嫉妬と酒とワイルドカード
「話は粗方わかったよ。それは、今日は大忙しだったね。」
エバは炙った塩漬け肉をガジガジと噛みながら少女二人を労う。
やはり僅かに残った臓器が一斉に抗議しているのか、ウプッとえずいてはジョーに肉を没収されている。
何故か一向に諦めようとせず、上半身だけで肉を引き離すジョーに果敢に飛びかかり噛み跡の付いた愛しき豚肉の為に絶望的な闘いを続ける。
そしてその合間に少女達に向き直る。
「野盗共だけどねっ!今のところ城の周りに人間の気配はないね…むぐぅ!」
顔を抑えられ、長い腕は虚しく肉をかすめる。
エバの吸血鬼としての能力として五感や気配魔力察知等の第六感が人間よりも遥かに優れており、蝙蝠の様に特殊な音波の反射で周囲の様子を伺う事も出来るという。
少女達の状況を把握しつつ、現在発揮出来うる全力を出して周囲の探索を進めていたのだが…
「代わりに深夜にしても動いている魔物の数が多いかな…多分ジョー達が暴れ回ったのが原因だね。いずれにしても野盗が君達を取り返しに攻めてくる来るのはしばらく後だろう。」
いくら野盗の数が多くとも魔物の群れを突破して廃城に攻め込むのはリスクが高い。
考えなしに突っ込んで来たり、リーダー格が強権で下っ端達を脅し捨て駒にしそうな印象があるが、ならず者であるからこそ簡単に格上に愛想を尽かし離反、脱走を企てる。
まして、本隊は一度ジョーと交戦している、廃城の魔人の威力をその身をもって知っているのだ。
「夕方に話したが、ジャンだかジョンだか呼ばれていた大男。あいつは強かったな…多分なんらかの訓練を受けている。」
昼間に野盗の馬車を襲撃しオリヴィア達の脱走を支援した時の事を思い返す。
「野盗に騎士崩れや腕自慢がいる事は珍しい事では無いからな。嘆かわしい事だが。それに馬車も気になる。カミラ嬢。一台ではなかった…ですね?」
騎士として思うところがあるのか苦々しい顔でハインツが確認する。
「私がみた範囲ではだけど、三台見た。内一台は屋根が無くて代わりにちょっと雰囲気が違う奴らが武器詰め込んだり、なんか見た事の無い道具を取り付けてたな。」
「それで全部なのか、全部がこの誘拐に参加してるかまでは知らされてない…」自信なさげに話すカミラ。
流石にそこらで誘拐して金をチラつかせて手伝わせた子供に組織の全てを明かしたりはしていないようだ。
「そのうち一台は車輪を軸毎ぶっ壊してやった訳だが。賊の移動拠点にしちゃしっかりした造りだったし…その特別仕様のは戦車か…」
「敗残兵が部隊の装備を丸ごと持ち逃げして…いやパトロンが付いている可能性も無視できんな…」
現状荒事担当の男性陣が難しい顔で軍議を開始するが、未だに全力で顔を押し返され、頬を潰されながら必死に空を掻き肉と酒を奪還せんと奮闘するエバがそれを遮る。
「それ何度目だよ!どうせ私が寝てる間もこの娘達の前で延々と同じ内容を議論してたんだろ!?あーつまんな!これだから男の話はつまらないんだ!」
最早自らの口に肉が入らないであろう事を悟ったエバが目じりに涙を浮かべ悲痛な声でジョーをなじる。
「明日の事は明日考えよう以外の答え出せる!?野盗は明日まで責められない!我々も明日まで出られない!さりとて森の付近でオリヴィアを救出しようとしてるであろう領主様一行と速やかに接触したい!ほら!明日になったら状況を動かす!それでいーだろー!」
ヒステリックなエバの金切り声は概ね的を得た内容であり、さっさと睡眠を取って明日に備えろと言う最速も含んでいた。
「まぁ確かに…それじゃハインツ。時間ずらして俺らも睡眠取ろうぜ。お前さんが先だ。エバもそろそろ寝直さないと再生に…」
「お腹減って眠れない。」
エバは先程までのおどけた態度から豹変し、一切感情を感じさせない声色で、早口で呟くと長い腕でジョーの首を素早く絡めとると抗議の声が上がる暇もなく首筋に噛みついた。
「お前…さん…っ!」
ジョーの身体が痙攣し苦悶とも喘ぎとの付かない声を漏らして脱力する。
あまりの事態に何も反応できない少女達に吸血鬼の瞳がぎょろりと向けられた。
