出現
かなーりマイペース更新ですね…
凪野家では、子供4人がおらず、いつもと違う静かな夜を送っていた。
飛鳥は子供達のことを案じながらも食事の後片付けをしている。ユリも少し気がかりなのか、食卓でお茶をすすりながら本を読んでいた。光司は縁側から裏山を眺めては行ったり来たりしている。
翔太たちが山門に差し掛かった頃、例の悪霊との接触をユリと飛鳥が感じ取ったようで、光司のいる縁側にドタドタとやってきた。
「2人ともどうした?」
光司がすっとんきょうな声を出して聞く。
「何か変わったことなかった?」
飛鳥が聞く。
「いや…俺にはわからなかったが…」
「少し気になるけどね。あの子たちならなんとかなるよ」
「そうねぇ…なんとかしてもらわないと困るわよ…」
3人で心配そうに裏山を見上げた。
その頃裏山では―
山門に差し掛かった翔太たちは、まさに牛歩と呼べるペースで山を進んでいた。
もちろん、例の悪霊たちを相手にしながらなのである。
「くっそ、こいつらいくらでも出てくるな」
「みちるはどうやってこの中を進んだんだ…」
翔太と勇一郎が悪態をつきながら手際よく敵をさばいていく。
全くなにも見えない隆哉は2人が真剣な顔をしながら刀を振り回し、お札を投げつけているのが滑稽だったが、あまりにも2人が真剣なので、隆哉も真剣な顔だけして進んだ。
でも本当に戦っているのだと思えるのは、翔太のお札が敵であろうものに当たった瞬間に消失することだった。自分にも見えたら何かできるのか―少しだけ、無力な自分に苛立ちを覚えた。
みちるは鬱蒼と木が茂る道を抜け、石段を登りきると大きな鳥居をくぐり、月明かりに照らされる井戸と社を見つけた。
まずはユリに教わった通りに、社の中にある白磁で出来た大きな杯を取り出すことにした。
社はもちろん木製で、年月を感じさせたが、さきほどの山門同様、簡単に壊れるようなものではないと感じた。小さな金具で簡単に戸締りをされた木戸を開く。中には、ぽつりと白磁器だけが納められていた。
みちるはそっと両手でそれを取り出し、月明かりの元にさらす。
今度は杯を井戸のそばに持って行き、つるべを垂らして水を汲む。井戸は青白い地面にポッカリと口を開けており、恐る恐るみちるは井戸の中を覗いた。縄を引っ張ると、水を少しづつこぼしながら、つるべが上ってくる。
杯で井戸水を汲む。想像以上につめたくて、一瞬動きが止まった。それから杯の8割りほどに水を汲んで半分を飲む。もちろんつめたいので、少し身震いした。それから水の模様が浮かぶ杯に首からかけていた石を、紐まで全て沈める。月明かりと純粋な井戸水で全てを浄化させ無に帰すのだ。手を合わせて祈るように目を瞑る。しばらくすると、浄化のせいなのか、以前に負った首の傷辺りが少し痛んだ。
ふと目を開けると、どれだけその場で祈りを捧げていたのか、少し身体が冷えたような気がした。
杯を見ると、驚いたことに白く濁っている。きっと今までの邪悪なものが全て水の中ににじみ出たのだろう。傷のあった首筋に手をやると、傷もなくなっていた。もうこれで怯えることもなくなる。
みちるはほっとすると、濁った水を井戸の中に捨てた。ユリ曰く、この井戸の中に葬られたものは二度と這い上がってくることはできないのだという。覗いてみると、白く濁ったものはみるみるうちに井戸の奥底へ沈んで行った。そして以前何者かにちぎられたチェーン。これも皮の袋ごと井戸へと投げ捨てた。これも面白いように沈んで行った。
そして念のために杯と石をもう一度水で洗う。石は相変わらず血のような色をしているが、以前よりも鮮やかになった気がする。
全てを元に戻し、石を首にかけ、帰路につく。途中で翔太たちに会えるだろうか。そう考えながら石段を下りる。山の下では家々に明かりが灯っている。早く家に帰ろう―心配そうにしていた父の顔を浮かべながら木が生い茂る道へ入る。もう、全てが終わったのだからなにも恐くない。よく見たらところどころ月明かりが漏れて幻想的じゃない―なんて思っていたら不意に山の斜面側へみちるの身体が引っ張られる。
(どういうこと…!!?)
あまりにも突然で、ものすごい力だったので、声どころか息をするのも忘れていた。
今みちるは木々を背に、磔にされているような恰好だった。手、足、そして口を誰かの手で後ろから押さえられているような感じを受けた。どんなに力を入れても動けない。一体何が起きたのか。
(3人とも早く来てよ…!)
