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食後の作戦会議と廃城の姫

「さて、早めにお休みになって欲しいがこのまま就寝するのも不安でしょう。」


 夕食を平らげ、異様に苦い紅茶を飲みほした辺りでハインツが口火を切る。


「少し腹ごなしがてら明日からの行動を説明したい。」


 その話に合わせたかのように、いつの間にか何も言わずに退室していたジョーが古ぼけた地図を何枚か手に戻ってきていた。

 食器が乱雑に退けられた長テーブルに無言でひと際大きな地図を広げる。

 打ち合わせたかの様な手慣れたしぐさに、荒事を生業としている人間独特の頼もしさを感じつつも、ジョーの妊婦の様に膨らんでしまった下腹に目が行ってしまう。


 結局、大鍋一杯に作ったスープの殆どが比較的瘦せ型のジョーの腹に吸い込まれていった。自分達も満腹になるまで振舞ってもらって文句などあろうはずもない…が。

 よくよく見ると痛々しい包帯の上からでも薄っすら浮き上がっていた逞しく美しい腹筋が台無しである。


 だからどうと言う事ではないが、年若く、苦難の淵にあった少女二人にとり、手を差し伸べてくれた逞しい存在は例え膿だらけのミイラ男であっても、れっきとした王子様候補であり。

 少女達は心の中で勝手に加点されていった点数が容赦なくマイナスにまで減点されていくのを感じながら、我ながら失礼な女だ…と自重を含んだ生温い視線をぽよぽよのお腹に向けるのであった。


「んあ?そんなに見ても腹に入ったものは渡せんぞ!ともかく現在地のおさらいだ。」


 ジョーが指し示す、古びた地図の端に滲んだインクで簡易なイラストで城が描かれている。


「この人食い森は石灰(ライム)半島に点在している魔物の生息圏の中でも比較的小規模な部類。人里同士を隔てる様に茂っているが迂回は容易だし、むしろ海路の発達を促し漁村や港が栄える遠因にもなっている。」


 そのまま南に指を滑らせ大きな港町に指を置く。


「チャップマン卿の屋敷があるのはこの森の丁度南。本来は西側の内陸を大きく迂回し森を抜けるルートがある。複数の有力な集落や砦が点在し補給も治安も問題ない…はずだった。しかし森の近くを突っ切るルートを強行した。」


 そこから再び北へ北へ、人食い森を通り越ししばらく指を北上させる。そこには半島の付け根、大きく色分けされた領地が描かれていた。


「この新大陸との境目、半島開拓の要であるキャンベル辺境伯領。通称ファータイル地方に魔物が組織だって攻め込み戦線が崩壊、立て直しが図られてる。お前さんここからチャップマン領に帰るとこだったんだろ?」


「ジャスパー卿…キャンベル辺境伯には先代の頃から我がチャップマン家を特に目をかけて頂いております。祖父が商人として成功し爵位を買ったのもすべてキャンベル家の支援あってのもの。」


 オリヴィアは辛そうに目を伏せながらキャンベル領を脱出した時の事を述懐する。


「会食の前日、滞在先にジャスパー卿の使いの方が息を切らして、戦線が食い破られ魔物が領内になだれ込んでいる…急ぎ我々の領内に戻り防備を固めよと…最新の情報と領内の拠点への指示書、護衛の方々を借り受け我々はキャンベル領を後にしたのです。」


「万一にもファータイルが落ちる様なら可能な限りの領民を連れて海路で半島から脱出せよと。」在りし日のジャスパーとの思い出が脳裏を過ったのかオリヴィアの声は次第にかすれていく。

「その後は父は馬車を二台に分け自ら囮に…それが裏目に出てしまい私は賊に…」


「あの偏屈野郎そんなに偉い奴だったのか…」

「ジョー…貴様…卿を一体なんだと思っていたのだ。」


 不安げなオリヴィアにジョーは「まぁ」と事も無げに語り掛ける。


「断言は出来ないが恐らくジャスパーの野郎なら大丈夫だと思うぜ。実はこの城にもあいつが嚙んでてね。詳しい事は口外出来んのだが、魔物共の攻勢はしっかり予測されてたんだよ。此処に俺たちがたむろしてるのも元々攻勢を邪魔する為の仕込みでね。」

「ご安心召されよオリヴィア嬢。貴女も良く知る通り、ジャスパー卿は一筋縄ではいかぬ男です。御父上達も同様です。貴族のお抱えの護衛ならそう簡単に全滅したりはしますまい。」


 ジョーとハインツに少々無責任に笑い飛ばされ、返って拍子抜けしてしまったのかオリヴィアの顔に可愛らしいはにかみが戻る。


「まさかジャスパー卿とお知り合いだったとは…ハインツ様だけでなくジョーまで顔が広いのね。以外ですわ…」

「どういう意味だよ…」


「そう言う意味です!」とおどけオリヴィアは前々から気になっていた事を尋ねる。


「この城にいるのも仕込み…とおっしゃいましたが…ここでも何か戦いがありましたの?城の破壊に違和感がありました。ジョーのお身体ももしや…?」


 そう問われてジョーの視線が気まずそうに泳ぎ、ハインツは待っていましたとばかりに意地悪にニヤつく。


「それがな!お聞きくださいオリヴィア嬢!カミラ嬢!ここにいるジョーはこの城の姫君に横恋慕し、あろう事か結婚式に乗り込んで新郎に火を付けられたのです!」

「おぉい!?なんだそら!言い方ってもんがあろうが!」


 笑顔が戻ってきていたオリヴィアはより笑顔を深め、押し黙って話を聞いていたカミラもたまらず身を乗り出す。


「なんだよあんたやるじゃん!」

「本当に何があったんですの!?それでお姫様は!?新郎達との闘いの行方は!?」


 ジョーはげんなりした顔でぶっきらぼうに答える。


「あー…その結婚式ってのが吸血鬼のもんでな…相手方は粗方ぶっ殺したし、お姫様は重症で療養中だ…」

「療養!?この城に!?吸血鬼がまだ!?」

「そこではありませんわ!一目惚れです!先方はなんと!?」


 一気に血の気が引いたカミラを押しのけてオリヴィアが顔をくっつけんばかりに身を乗り出す。

 ハインツに助けを求める様に視線を向けるが、相手はこの話題を煽った張本人である。嫌らしく方眉を吊り上げるのみだった。


「それはその…婚約は少し考えさせて…と。」






「あー…」

「大抵ダメな時の奴じゃん…」


「もう寝ろ!」

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