廃城の厨房ー魔人の簡単クッキング
「んぅふっふーん♪」
廃城の厨房に野太く陽気な鼻歌が響く。
厨房に隣接された食堂、恐らく召使い達の為のものだろうか。その比較的手狭な空間に粗末な椅子と長机が設置されており。
先ほどまで廊下で泡を吹いていた少女二人はそこで、ぐったりと汚れた天井を虚ろな眼で眺めながら腰かけていた。
「なんか…どっと疲れがきましたわぁ。」
「いくらなんでも一日で色々起きすぎだろ。」
「ふぅふっふーん♪」
そんな二人の気も知らず厨房からは相変わらず調子っぱずれな鼻歌が響き。疲れ切った脳内に容赦なく侵入し反響する。
「やかましいぃぃ!うるせえよ!ハインツ!」
じっと調理が終わるのを待っていたジョーが遂にしびれを切らして厨房に怒鳴り込む。
その中では先ほどの大鎧の騎士、ハインツと呼ばれた男が鎧を脱ぎ去り魔物の肉を煮込んでいた。
「うむ!もう待ちきれないようだな!だがそろそろ完成だ!」
ハインツは全く話が嚙み合っていない返答を返しながらいたく上機嫌に振り返る。
肩ほどまで伸びた金髪に何処か幸薄そうな線の細い整った顔つき、童話の王子様というのはこういった人物ではないだろうか。
目が覚めて直ぐに彼の美貌をみた少女二人は口をパクパクさせながら再び倒れた程であった。
路地裏育ちのカミラはともかくとしても、アッパークラスに生まれ社交界等で嫌味な程に洗練された人々と関わってきたオリヴィアをして「こんなに美しい男性を見た事がない」と言わしめる完全無欠の美青年の顔が…
…伝説の一つ目巨人もかくやと言う盛り上がった筋肉ダルマの様な逆三角形の巨体にちょこんと乗っかっていた。
ごつごつと岩山のように隆起した筋肉が。首に!胸に!腕に!腰に!腹に!尻!脚!全身を覆い盛り上げ膨らませている。
確かにそれはそれで美しいのだ。伝説上の英雄を表現した石膏像の様な、人体の究極と言っても過言ではないその肉体。
しかし、首から上と下で美の系統が180°違うのは否めず、別々の人物の首を挿げ替えた様な違和感があった。
「この魔物はこのなりで草食の様だぞ!味見してみたが臭みも少ない!」
そんなムキムキな肉体にエプロンを掛けているのだが体格のせいで殆ど身体を覆えておらず赤子の前掛けの様に見えてしまう。
何故かぷりぷりと上機嫌に尻をふり。
「さぁそこの食器を持ってきてくれ!」と棚を指さし、鍋を下からかき混ぜ、満足そうに満面の笑みで首肯する。
「俺はもう少し静かに料理できんのかっていってるんだが…」
「しかし我輩、料理をする時は鼻歌を歌うと決めておるのだ!植物も歌や言葉を聞かせると元気に育つと言うではないか!」
ジョーは「鍋の中に入ってるもんはもう育たねぇんだよ…」とぼやきながら棚から人数分の食器を取り出し、ハインツの側に用意するとバケットに硬パンを詰め込み適当なピクルスと乾物等を取り出し項垂れながら厨房を後にする。
「ご覧の様に可笑しな奴だが、まぁ可笑しな奴だ。保存重視のメシだからスープ以外の味は期待するなよ。特にパンはガッチガチに二度焼きしてある。」
なんとか相棒を褒めようとして諦め、テーブルに配膳しながら「あ!飲み物忘れた!俺酒ー!」と今だ厨房でスープを盛り付けているであろうハインツに怒鳴ると丁度用意を終えたハインツもエプロンを付けたまま厨房から出てくる。
「わかったわかった…フロイライン(お嬢さん方)にはお茶を…これもあまり良い茶葉ではないがね。パンはスープに良く浸してくれたまえ。」