目をぎゅっと瞑って力強く念じた。
翔太たちは隆哉を真ん中にして、前衛を翔太、後衛を勇一郎というふうに陣形を取って戦っていたが、進むペースは先ほどとあまり変わっていなかった。
ところが、女の形をした悪霊たちは突然攻撃を止めた。しばらくその場に漂っていたが、突然向きを変え、山の頂上の方向を目指して飛んで行ってしまった。
「なんなんだ…」
息を切らしながら勇一郎が言う。
「攻撃終わったのか?」
隆哉はなにも見えないので雰囲気で喋るしかなかった。
「俺達じゃなくて、もっと強い奴が来たみたいだな」
翔太が血相を変えて山を駆け上っていく。
「みちるがまずいみたいだな」
勇一郎も事態を察したのか、翔太に続く。
隆哉も気配こそはわからなかったが、ただ事ではないと感じた。
みちるはしばらく拘束されていたが、やがて頭の中に語りかけるように男の声が響いた。
「あなたが石の後継者なのか?」
(誰…誰なの、こんなことするのは!)
「失礼しました。こうでもしないとあなたとはゆっくりお話ができないと思いまして」
男は淡々と語る。感情はあまり篭っていない。
(何が目的なの!?)
「私は…」
手がみちるの後ろから伸びてきて、首から下げている石をつまむ。
「この石が欲しい」
突然現れた手にみちるはぎょっとする。さらに驚かせたのは手が真っ黒だったということだ。
(欲しいならあげるわよ!だからもうこんな目には遭いたくない!家族みんなで平穏に過ごさせて!!)
「そうはいかないのですよ。なぜならこの石はあなた、つまりは正当な後継者でないと動かすことができませんから」
(私には何の力もないわ…この石で何が出来るっていうの…?)
「あなたは何もおばあ様から聞かされていないのですね…」
(おばあちゃんを知っているの…)
「あなたのことは全て知っている。凪野みちる」
(もうやめて!離して!)
「そうはいかない。わたしは全てを手に入れる。この世界も。そして君もね」
男はそう言うと、また新たに手が出てきて後ろからみちるの腰を両手で抱く。
(ちょっと、何を…!)
人の顔が出てきたのか、耳元に息づかいを感じてみちるは嫌悪感を抱いた。
「なんと無力なことか」
男はそう言うと、みちるの首筋をねっとりと舐め上げた。
(やめて!!!)
願いが通じたのか、男の動きが中断した。
「邪魔が入ったようですね」
翔太たちがやってきたのだと思い、視線を周りにやるとものすごいスピードで白い何かがこちらを目がけてやってくる。みちるもさすがにびっくりして言葉が浮かばない。ぶつかる、と思った瞬間、みちるを拘束している手たちが白いものを弾く。弾かれたものをよく見ると美しい女の形をしたものがふわふわと浮いている。攻撃を受けたものの、どこ吹く風といった感じで涼しい顔をしていた。そしてまたみちるを拘束している手を目がけて何体も飛んでくる。
みちるは本能で悟った。これはわたしを守るものたちだ、と。
そして少しして翔太たちの声が聞こえてきた。
「みちるちゃーん!!!」
(翔太…!)
男たち3人は全速力で山を駆け上がってきた。
少し曲がりくねった先にはもうみちるがいて、激しい戦いが繰り広げられているのは見ずとも翔太にはわかっていた。しかし、みちるの姿を見るなり、翔太は固まってしまった。
「みちるちゃん…」
見るだけで、今までに出会ったことのない凶悪な何か、ということはわかった。みちるは木をバックに暗闇から伸びてきた手に絡め取られていた。それはまるで蜘蛛の巣にかかった蝶のようである。
遅れて勇一郎と隆哉もやってきた。
「うそだろ…」
勇一郎は見えるので、本当に信じられないといった感じだ。
隆哉は見えないとはいえ、みちるの様子が明らかにおかしいので、事態の重さを感じ取る。
そして先ほど翔太たちを襲った白い女たちが今度は黒い手に向かって攻撃をしている。
「俺達も行くぞ!」
翔太はさすがに場慣れしているのか、切り替えが早い。翔太にリードされる形で勇一郎も戦闘に加わる。何も見えない隆哉は1人取り残された。
戦いは、小さな釘でジリジリとコンクリートの壁に穴を開けるような、そんな戦いだった。
女の霊が黒い手に攻撃をしかけ、弾かれる。その隙にもう一体が攻撃をしてダメージを与える―一筋縄ではいかない相手だ。
翔太もいつものようにお札で攻撃するが、さほど効いていないようだ。勇一郎も刀で切りかかり、うまくいけば相手の手を1本討ち取るのだが、大抵は他の手に弾かれては地面に叩きつけられていた。
そんな様子をどうしていいかわからず隆哉は離れた場所から見ていた。
(どうしてだ…どうして俺だけなにも見えないんだ)
翔太が一瞬の隙をついてみちるに近づくが弾かれて、地面にしこたま叩きつけられ、全身傷だらけだ。
(年下の翔太が頑張ってんのに…)
勇一郎は相手の懐に入ろうとして、敵から腹部に重い1発を喰らって咳き込んでいる。
(俺だって同じ兄弟なのに…)
何度弾かれても叩きのめされても、翔太も勇一郎もそして女の霊でさえも立ち向かっていた。ただし何度も言うようだが霊は隆哉には見えていないのだが…
(みんなボコボコにされてんのに、なんで俺だけここにいるんだ!?)
