沼レベル1・コメダを知る
私が住む家の近所には、広い田んぼがあった。幼少期は、通りすがりに稲の状態から季節の移ろいを学んだものだ。しかし、所有者の方が辞めたのか、いつしか稲作はされなくなり、がらんとした空き地の状態が続いていた。しばらく経ったある時、その田んぼが埋め立てられているのを発見した。噂によれば、どうやらコメダ珈琲店なるカフェチェーンができるらしい。こんな田舎にカフェができる?またまた、ご冗談を!ところが噂は本当であり、レンガをあしらった山小屋のような、田舎に似つかわしくないオシャレな建物が出来上がったのだ。工事現場の前を通るたび「全国各地に出店するようなすごいカフェが、こんな近くにできるんだ!」とワクワクしていたものだ。
オープンしたのは2015年の9月。オープンしたての頃は、コメダに行ってみたという近所の人から情報を収集し、どんなものかと様子を窺っていた。すると、どうやら無料でモーニングが食べられるらしいと聞き、おトクなものに目がない両親が、俄然興味を持ち始める。そこで、一番初めは家族でモーニングを食べに行った。あたたかみのある木材ベースの内装。高級感のある赤いベロアのソファ。ドリンクを頼めば無料でついてくるモーニングセット。全てが新鮮で、家族揃って感動した記憶がある。コメダのモーニングは、パンの種類、トッピング、塗るものを選ぶことができる。パンは、スタンダードな山食パンと、デニッシュ生地の丸いローブパンのどちらか。トッピングは、ゆでたまご、たまごペースト、小倉あんの3択。たまに地域の特産品を扱ったご当地ジャムなどの限定メニューが登場し、4択になることもある。そして塗るものは、バターかいちごジャムのどちらか。私はモーニングを食べる中で色々なパターンを試した。私が辿り着いた至高の結論は、山食パンにバター多め、たまごペースト。コメダの注文は「バター多め」という要望も聞いてくれるのだ。たまごペーストは、各店舗で手作りしている。色々な店舗を訪れる機会に恵まれる人なら、それぞれのたまごペーストの違いを比べてみても面白いだろう。寒い時期ならドリンクにはコーンスープを頼み、パンをスープに浸しても美味しい。また、サラダやヨーグルトは別で販売されている。自分だけのモーニングをカスタマイズすれば、朝から贅沢な時間を過ごせること間違いなしだ。
こうしてモーニングを堪能した私だったが、次は他のメニューにも目を向けるようになった。シロノワールに出会ったのは、オープンから1か月後、10月のことだった。シロノワールとは、温かいふかふかのデニッシュパンに冷たいソフトクリームが載った、コメダの代表的デザートメニューである。このシロノワール、季節ごとに様々な新作が登場する。その美味しさに取り憑かれた私は、新作が発売されるたびにコメダへ行くこととなった。シロノワールを追い始めた当初は、コメダが独自で考えた新作シロノワールがメインだった。春はいちごや抹茶を扱ったもの、秋は栗や芋、カボチャを扱ったものという風に、季節感を持って販売されていた。しかし、徐々に他企業とのコラボが増え、季節に関係ない新作シロノワールがメインになってきたように思う。コラボの形も様々だ。鬼滅の刃、ちいかわ、すみっコぐらしなど、メニュー注文でおまけが貰えるというキャラクター重視の売り方。それから、東京ばな奈や桔梗信玄餅などの銘菓をシロノワールで再現するコラボ。ガーナやネスレなどのコラボでは、その会社が誇るチョコレートの力を借りて、チョコレートのシロノワールを販売してきた。価格改定による値上げで、多様なコラボにお金をかけられる余裕が生まれたのだろうか。コラボではない、オリジナルのシロノワールも美味しいのだが、コラボの方が明らかに力が入っていて、当たりの確率も高い。これからも色々なシロノワールを見せてもらいたいものだ。
新作シロノワールを追うものの、この頃の私は単なる利用客。コメダオタクと自称できるほどコメダにのめり込んでいたわけではない。2015年当時は大学1年生で、自由に使えるお金も少なかった。それに、コメダとは正反対の方向へ通学していたため、近所とはいえあまり足を運ぶ機会はなかった。
だが、休日に気が向いたらコメダへ赴き、デザート以外のフードメニューに挑戦したこともある。
あるテレビ番組にて、芸人の寺門ジモンさんが、天然ウナギを食べに行くという企画があった。ジモンさんに関しては、牛を一頭買いしたというエピソードしか知らなかったため、牛肉ではなくウナギのロケとは意外だった。特に肉へのこだわりが強いものの、幅広い食通であるらしい。そんなジモンさん、お店では3匹相当のウナギを食べる予定とのこと。ウナギ3匹分って結構な量ですよね?そんなに食べるんですか?と尋ねるスタッフに、ジモンさんが返す。
