パジャマパーティ 吸血鬼エバとお夜食
「よっこいしょ…座れるか?」
ジョーが豪快にぶっ倒れた二人に丁寧に声掛け気付け隣室から椅子を持ってくる。
「ええ…大丈夫ですわ…」
この城にたどり着いてからと言うもの、肝を冷やし怪人達を疑い、恐れては梯子を外され拍子抜ける。そんな事を繰り返している気がする。
いい加減にどうとでもなれと開き直るべきかもしれない。このまま自分達の生殺与奪を握っている怪人達を疑っても先程の様に神経が昂り消耗していくだけだ。仮にこの胡散臭い者たちが何か企んでいたとして我々に何が出来ると言うのか。
元々城主用のモノなのか座り心地の良い上等な椅子を並べて座り、お互い寄りかかって口から魂が抜けんばかりに脱力する少女二人の有様を吸血鬼の女はケラケラと甲高い声で、心底愉快そう笑う。
時々、笑いながら咽返り、喀血している異様な光景もここまでくると恐怖や嫌悪を通り越して悩んでいた事が馬鹿らしく思えてくると言うものである。
「しかしこの様な方ならばなぜ最初から紹介してくれませんの…」
「何故ってお前さん…」
呆れた様にジョーは吸血鬼と目配せする。
「眠ってたって言ったろ?まだ一日に少ししか起きてられないんだ。お前さん方、下半身から血と臓物垂らしてる眠り姫を城主ですって紹介されたい?」
「本来こんな患部丸出しの重症患者を子供二人に面会させるのも考えものだと思うんだがな…」などと渋面を作られるとぐうの音もでない。
そんな周りの眼を気にも留めず吸血鬼は「あっは~ん」などとおどけながら均整の取れた裸体に自らの血を塗りたくりながらクネクネとしなを作ってみせる。
冒涜的かつ嫌悪感を感じる光景のはずが吸血鬼の振る舞いに毒気を抜かれ切り滑稽さと脱力感が勝る。
「いやそもそもやましい事考えてなかったならなんでこの部屋で雰囲気たっぷりだったんだよ!やべぇ魔族に捕まったと思ってビビったじゃねぇか!」
そんな緩み切った雰囲気に屈せずカミラは果敢に抗議を続けるが、バツが悪そうに赤面した顔を背けたジョーの「寝顔見つめながら一方的に話しかけてたの見られたから…どんな顔で説明すれば良いかわからなくて…」と言う呟きに、無言で着席する。
最早いかなる焦燥も不安も疑念も無意味である。今日はとっとと布団を被ってスヤスヤ眠る他ない。
これ以上緊張とストレスで疲れ切った脳みそを働かせても勝手に疑心暗鬼を生じた上で三文芝居の演者にされるのがオチである。
「兎も角、ようこそ御客人。私はこの廃城の城主。吸血鬼のノウムエバだ!エバと呼んでくれ!よろしく!血色の良いお嬢さん方!眼も覚めてしまっただろう?もう少し君達の事を私にも聞かせておくれ!」
城主の間で少女達の事情と食堂での話をエバに聞かせていると、半開きだった扉が勢いよく開け放たれる。
「諸君!夜食である!!」
ハインツの城全体に響き渡る程の声と、深夜を周り空になった胃をくすぐる匂いが部屋中を満たす。
それはささやかな夜会を開催すると言う宣言に他ならなかった。
トレー一杯に炙った塩漬け肉と魚の乾物。そしてもう片手のトレーには水差しと人数分のカップとビアマグ、そして強い匂いを放つ容器の中身はアルコールだろうか。夕飯にジョーとハインツが酌み交わしていた贅沢な硝子ボトルではなく、一般的な陶器に入っている。
「お嬢様方が部屋から出るのが見えた故!ジョーもエバ殿の様子を見てから寝ると言うから必要になるかと思ってな!城の内外の罠と鳴子の調子を見つつ調理しておいたのだ!」
なんと気の利く騎士であろうか。思わずオリヴィアも「我が家の執事になってくれないかしら…」と独り言ちる。
ガタガタと音を立ながら、ジョーが隣室から丸テーブルを運び込むと、所狭しと如何にも粗野で塩辛そうな、真夜中に食べるには余りにも罪深い御馳走がテーブル一杯に並べられる。
ハインツがアルコールの入った陶器を揺すり水音を立てると、かなりキツイ匂いが漂った。
「不安で眠れない様ならお嬢様方も少し舐めるかね?最もジョーのお手製でかなりキツイ代物だがね?」
「私それ好きー!」と涎を啜るエバに対して、ジョーは「それ悪酔いするぞ…おすすめはしないがなぁ」と少女達に与えるのは逡巡している。
「お子様達に舐めさせるならワインを残しとけば良かったな」
ジョーがハインツからビアマグを受け取り陶器からドボドボと濁った酒を注いでもらう。
なみなみと揺れる白濁した酒を近くに寄って見ていたカミラの鼻先に突き付けて見せる。
「ムぐっ!?」と咽るカミラを横目に微笑みながらハインツはカップをオリヴィアに手渡し。
「近場の漁村は知っているでしょう?あそこは東の民が多い、そこでライスを買ってきて発酵させたものだそうで。まぁアルコールは兎も角、水と…この川魚の乾物は食べやすい。この時間に起きたらもう空腹では眠れぬでしょう。」
鈍い光沢を放つカップに水を注ぎ皿の乾物を進めてくれる。口に含むと強い歯ごたえと塩気が心地良い。
「ああ先に言っておきますが隣の少し色が違う乾物はしょっぱい上材料が蛇ですので。苦手なら気を付けて。」等と余計な一言で食欲を削いでくるが、緊張が解けたせいか魚の乾物を二本三本と平らげてしまう。
視界の端では結局好奇心に勝てなかったのか、カミラが濁酒に口を付けている。
下半身を丸々欠損しているにも関わらず、エバはビアマグ一杯分を豪快に飲み干し、そして案の定勢い良く逆流させた。
そんな乱痴気騒ぎを肴にしつつハインツは酒をあおりながら、オリヴィアにこの部屋での事を聞き出していた。
「うーむ」
次第に眉を顰め、ゆっくりと離席し顔面を濁酒まみれにしたエバを介抱するジョーの肩を叩く。
「やはり彼女達をエバ殿に会わせる気が無いのなら、そもそもその存在や吸血鬼である事は伏せるべきであったな。今の彼女の姿は少女には刺激が強いし、結果的に怖い想いをさせてしまった。貴様もその辺りの方便や腹芸を身に着けるべきだ。」
いつになく深刻で静かな友の苦言にジョーは気圧されバツの悪そうに俯き応じるしかなかった。
「そうだな…確かにお前さんの言う通りだ…」
「俺の落ち度だ…」と消え入りそうな声で続けた後、顔を上げハインツの瞳を真っすぐ見据える。
「でもエバの事二人にばらしたのお前さんだよね。」
その力強い言葉にハインツは満足そうに微笑むと。ジョーの両肩優しく叩く。
「分かれば良いんだ!次から気を付けてくれ!」
「おうコラ…」
そのやり取りに女性陣は三者三様、口に含んでいたものを噴出した。