そう、何も見えなくても感じなくても隆哉には見えているものはひとつ。大事な妹のみちるだけはちゃんと自分で見ることができる。
(もうわけわかんねぇなら、みちるを元に戻すことだけ考えりゃいいんだ!!)
隆哉は決心すると、みちるに向かって走り出した。
「お前ら道を開けろ!!!」
翔太と勇一郎と自分には見えない何かへ向かって叫ぶ。翔太たちは突然叫んで現れた隆哉に驚いて、反射的に身をよけた。
「このやろう!!」
隆哉はそう叫ぶと、みちるに飛びついた。
(タカ兄…!!…ダメージを受けていない!?!?)
「なんだこれ?みちるが動かねぇぞ!くっそー!!」
隆哉はやはり黒い手からの攻撃もものともせず弾いていた。先ほどの翔太たちが見たのと同じ光景がそこにはあった。
人間とは不思議なもので、大事なものを守りたいと本気で思ったときには想像以上の力が出るものなのだ。隆哉はみちるにしがみついて、木を支えにして踏ん張っていた。物理的には通常不可能な体制だろう。
「ふざけんな!…くっ!」
顔を真っ赤にして尚もみちるを魔の手から引き剥がそうとする。
(タカ兄…頑張って…)
黒い手からの攻撃は続いているが、やはり隆哉には効かないようだ。
みちるも少しでも兄の力になれるように身体に力を入れるがびくともしない。
「少々あなたの兄弟を見くびっていたようですね」
男がひさしぶりに口を開いた。声が聞こえたのか、翔太と勇一郎、そして女の霊も声の主を探すように辺りを見渡している。
「今日のところは私が引こう」
そう言うとみちるへの拘束が消え、隆哉はみちるごと地面へ落ちた。
「痛ってぇ!急に離すなばか!」
誰に言うでもなく、隆哉は叫んだ。
「みちるちゃん!」
「みちる!」
翔太と勇一郎も2人のもとへ駆け寄る。
「みんな…ありがとう…助かったわ」
みちるは少しぐったりはしつつも、怪我などはしていないようだ。
「それよりあの人は…」
みちるが4人より少し離れてたたずむ女の霊に視線をやる。
「あんた、誰だ?さっきは俺達を攻撃してきたが…」
勇一郎が立ち上がって女を睨む。まだ完全に敵意がなくなったとは感じていなかったからだ。
「お兄ちゃん、彼女は多分…」
みちるが言い終わる前に
「申し遅れました」
女はそう言って真っ白だった姿から一転、鮮やかな羽衣を纏い、艶やかな黒髪を頭のてっぺんで結わえた姿に変わった。
「わたくしは、凪野家に代々仕える精霊でございます。先ほどの失礼をお許しくださいませ」
そう言うと腰を落とし、頭を下げた。
「じゃぁ、お姉さんはみちるちゃんの家来ってこと?」
翔太が聞く。
「家来…そうですね、守護霊とでも言いましょうか。翔太様」
名前を呼ばれて翔太は驚いた。
「じゃぁこの山を守っているということなのか」
「そうです。部外者が立ち入らないように監視するのがわたくしの仕事です、勇一郎様」
「みんなのことを知っているの?」
みちるが聞くと
「もちろんですよ、みちる様。わたくしはここであなたがたが生まれてから…ずっとずっとその前から凪野家を見ていました」
「じゃぁお姉さん…名前はなんていうの?」
「わたくしは『せつな』と申します」
「せつなさんは、みちるちゃんがピンチの時に現れて助けてくれるの?」
翔太が再度聞く。
「それは…残念ながらわたくしは持ち場を動くことができません。ところで…」
せつなはそう言うと、隆哉の前に立つ。
「隆哉様はわたくしが見えないのでしょうか?」
「あぁ。それどころか、最初のあんたの攻撃すら弾いただろう。さっきだって。あれは一体…」
隆哉は一体なにが起きているのかわからずきょろきょろしている。
「俺にも話を教えろよー」
せつなは全員を見渡すと微笑んで、
「少しお話をしましょうか」
そう言った。




