」

「そこで見かけたから、声かけようと思ったんだけど。歩くのすごく速いから」

「じゃぁ…私の後ろにいたのは、氷室さんだったんですか」

「うん。何度も呼んだんだけど…」

「すみません。考え事していて…」

そうみちるは言うとほっと安堵のため息を漏らした。氷室がいてくれなかったらどうなっていたんだろうと考える。

「派手にこけちゃったけど…ケガしてない?」

「え、あ…」

スカートをめくって自分の足を見てみると、こけた時に下になった左足のふくらはぎが地面にこすれたのだろう、じんわりと血が滲んでいた。

「ちょっと擦りむいただけです。ありがとうございます」

「そう。よかった」

そう言いながら氷室はみちるに手を差し出す。

「自分で、立てます…」

近くの金網につかまりながらみちるは立とうとするが、腰を抜かしてしまったのでうまく力が入らず、前のめりになった。

「あっ…」

「ほら、だから言っただろ」

氷室が咄嗟にみちるの身体を支える形になる。

「すみませ…」

みちるが言いかけたところで、氷室がみちるを抱きしめた。しばらく2人の時間が止まる。

どれくらいそうしていたのか、どちらからともなく離れた。

「…ごめん。突然びっくりしたよね」

「あ、いや、びっくりはしましたけど…」

照れて氷室の顔を見ずにみちるは答えた。そして自分はまだ氷室の告白に返事をしていないことを思い出した。

「あの、」

「じゃぁ、」

2人同時に口を開いたのでまたそこで会話が止まる。しばらく見つめ合ったが、どちらからともなく吹き出して笑った。

「なんか、おかしいですね」

「ごめん、笑わせるつもりじゃなかったんだけど…とりあえず人通りの多いところまで送って行くよ」

「ありがとうございます」

2人は並んで歩き出した。それを影から見つめる一対の目が光っていた。



みちるは結局家の近くまで氷室に送ってもらった。話が弾んだのだ。今日休みだったことを聞くと、付き合いの長い友人が入院したということで、お見舞いに行っていたということだった。

家に帰り着くと、夕飯の香りが玄関まで漂っていた。

「ただいまぁ」

「おかえりなさい」

母の飛鳥がちょうど食卓にいたのだろう、玄関までやってきた。

「今日はちょっと早かったのね」

「うん。仕事が順調に片付いたから」

「ご飯もうすぐできるからね」

「はーい」

そう返事をして自室へ向かう。

「はぁ」

なんとなくため息をついてカバンをベッドの上に置くと自分も足を床につけてベッドに横になった。

思いもよらぬ出来事に見舞われた日だったと、今日1日を振り返る。

「なんか…フクザツ…」

ぼそっとつぶやくと、ベッドから起きて着替えて食卓へと向かった。



凪野家の血筋なのか、みちるもある程度のことはご飯を食べたり寝てしまうと、全く気にしなくなるタイプだ。

食事は相変わらず賑やかにテーブルを囲んだ夕食になったし、大好きなお風呂も入ってあとは寝るだけだった。

両親と祖母のユリに挨拶をして自室へ引き上げると、30分ほど本を読み、眠りについた。

ところが、途中でみちるは目を覚ました。眠りにはついたはずなのだが、どうも寝心地が悪い。堅い床の上で寝ていたようで、体中があちこち痛かった。めずらしくベッドから落ちたのだろうか。

身体を起こして目を凝らすと、そこは自分が寝ていた部屋ではなかった。

「ここは…」

そう言ってみちるはすぐに気づいた。そこは以前に来た、あの冷たくて暗い建物の中だったのだ。

前回は大きな砂時計のある部屋で徐々に意識を失い、気づけば自分の部屋に勇一郎と翔太がいて、目の覚めないみちるを必死に起こしていた。

みちるは辺りを見渡すが、やはり相変わらず暗いのでここの全容を掴むことは難しい。

みちるが倒れていたのは今回は廊下の真ん中で、服はやはり黒のドレスを纏っている。石はしっかり首からぶら下がっていた。

「今度はどうやったら元の部屋に帰れるのかしら…」

座ってしばらく考えたが、埒があかないのでとりあえず進むことにした。前回見た砂時計が気になったので、それを探すことにした。

裸足でしばらくひたひたと歩くと、向こうにぼんやりと青白い光が見えた。みちるの歩みが速まる。

青白い光はだんだんと大きくなってきた。しかし、今回は様子がどうも違う。光の方へ駆け寄ってみると、前は下から見上げた砂時計を今度は上から見下ろす形となっていた。

「吹き抜けになっているのね…」

建物の構造を見ながらみちるが独り言をつぶやいた。みちるのいる場所は2階になる。巨大な砂時計のためなのか、砂時計が鎮座している場所だけ余裕のある吹き抜けになっており、あとはまたそれぞれの方向に廊下がつながっているのか、暗い口がいくつかぽっかりと開いている。

よく見ると、自分の左手の方向に螺旋階段が見えた。そこを下りていくとおのずと砂時計へたどり着けそうだったので、みちるは下りてみることにした。

砂時計があるとはいえ、視界は悪いので慎重に下りる。ドレスの裾を引きずりながら砂時計へ近づいて行った。

砂時計はやはり見上げるほどあり、前に見たときとなんら様子に変化は感じられなかった。砂時計はやはり一番底に近いガラスが割れたままになっており、そこから砂が流れ出ていた様子がうかがえる。

みちるは恐るおそる砂を触ってみる。砂は冷たくなかった。

よく見ると、流れ出た砂の中に手のひらほどの大きさのガラスが埋もれているのを見つけた。おそらく割れたガラスの破片なのだろう。

みちるはガラスをそっと持つと、穴の開いたところへ合わせてみる。

「大きさぴったりね」

そのままガラスをはめると、すっと吸い込まれるように周りのガラスと同化し、1枚のガラスとなった。

「…!!」

みちるが驚いていると、突然あたりに時計のようなカチカチという音が大きく響きだした。穴が塞がれたことで、時が動くのを思い出したのか、ザザーという音とともに砂時計が動き出し、視界がおせじにも良好と言えなかった建物の中が薄明るくなった。照明の色は建物の主の趣味なのか、全て薄紫に統一されている。

今まで虫一匹の気配すら感じなかったのに、今度はどこかに何かが潜んでいるような、そんな雰囲気になった。

突然の出来事にみちるは動揺したが、今は自分しかいないので、冷静になって次のことを考えるしかなかった。

「そうだ、」

そう言いかけてみちるは砂時計の脇をすり抜け、扉の前に立つ。そこは前回みちるが倒れて元の自分の部屋で目を覚ました場所である。そこで何も起きなければ扉を開けよう、そう思った。

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