ジョーと呼ばれた男と蠢く鎧
廃城の各所には激しい戦闘の跡と思われる破壊痕が残っていた。
特に派手にぶち破られた分厚い木製の城門はつい最近破壊されたようにも思えた。
オリヴィアは怪人に続いて城内に歩を進める、カミラが不安げな視線を向けてくるがここまで来て足踏みしていても始まらない。
散らばった城門の破片を踏み越えながら城内に入ると、外から見ていた時はその威容に気圧され気づかずにいたが、比較的小規模な城である事に気づく。荒れ放題な庭園跡を通りながら、以外にも自分の屋敷の方が広いのではないか、などと呑気に見分していると。
「ジョーだ。」
「へ?」
突然怪人が口を開く、名乗られた事にも気づかず素っ頓狂な声で返してしまう。
「俺はジョー。今は皆にそう呼ばれている。」
「え…あ!申し遅れました!わたくし領主、ベン・チャップマンが一人娘。オリヴィア・チャップマンと申します。この度は危ないところを救って頂き…」
今の今まで名乗っていなかった事に気づき慌てて所謂カーテシーの動作を取ろうとしてオリヴィアは逃走中にスカートを自ら切り捨てた事を思い出し、しばし気まずそうに固まる。
「このような姿での失礼をお許しください。この度はなんとお礼を申し上げたらいいのか…」
「…カミラだ…助けて貰ったことには礼を言う…」
気恥ずかしそうに素足を晒しながら恭しく礼をするオリヴィアに続き、カミラも警戒心を隠さない態度で礼を言う。
「…あぁ、スカートの替えは、あるとは思うがサイズがあうかなぁ…」
ジョーはさして気にした様子もなく呟くと。
「チャップマン家のご令嬢とは…ここ最近は留守にしていたと聞いていたが…魔族との戦線が大きく動いたからな…通りでこんな危険な森に御領主の身内が彷徨っているわけだ。」
「はい、先の戦闘で戦線が後退し、やむを得ずこのルートを通ったと聞いています。」
「それにしたって…お偉いさんの情報がもれてるかもな…」とジョーは腕組みをして眉を潜めながら次はカミラに目線を向ける。
「お前さんは…通りすがりって感じでも無かったな…野盗の一味か?」
「…そうだよ!もっともこの御嬢さん連れて逃げ出したからあいつら生きてたらおかんむりだけどな!」
開き直るようなカミラにジョーは片膝をついて目線を合わせると。
「それで良い。次からはやめとけ…そう言う事はお前さん向いちゃいないよ…よくやったな」
それだけ言うと、「ろくなものが無いが調理場行こうぜ。」とスタスタ先に言ってしまう。
悔しそうに恥ずかしそうに帽子で顔を隠して唇を噛むカミラ。
オリヴィアは何も言わずに硬く手を握り。共にジョーの後を追うのだった。
「失礼ながら、ジョー。貴方はその…普通の人間なのですか?」
気まずそうにオリヴィアが問いかける。余りに不躾な質問にカミラさえ横目で睨んでいる。
「その重い火傷を負ったまま…野盗を襲撃して下さったのは貴方でしょう。そのまま魔物からも我々を…」
「お身体は本当に…」大丈夫なのですか?と続けられず口ごもってしまう。
「ああ、これね。大体想像は付くと思うが…」
ジョーは事も無げに応じ。「この辺は剥がれてきたか…」左腕の包帯を解くと。
ベチャリ…と汁気を吸った重い包帯が垂れ下がり。その下からツルりと綺麗な肌が露わになる。
「普通の人間…ではあるが少々特殊体質でね。ちょっと前にしくじってな…」
そう言えば先ほどから吃りが酷かった口調は、いささか異国の訛りがあるものの流暢に舌が回っている。
包帯の奥に見える焼け落ちた瞼も、いつの間にか睫毛までしっかり生えそろい。白濁していた眼球も濃い茶色の瞳がしっかりと二人の少女を見つめていた。
「お前さん方の話も聞きたいんだが。見ての通り身体は頑丈なんだがその分腹がな…」
ぐぅ~と、景気良く腹の虫が廊下中に響き渡る。
少女二人はフッと可愛らしく吹き出し、それを見たジョーは満足げに口の端を吊り上げて見せる。
「なんか馬鹿らしくなっちまった。さっさと食堂でも調理場でも案内してくれ。こんな廊下にいつまでもいたら動く幽霊鎧でも襲ってきそうだ。」
緊張が解れ、気安く悪態をついて見せるカミラに。
「ああ、動く鎧なら…」
ジョーが二人の後ろをゆっくりと指さす。
指の動きに合わせて二人が振り向く。
ギシ…ギシ…
『…じょぉぉぉぉお…』
「ぎゃああああぁぁぁぁぁあ!?動く鎧ぃぃぃぃぃ!?『いかぁぁぁにもぉぉぉぉぉぉぉ!!』
二人の絶叫を遮り巨大なフルプレートの騎士鎧がガシャガシャとやかましい足音を立て魔物の死骸を引きずりながら近づき。なおやかましい大声でまくしたてる。
『この鎧こそ我がフォーゲルスバウム家に伝わる秘宝!!魔圧駆動甲冑ヴァイス・シュバルベである!!鎧全体に流れるエーテル流が!特殊な技法で刻印が施された我輩の屈強な肉体と連動!!そして強化!!城壁の様なブ厚い装甲圧を誇るこの鉄塊の如き重装鎧をまるでぇ!布の肌着かの如く軽やかに動かす事を可能にしているのだぁ!!!』
「…ハインツ…」
『んむ?』
見ると二人の少女は白眼を剥いて綺麗に並んでひっくり返っていた。
『…ダメではないかジョー。また病み上がりで動き回ったな。』
「この二人には何かないのかよ…」
ハインツと呼ばれた鎧の大男はしばし無言で地に倒れた少女達を見つめると。
『腹が減ったのではないか?食べられそうな魔物を獲ってきた来たぞ?』
「お…おう。かたじけない…」
血抜きしていたのか今だポタポタと血が滴るオオカミとも牛ともつかない異形の魔物をひょいと掲げてみせるのだった。