うす暗く、青い月光だけが照らす城主の間に鮮血の様な紅い潤んだ瞳がぼうっと浮かびあがる。
血を吸われているのは自分達ではないのに身体の中から何かが抜き取られて代わりに奥底まで何か別の、異質なモノをズルズルとゆっくり差し込まれる様な熱狂的な感覚。
熱に浮かされる様に目の前の男女の姿に見惚れ、腰を浮かして近づこうとさえする少女達…
…その視界を大きな手が遮った。
「エバ殿…年端もいかぬお嬢様方の眼前で生殖行為に及ぶとは…冗談が過ぎるな。」
険しい口調のハインツの非難に脳に罹った甘い靄が晴れてなおオリヴィアとカミラは「そうか…吸血鬼だから生殖行為…」などと間抜けた呟きを漏らすので精一杯だった。
「魅了邪視までかけるとは…まったく。」
「ぷはーーーっ!生き返ったーーー!」
珍しく本気で怒ったハインツの視線もどこ吹く風と、景気良く口元の血を拭い歓声を上げるエバ。その下半身の切り口から太い骨が、続いてうにょうにょと神経や血管の束が。そして断ち切られて垂れ下がった臓腑がのたくりながら伸びてくる。
「いやさ胃も腸もこのありさまじゃない!?血を啜って直接生命力補給しないと干からびちゃうよ!あとジョーあんた火傷のせいか前より不味い!早く治して!」
蛮行の末浴びせかけられる不条理な言葉に床にへたり込んだジョーは「わ…悪うござんしたね…」と皮肉にもなっていない言葉を返すのが精一杯である。
「オリヴィア嬢、カミラ嬢。大変失礼した。だが聞いた通り本日はこれまで。腹も膨れたところで今度こそお休みを…」
すまなそうな、しかし有無を言わせぬ態度で寝室前までエスコートされては何も言えず。
少女達は「おやすみなさいフロイライン。」と静かに去っていくハインツを扉越しに見送る事しか出来なかった。
「一体何だったの最後の…」
突然のエバの奇行に面食らったままのオリヴィアが絞り出す様に疑問を口にする。
「ムヒヒヒ…」
「カミラ…?」
不気味な笑い声をあげる友をまだ魅了でも残っているのかと覗き込む。
「あれはもう直ぐ堕ちるぜ!なぁにが婚約を棚上げされてるだ!ジョーの奴やるじゃねぇか!」
ニヤニヤと下品な笑顔を浮かべ今日で一番上機嫌なカミラ。
オリヴィアは引き攣りながらその腰を抱きベッドで寝るよう促す。
「貴女…あの濁ったお酒吞みましたわね…」
「歩けるかねジョー」
ハインツの肩を借りながら城主の間を後にするジョーは「応…」と短く答えるとかぶりを振り、自分一人で歩き出した。
「まったくエバ殿は…ああ言うところがある…」
少女二人が退室した後、エバはしてやったりと言った満足げな顔で棺桶にもどり。
「おやすみー!」
と元気に就寝の挨拶も済ませ、抗議も聞かずに寝息を立て始めた。
「ああも嫉妬されると…正直悪い気はしねぇかもな…」
苦笑するジョーにハインツは「ぬかせ」と鼻をならし。
「あのような齢の娘にまで嫉妬の感情を向けるのは考え物だろう!」
「邪視を向けるのもやり過ぎだ!戦闘行為だぞ!」としっかりとした怒気を孕んだ声色で不快感を露わにする。
ジョーは自嘲気味な。哀しみを含んだ表情で「ずっと一人だったろうからな…」とハインツに向き直りエバを弁護する。
「時間かけて学んで行こうぜ。俺ら三人でさ。そのつもりで組もうって決めたじゃん。」
「…慎重になる必要はあるが…再生が完了したら少しづつ人里にも連れて行こう。彼女も望む通り人と触れ合う事が何よりの勉強になる。人と違う存在だからこそ人の中で得られるものも大きい。」
「これからは我らも付いている。」渋面を作りつつも優しい声音で応じるハインツは続けて。
「血を取られたが、貴様再生は?鎧は出せるか?」
ハインツの質問に腕の包帯を外し皮膚の状態を見せながら答える。
「明日の夕方…いや昼までには出すだけなら…」
ぐちゅと剥がれ落ちた皮膚が付着したままの包帯の下から東方人的な特徴をもつ、薄橙に例えられる肌が露わになる。
「二人を届けるにもエバ殿を置いて森を去るのは不安だ。野盗共を少なくとも、壊滅状態にする必要がある。悪いが大いに当てにさせてもらうぞ。」
「貴様の装甲骨蟲を。」




