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作者: かのん

夏なので

 薄暗いというには暗すぎる、田舎道。


 夕暮れのまだかすかな明るさがあるから薄暗いだけで、あと十五分もしたら真っ暗に変わる。


 田舎の暗さを都会の人が見たらどう思うのか。


 月がなければもう道の形すらわからない。


「携帯電話あってよかった」


 懐中電灯を持っていない日は、携帯の灯だけが頼りだ。


 携帯電話をパカッと開いて、ライトをつける。


 虫が飛んできては、たまにぶつかってくる。


 そしてもっと怖いのは、猫。


「うっわぁ、何だ!?」


「みゃー」


「……ねこぉぉぉ」


 暗闇に突然足にからみついてくる猫。不意打ち過ぎて恐ろしすぎる。


「早く帰らないと」


 その時、遠くの方でいくつかの灯が見えてどうしたのだろうかと思った。


 田舎でこの時間、あんなに人が集まるのは、中々に大事だろう。


「おーい! なんかあったんかー!」


 そう声を上げて、田んぼ向こうにいる人に尋ねると、こちらに向かって声が返って来る。


「あーーーーーーげこげこげこげこげこーーーーー」


 蛙の鳴き声が混ざって聞こえてきて何と言っているのかよく分からない。


 まぁ、こちらに向かって揺れる光から言って、何かあったのは間違いないだろう。


「聞こえないー! そっちに行くよー!」


「あーーーーーーーーげこげこげこげこげ」


「え?」


 蛙の鳴き声が、突然途切れた。


「え?」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 叫んでいる。叫び声だ。言葉じゃない。


 何かこちらに向かって言っているわけではなかった。


 その時、足に絡みついていた猫が、威嚇するような声をあげ、それを皮切りにはっとすると俺は暗い夜道を怖くなって走って逃げた。


 自分の息遣いが聞こえてきて、暗闇の中に溶けていくようだった。


 背筋をすぅっと抜ける寒さと、何なのか分からない恐怖とが自分の中に入り交ざる。


 足音が、ついてきているような気がした。


 あれは、人だったのか? そうでなかったのか? 


 お化けが出たのか!? 暗闇の中を必死に走っていると、自分の家の灯が見えてそこに向かって必死に走る。


 玄関の灯に、虫が群がっていた。


「はぁ……はぁ、はぁ」


 良かった。あとは家族にさっきのことを話せば。


 ……あれ?


 虫の音も蛙の声も聞こえない。


 シンと静まり返っていて、そんな中で、足音が響いて聞こえた。


 足音?


 それと共に雨が降り始め、ぽつり、ぽつりと地面を濡らしていく。


 地面を濡らしていく雨のように、心が恐怖で埋め尽くされ、急いで家に入ろうと扉に手をかけると、玄関扉の鍵が閉まっていた。


「え? なんで……」


 いつもは開いている。


 玄関のカギを閉めることなんていつもならないのに。


 カバンから家の鍵を取り出そうとするけれど、足音が気になって慌てて暗がりに鍵を落とした。


 ざぁざぁと雨音が強くなっていく。


「くそっ」


 泥にまみれながら、地面に這いつくばって、鍵を探す。


 その時、スマホの灯ごしにでっかい蛙がいてそれを手で触ってしまい、うげぇと悲鳴を上げる。


「最悪……」


 恐怖が入り交ざる中、足音がとまったことに気が付いた。


 こんなに雨が降っているというのに、足音だけは明確に聞こえていたのに。


「……」


 誰かがいる。


 心臓がうるさい。そんな中、蛙が鳴いた。


「ああああああああああああああ」


 人の声とは思えない、声だった。


 何かがいる。


「う、うわあぁぁ。だ、誰ね! 冗談はよせ!」


 そう言って勢いよく振り返るが、そこには誰もいない。


 冷たい雨が降っているだけだ。


 ただ、耳元で、ああああああと何度も何度も声が聞こえてくる。


「うわぁぁぁ。なんだよ、なんだよ! 母さん! 父さん! 開けてくれ! 開けて!」


 扉をどんどんどんと勢いよく叩く。


 けれど、扉は開かなくて、叩き続けるしかない。


 すると何故か扉を叩く手がぬめぬめとし始めて、俺は悲鳴を上げる。


「なんだよ……なんで!? なんでこんなに濡れてるんだよ! うわぁぁぁぁ。雨がぁぁぁ」


 ぬめりが取れない。


 ぬめぬめと、肌が……ぬめり……。


 まるで自分自身が水にのまれ滑りを帯びているようだ…………




「田中さん、田中さん」


「ああああああああああああ」


「おーい! こっちに田中さんいたぞー!」


「本当ね! 良かった良かった」


「田中さん、見つかったって! 家に帰って来たんかね」


「あぁ、老人ホームからいなくなったって聞いてびっくりしたがね」


「無事でなによりよ」


 ぞろぞろと田中を探していた人々がそう呟く。


「田中さん。帰りましょう。ここはもう、誰も住んじゃいませんよ」


「あああああああああ」


「はぁぁ。とにかく帰りましょうや」


 明かりをともす人々がそう呟き、田中を伴って田舎道を歩いていく。


「ああああああああああ」


「田中さん、良かったねぇ。見つかって」


「あぁ。見つからんと、田舎道は側溝やらなんやらがたくさんあるからな。雨が降らんでよかったよぉ。これで雨やったら見つけられんかったかもしれん」


「そういえば、田中さんの息子さんいなくなったの、このくらいの時期やったねぇ」


「田中さん、探しておったんかねぇ」


「そうかもねぇ」


「あああああああああああああ」


 ぽつり、ぽつり。

 雨が降っている。

 蛙が鳴いても……もう……。

かえりたい

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