野営用のモノなのか、少女から見るとバケツの様な巨大なスープボウルになみなみと魔物肉と根菜中心のスープを注いだものを四人分、やたら濃く出した紅茶を二人分、全て大きなトレーに乗せ器用にも左手でテーブルまで運ぶ。
右手にはラベルもないワインボトルをこれまた器用に二人分のグラスのステムを指に挟み、こちらは乱暴にジョーに押し付ける。
受け取ったワインを嬉しそうにグラスに注ぐジョーをしり目に、オリヴィアはくたびれ座り心地の悪い椅子から起立する。
「命を救って下さった上に食事にまでお招き頂き。お二人にはなんとお礼を申し上げればよいか…その上好き嫌いなど…ジョー様と、ええと、ハインツ様と御呼びしても…?」
改めて二人の怪人を見渡し、ナイフで切り詰めたスカートに代わり与えられた古ぼけたブカブカのスカートを摘み深々と礼をする。カミラも「あいにく今までメシは食えるかどうかで味なんて気にした事ねぇよ。食わせてもらうもんに文句は付けねえ。」と彼女なりの礼を述べる。
「これはご丁寧に!料理に夢中で自己紹介が遅れまして。我輩はタールライヒの遍歴騎士ハインリヒ・フォン・フォーゲルバウム。先程の様に是非ハインツと御呼び下さいフロイライン。」
オリヴィアに対してだけではなくカミラにも最敬礼の姿勢で恭しく頭を下げるハインツ。
余裕のある態度で受けるオリヴィアと本物の貴族が自らに跪くなど想像もしたことのない珍事に狼狽えるカミラに「ジョーから料理中に概ねの事情は聞いております。」と少し笑みを陰らせて続ける。
「まさかチャップマン家のご令嬢とは、災難でしたな。領主様もさぞ御心配なさっていることでしょう。カミラ嬢も、良くぞ正道を踏み外さず…その齢で人一人を救い賊から逃げおおせるなど、一介の騎士として瞠目させられました。」
身分の差に拘らず二人の少女を労い称える。
少女達はここにきて自らの境遇を実感したのか詰まる様な吐息を漏らす。
「おいこらお前さん方…まさか空腹のまま悩み事を続けようってんじゃないだろうな。そんな馬鹿な真似は許さんぞ。」
重くなった空気にジョーが務めて軽薄な声色で茶々を入れる。
「いいか?これまでの話を聞くに、確かに賊共はまだ大半が生き残ってお前さん等を探しちゃいるだろうが…ここを何処だと思っている。この森で最も危険な魔人の廃城だぞ?そこに潜り込んで噂の魔人二人と食卓を囲んでるんだ。何を焦っている?」
不安を笑い飛ばす様におどろおどろしいポーズを取っておどけて見せるミイラ男。
その光景は張りつめていた少女の心を解きほぐし、先ほどとは違い緩んだ笑顔と安堵の涙を引き出した。
「空腹で立てた作戦など後から思い出せば大抵碌なものじゃあない。そうだろ?先ずはメシと休息だ!ほれさっさと胃袋にモノを詰め込め。」
塩気の多く、魔獣の肉の油と根菜の濃厚な風味が溶け出した、仄かに本当に申し訳程度にハーブで臭みを取ったスープに岩の様に硬いパンを浸して齧る。
そうしたら、もう悩みも体裁もどうでも良くなった。
オリヴィアさえ、テーブルマナーなど忘れて本能のままにスーブの具材を頬に詰め込む様に頬張る。
カミラは、食べた事もない味の濃い食事を、今までの人生での空腹を埋め合わせるかの如く咽ながら掻き込む。
そんな様子を二人の怪人は満足そうに眺める。
ジョーは今だ空であった片方のグラスをハインツに手渡すとボトルを突き付ける。
ハインツが傾けるグラスにドボドボと無遠慮にワインを注ぎ、二人して苦笑しながら控えめにグラスを掲げてみせるとそれはそれは粗野に楽し気に飲み下すのだった。