「だって、たくさん食べなきゃ味が分からないでしょ?」
良いウナギの味が分かるようになるには、それだけ良いウナギをたくさん食べる必要があるということだそうだ。なるほど、確かに。
そしてジモンさんが凄いのは、たくさん食べるために「たくさん食べられる胃袋」を作っているところにある。ジモンさんは胃袋を鍛えるために、何十年もの間、毎日のランニングと筋トレを欠かさず行っているのだという。
味わうために食べる。食べるために鍛える。このジモンさんの食への姿勢は、私にとても響いた。というのも、私は少食のくせに、コメダ珈琲店のフードメニューに憧れていたからだ。世間のイメージとしては「コメダ珈琲店=逆写真詐欺」だろう。メニュー写真とは似ても似つかないほど、ボリュームたっぷりの商品が登場することでお馴染み。それを食べるとなると、胃袋のコンディションチェックを行った上で、空き容量に何をどう割り当てるかが重要になってくるのだ。
せっかくコメダに行ったなら、フードメニューとデザートメニューの両方を味わいたいものだ。ところが、コメダのほとんどのフードメニューは、少食人間にとって量が多すぎる。胃袋のコンディションが相当良くないと、最後まで美味しく食べきることができない。デザートの入る余地など最初から存在しないのだ。新作のシロノワールを食べたい場合でも、フードメニューは厳しい。スパゲッティの後でケーキを食べるくらいはいけるかもしれない。しかし、ほぼお腹いっぱいの状態で、ケーキをちゃんと味わえるだろうか?
もっと食べられる身体なら、こんなことを考えずに食べたいものをあれこれ頼めるのだろう。そのような背景から、私はジモンさんの考えと行動に感銘を受けたのである。しかもいっぱい食べたいからではなく、真に美味しいものをきちんと味わうために、そこまでの努力を長年継続するなんて、凄すぎる。これが究極の食通の姿……!
番組を通して、私はジモンさんに深い尊敬の念を抱いたのだった。そう、尊敬。憧れではなく尊敬。運動不足の化身たる私が真似するには、あまりにもハードルが高い。そういうわけで、私は軟弱な胃袋のまま、コメダのフードメニューに挑んだのだった。
その日のランチに選んだのは、エッグサンド。以前、隣の席にいたお兄さんが「コメダではモーニングのトーストを頼んだことない。これが一番美味しいからこれしか食わん」と話していた。そんなに美味しいのかと、ずっと気になっていたのだ。
注文してドキドキしながら待っていると、ボリュームたっぷりのエッグサンドが到着。たまごペーストがギュウギュウに詰まった、はち切れんばかりのサンドイッチが、長方形の皿の中でひしめき合っている。私はパッと見で、サンドイッチが7個か8個あるのだと思っていた。しかし、掴もうとしてよく見ると、食パンの枚数が合わない。なんと、食パンそのものまで挟み込んだ、分厚い巨大サンドイッチが4個あるのだ。これを朝から食らうお兄さんは、きっと鍛え抜かれた胃袋の持ち主だ。
途中で休憩を挟みつつ、1時間半かけて完食。ちなみに朝ご飯は食べていない状態でのランチだ。ゼロからのスタートでこれだけのダメージを与えてくるとは、さすがコメダである。持ち帰りは負けだという変なプライドで何とか乗り切った。
そうか。コメダが長居してもいい方針なのは、少食人間が時間をかけてフードメニューを攻略できるようにする配慮だったのか。たくさん食べられない私は、時間をかけてゆっくりじっくりコメダを味わっていこう。そう思ったのも、この沼レベル1での思い出だ。
ところで、ここまでは「コメダが提供するメニューは写真からかけ離れているほどのボリュームである」という前提で話を進めていた。しかし、コメダはそのインパクトが仇となり「コメダのボリュームは過大評価である」と意見されることもある。どうやら「世間はコメダの量が多いと騒ぎ過ぎだ」と主張する勢力も存在するらしいのだ。
ちなみにコメダの公式の見解としては、そもそも「デカ盛り」を意識しているわけではないという。そのため、そのボリューム感について議論することにすら意味がないと言えよう。しかし、その量がコメダのイメージになっていることは確か。何だかコメダが不条理な誹りを受けているようで、応援する者の立場からすれば、何とかできないものかと思ってしまう。せっかくなので、コメダのメニューのボリュームに関する意見について考えてみよう。
