二人分のウェディングベールを
カクヨムで掲載しているものです。
その日は結婚式であった。新郎は新婦の美しいウエディング姿を見ようと足早に新婦の控室へと歩を進める。
控室の前に着いた新郎は立ち止まり身なりをただす。新婦には一番カッコイイ姿を見せたかった。扉を開けた後の新婦の様子を想像する。自分を見るなり照れてそっぽ向いてしまうだろうか。それとも優しく微笑みかけてくれるだろうか。そんな妄想をしながら胸を高鳴らせてノックする。
しかし、返事はない。まだ手が離せない状況なのだろうか。新郎は恐る恐る扉を開ける。視界に入ってきたのは紅白だ。普通、紅白は縁起のいい色だとされるが新郎には恐怖の色となった。新郎は腰を抜かし絶句状態になってしまう。新郎の目に映った白はウェディングドレスの白であり、紅は新婦の腹のあたりから出ている色だった。そんな様子の新婦姿の女が二人いた。一人は今日結婚式を挙げる自分の花嫁でありもう一人は新婦の友人であった。
新郎は恐る恐る部屋の中へと入る。新郎に正常な判断など出来やしなかった。新婦と友人はお揃いのウェディングドレスを着ておそろいのベールを被っている。友人の唇には新婦の赤い口紅が移っている。新婦と友人は手をつなぎ床に座っていた。新婦の紅の手袋と友人の白の手袋が脳裏を支配した。新郎は不謹慎ながら綺麗だと思った。そして恐ろしいとも思った。ふとドレッサーの方へと視線をやると封蝋に閉じられた手紙が置かれていた。新郎は封を切り中身を読み始める。
前略、皆々様
私はこの場を持って死にます。育ててくれたお父様、お母様、御免なさい。そして、結婚を予定していた新郎様にもご迷惑をおかけします。私は自分の愛に嘘はつけません。私には通すべき愛が御座います。その為には死ななければいけなかったのです。どうか分かってください。
私の通すべき愛とは結婚する親友への愛です。私は親友を愛しています。私は親友の為ならどんな事だって出来ます。それがたとえ殺人であっても。それがたとえ自殺であっても。私には出来ます。
私と友人の出会いは小学校でした。三年生のことです。親友と同じ組に、隣の席になったのです。あの日のことは今でも鮮明に思い出せます。その頃は嫌々受験させられた挙句、友人もなかなか出来なかったものですから両親を恨んでおりました。ですが、親友と出会った日を境に私は変わりました。親友は朗らかな性格で私に話し掛けてくださいました。そこから趣味のこと好きなもの悩み事、何でもお話しするようになりました。初めのうちは恨んでいた受験ですが、エスカレーター式の学校であったため親友と過ごせる時間が多くなると感謝の気持ちが日に日に増えていきました。たとえ教室が違っても私たちは休憩の時間に会いました。待ち合わせをして昼食を取りました。私の学生生活は夢のような時間でした。お父様、お母様、あの学校を受験させ、通わせてくれて本当にありがとうございました。
私と親友は価値観が同じでした。ある日、親友の教室にお邪魔していた時、ご学友のお話が聞こえてきました。内容はその時お付き合いしていた異性と性行為をしたという内容でした。私はなんて下品なのだろうと思いましたが、親友も同じ事を考えていたのです。私たちはたとえお付き合いをしたとしても性行為は結婚の後にするものだと認識していました。親友も同じような考えを持っていることに私は感動しました。その頃からでしょうか、親友を恋愛対象として意識したのは。それまでも親友のことは好きだという言葉では足りないくらい思っていましたが、明確に恋愛対象として愛してることに気が付いたのです。
時がたっても私たちは親友でした。親友の一番は私だと信じて疑わなかったのです。だから罰が当たりました。親友に婚姻の話をされました。その時の感情はどんな言葉で言い表せばいいでしょうか。怒り、失望、絶望。どんな言葉も私の悲しみを、怒りを言い表せないでしょう。プロポーズの様子を嬉々として語る親友に涙が溢れて止まりませんでした。親友にはうれし涙だと誤魔化しましたが、親友のあの表情はもう見たくありません。私は親友の婚約者をひどく恨みました。ひどく妬みました。親友と結ばれること、親友と性行為すること。私も親友の乱れた姿を見たかった。でも、叶わない。そして私は親友にも苛立ちました。なぜ、今まで親友の一番は私であったのに、私よりも共に過ごしていない男を選ぶのだろうか。私には理解できませんでした。親友の隣は永遠に私だと思っていたのに。
なので私は親友を殺すことにしました。聞けば、まだ性行為はしていないと。ならば、純潔のまま私とともに死んでほしかった。親友の乙女を暴かれるのなら、私と結ばれないのなら、共に死のうと思ったのです。親友の最期には私を映してほしかった。私が親友を殺せば最期の記憶は私になるでしょう。たとえ、親友に呪われても良かった。親友が呪ってくれるのなら、私は親友に唯一として悦に浸れるでしょう。親友は他の人を呪うような人では無いので私は親友が唯一、呪った人間になれるでしょう。私はそうでもして彼女の一番に、唯一になりたいのです。
友人を殺すならウェディングドレスが良いと思いました。きっとドレスを着た親友はとても綺麗でしょう。そして私もお揃いのドレスを着てお揃いのウェディングベールを被るのです。そして最期には手をつなぐのです。共に逝けるように。