まず「コメダの量は言うほど多くないだろう」というような意見。これは主に、自分はこの量を食べても満足できない、という文脈において出現する。そんな大食いさんならしょうがない。だが、レギュラーサイズのシロノワール、カツパン、バーガー類などは大食いさんでも満足して頂けると思うのだが、どうだろう。私はカツパンを初めて見た時の衝撃が忘れられない。その名の通り、カツを挟んだパンなのだが、あの直方体のカロリー爆弾はインパクト大だ。サクサクで熱々のカツがとても美味しいので、食べ始めた時はペロリと食べてしまえそうにも思える。ところが半分ほど食べ進めたところで失速するのがお決まり。終盤は苦行と化すのだ。そんな結末が分かっているのに、メニュー表を見たら頼みたくなってしまう。あのカロリーの暴力と美味しさを享受したいという欲求には抗えないのである。
世間で目にする意見として「コメダのボリュームは値段の割にそれほど多くない」というものもある。量の多さは、コスパの良さに結びつけられがち。値段に絡めて考えるのも無理からぬことだ。だが、コメダの場合、量の多さがコスパに直結しているわけではない。むしろ良い値段なのだから、多くて然るべきとも言えよう。コメダ珈琲店とは、サンドイッチ単品が1000円前後するような世界なのだ。そのくらいするなら、2食分賄える量は要求したいというもの。また、コメダは2023年、2024年と二度にわたって値上げをしている。価格に対するお得感は、どうしてもなく下がってしまう。こういった値上げ前後の感覚のズレも「値段の割には……」と考える原因なのかもしれない。
こうして様々な意見を鑑みるに、コメダのボリューム感については、個人の感覚によって賛否が分かれるところなのだろう。だが、量が多いと思う人にも、量が多くないと思う人にも、私は主張したい。コメダの価格は、場所代の面が大きいのだ!
コメダのモットーは、くつろぐ、いちばんいいところ。コメダは飲食物ではなく「くつろぎ」を提供しているのだ。通常の飲食店の場合、注文に応じて飲食物を提供する。食べる間は店に滞在するので、食べるに適したイスとテーブルがある。ところがコメダは、客が自分の時間を過ごすための「時間と空間」を提供しているのだ。コメダは、ゆったりとした空間で、客が思い思いの時間を過ごすという体験を味わうための場所。だから、店内でゆっくりできるように、計算し尽くされた空間が作られている。例えば、コメダを象徴する赤いソファは、長時間座っても疲れないようにふかふかである。飲食店によっては、回転率を重視し、あえて座り心地の悪い木の椅子を配置すると聞いたことがある。それを思うと、コメダが回転率より個々の時間を尊重してくれていることがよく分かる。また、木材がベースとなった内装も、リラックスできるように計算されたものだ。「木視率」といって、建物の空間にいる人から木材がどのくらいの割合で見えるかを表す指標がある。例えば、全てが木材でできたログハウスの場合、どこを見渡しても木材しか見えない。その場合、木視率は100%と言える。木視率が高ければ高いほどいいのかと言うと、そういうわけでもないらしく、木視率40%くらいが最もリラックスできるとされているようだ。コメダはその木視率に基づいて、内装の設計をしているそう。このように、くつろぎの体験を充実させるために様々な工夫が施されており、さらにそこへ美味しい飲食物が付いてくるのだ。
要は、コメダに求めるべきはコスパではなく、満足感である。近年は何においてもコスパやタイパが重視されがち。コスパは費用対効果。価格の割に量が多くて美味しいレストランはコスパが良い。タイパは時間対効果。動画を倍速で視聴するのはタイパが良い。コメダでくつろぐのは、コスパもタイパも悪い行為だ。コメダのコーヒーは、2025年2月時点で460~700円。1食分を賄えるお金でたった1杯のドリンクを頼むのは、コスパが良いとは言えない。それにタイパの観点からコメダを利用するならば、金銭に直結するような生産的な行動が伴うべきだ。それでも私はコメダでくつろぐ。コメダで過ごす、無駄で贅沢な時間が愛おしいから。安くないお金で、美味しい料理を食べて、時間を浪費する。お金や時間を節約するような、せかせかとした世界から離れられる。それがコメダのくつろぎだと私は思っている。くつろぎの空間、それを彩る食事。値段に見合った体験ができればそれで良い。コメダを訪れるみんなも、思い思いのくつろぎ体験を味わえますように。
読んで頂きありがとうございます!
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