そのため私は準備を始めました。今まで断っていたお見合いの話を受けました。断っても断っても諦めない男に役に立ってもらおうと思いお見合いを了承しました。そうすると三か月でプロポーズをしてきました。私は思わず泣いてしまいました。計画が順調に進んでいるためです。男はそれを自分のプロポーズに感動して泣いていると感激しているようでした。私はすぐに結婚式がしたいと言いました。いつ親友が結婚するかわからなかったためです。親友より先に結婚式をする必要がありました。
そして、今日この日を迎えました。私は二人分のウェディングドレスと二人分のウェディングベールを用意してもらいました。親友とは一緒にお揃いのドレスを着て記念撮影をしようと言いました。式場の迷惑になるから準備をしている間の短時間で、と言うと親友は快く了承してれました。上手くいけば私は親友を殺し、自分も死んでいるでしょう。飲み物に毒を入れた上で親友のお腹を刺しますから死ぬでしょう。そして私も同じ毒を飲み自分の腹を刺します。
それでは皆々様、さようなら。
手紙を読んだ新郎は絶句した。自分は新婦が親友を殺すために利用されていたのだ。新婦は自分を愛してなんかいなかったのだ。思い返せば新婦は結婚式を焦っていたように感じる。日取りやプランなどはプランナーや自分にお任せであった。しかしドレスやベールはこだわりがあるようだった。しかし新郎は花嫁はそんなものだろうと気にとめていなかった。新郎には些細なことだった。それだけ新郎は新婦との結婚を楽しみにしていたのだ。性行為も結婚式をしてからがいいと言う新婦の我儘を聞いていた。新婦は神聖なことだから結婚してからがいいと、初めては旦那様に捧げたいとそう言っていた。だから新郎は我慢した。それなのにこれは裏切り行為ではないかと激昂した。新婦に腹が立って仕方がなかった。しかし新郎は思い出したのである。新婦の友人にも婚約者がいることを。新郎はその婚約者に謝るべきだと思った。自分の花嫁のせいで彼女と結婚できないのだから。
新郎はすぐさま友人の両親を探した。そして言う。どうか娘さんの婚約者さんに謝罪させて欲しい、と。しかし友人の両親は語る。
うちの娘に婚約者はいませんが、と。
後日、新婦の友人の遺書があったと聞いた。友人のご両親があなたにも関係あるだろうからと元新郎に内容を送ってくれたのだ。そしてその内容を読んで元新郎は三度、絶句した。
遺書
この手紙が開かれている頃には私は親友に殺害されているでしょう。ですがどうか皆さん、親友を非難しないであげてください。全ては私の計画通りなのですから。
私は小学校の入学式に一目惚れをしました。それが今の親友です。きっと話すことはないと諦めていましたが三年生の時、同じクラスになりました。それだけではなく隣の席になったのです。私はこれを神様がくれたチャンスだと思い、親友にたくさん話しかけました。そして私は彼女の親友となることができたのです。彼女に好かれるために全力を尽くしました。
高校一年生になったあたりでしょうか。親友が性行為について話しました。性行為は結婚したあとにしたいよねと語りました。私はそうは思わなかった。今すぐにでも彼女の乙女を暴き処女を喰べてしまいたかった。ですが、私は彼女に同調しました。こんなことを言っては嫌われると思ったからです。私は選択肢を当てました。その頃から彼女は私を恋愛対象として見てくれたのです。やっと気持ちが通じ合ったと思いました。舞い上がるほど嬉しい気持ちでいっぱいでした。そしてお互いがお互いの一番だと信じて疑いませんでした。
しかし、影がさすのです。私は余命を宣告されました。症例の少ない症状らしく現代の医学を持ってしても治らないのだそうです。
私は死が恐ろしかった。どうせ死ぬのなら病気なんかではなく親友に殺されたかった。
私の愛が世間一般では異常だと分かっていました。ですが、愛の前ではそんなものどうでも良かった。
私は考えました。どうすれば親友が私を殺してくれるかを。
そうして考え出したのが架空の婚約者です。私が婚約したと言えば彼女は嫉妬に狂うでしょう。そして私を奪われるくらいなら私を殺すでしょう。私には分かりました。私も同じ状況下なら同じことをします。
親友はあっという間に婚約をしました。そのことについて嫉妬に狂いそうと同時に私のためにそこまでしてくれる嬉しさがありました。私を殺すために好きでもない男として婚約なんてなかなか出来ません。彼女はそれだけ私を愛してくれているのだと愛おしくなりました。
そのうち親友は私にドレスについて聞きに来ました。そこで私は察したのです。親友は自分の結婚式で私を殺してくれるのだと。彼女はお揃いのウェディングドレスを着て写真を撮ろうと言ってくれました。もちろん了承しました。お揃いのウェディングドレスを着て、お揃いのウェディングベールを被り彼女に殺されるなんて夢のようです。
明日は親友の結婚式です。でも私にとっては親友と私のための儀式だと思っています。
きっと私たちは死んだあと、二人で結婚式を挙げるでしょう。
きっと私たちの愛は理解できません。ですがそれでいいのです。この愛は私と親友のためのものなのです。
みなさま、さようなら。私は愛のために殺されます。
元新郎は遺書を読み終わると呟いた。
「割れ鍋に綴じ蓋」