三人の魔人と晩餐会
「諸君!聞いた通りだ!」
ジャスパーの良く通る声がホールに響き渡る。
「不安も疑念もあるだろう!内心納得していない者が多いのも私は理解しているつもりだ!」
あえてだろう、肩を抱ける程の近さでぴったりとエバの隣に並び立ち貴族達に呼びかける。
「そこでだ!次は諸君らに彼女の安全性を担保する為に私が用意した兵をご紹介したい!歯に衣着せず言えば監視である!」
ジャスパーの言が途切れるのにぴったり合わせてジョーとハインツが踵を鳴らし階下に並び、貴族達に振り返る。
「紹介しよう!武勇轟くタールライヒの遍歴騎士ハインリヒ・フォン・フォーゲルバウム!そして!東方の果てより流れ着いた外法の力を操るヒノワのサムライ!城下百合守永衛である!その力の一端をご覧に入れよう!」
その宣言に合わせ二人は同時に鎧を展開した。
ハインツの全身の魔力紋が輝き、循環した魔力が懐に忍ばせたフォーゲルバウム家の紋章に反応し美しい魔圧駆動甲冑が瞬時に召喚、装着される。
ジョーの全身に割れ目が広がり体内の骨蟲が背を破り姿を現す。貴族達を睥睨すると再びジョーの体内に勢いよく潜り込み全身の皮膚が装甲化する。ヒノワの誇る生体鎧、装甲骨蟲が完成した。
両者の装着により発生した蒸気とエーテル流がホールに溢れ、貴族達がどよめき半歩後ずさる。
「タールライヒの神族が製法を伝えたとされる伝説の鎧とヒノワに伝わる魔物に対する為に自らを魔物と化す外法!これが私が吸血鬼に対抗するべく迎え入れた精鋭である。その力はたった二人で廃城を占拠した魔族。吸血鬼「火刑」のイーデンとその眷属を殲滅し、レディ・エバを救出!その信頼を勝ち取った!」
ジャスパーが力強く謳い上げる功績にホールの貴族はある者は慄き、ある者は静かに眉を顰め思案する。
「たった…たった二人で…」
「火刑の吸血鬼…常に大量の眷属を護衛に引き連れていると言うあの…」
「それが真実ならまさしく城攻めですな…」
「吸血鬼でありながら人の守護者たらんとするレディ・エバ!人の身でありながら人を超える力を操る我が精鋭!これらを起点として廃城を再建しライム半島未開拓地への足掛かりとする!」
まばらな拍手が起きそれが段々と万雷の喝采に変わる。
信用を勝ち得た訳ではない、先ずは吸血鬼が暴走した場合の保険がかかっていれば良しと言う事だろう。
ある意味エバ以上に得体の知れないジョーとハインツもお互いを牽制する効果があると取られたのかもしれない。
兎も角、貴族達は概ね廃城の再建とトレス家の再興に賛成しその後の利権に対しての皮算用に思考を割き始めた様だ。
大きく礼をしジャスパー達は一度ホールから下がる。
『…先ずは成功か…』
『思った以上に好意的に受け止められたな…我輩達の戦力としての価値に目がいったか…』
「ジャスパー卿の仕込みもあるのだ。言ったろ?私達が堂々としていれば失敗しないよ!」
一息つく三人にジャスパーは無表情で「それもあるが…」と続ける。
「そもそもなぜわざわざ翼を広げさせたり鎧を装着させるなど物騒な事をさせたと思う?あの場でお前ら三人に野次を飛ばせる奴はいないよ。」
身も蓋もないジャスパーの言葉に一同は気まずそうに固まる。
「もしかして…最後は脅してごり押し…」
「そう言う事だ。上手くいったろ?」
エバを一度認めると貴族や商人の対応は早かった、廃城の復興と運営に必要な資材や人材、資金。そこに新たな経済効果が産まれる。ホールの興味は完全に移っていた。
一度奥に下がり鎧の装着を解除したジョー達はその後の打ち合わせを簡単に済ませた後にホールに戻ると食欲をそそる匂いに迎えられた。
「おっと始まってるな…」
テーブルに並べられた立食用の料理の数々。ベンが用意した贅を尽くした晩餐であるが、一部毛色の違う物も用意されていた。
「どうも我輩達に見慣れたものがあると思えば…」
「保存食か…」
新型の陶器で保存期間を延ばした物、携帯に便利な物、現在広く食されている定番の物。
新旧入り混じった無骨な保存食、軍用食が並べられその中には港の商店で取り扱っているヒノワ由来の物も取り揃えられていた。
「貴族とは良くも悪くも現金なもので…一度乗ると決めたらその先に意識が向きます。廃城が…トレス城が機能を取り戻したらライム半島の奥地への遠征が容易になりますので。」
共にホールに戻ったベンの言葉通り貴族の、特に軍事に携わる者や騎士達が熱心に糧食を吟味し近場の担当者に質問している。
「人が大勢動けば同時に食料が動きそこには莫大な金が付随する。我々成り上がりの貴族にとってはこのホールは戦場なのです。」
「それはそれとして…」
ジョーの目線の先では馴染みの商店の店主が大柄な貴族にヒノワの食品を勧めていた。
味噌や干し飯等の保存食に向いたものから醤油等の調味料や味噌汁や漬物、果ては見た目が不気味な納豆等の西方の人間には到底受け入れられるとは思えないものまで並べられていた。
大柄の貴族は好意的に店主に質問を繰り返し成分や原料、行軍時に保存が利くかなど興味深げに吟味している。
意外にも納豆に興味を示し渡された器の中身を一気にかきこみ飲み込むと周りにアピールしている。
まるで蟲でも食べたかの様なホールの反応にジョーの顔がみるみると引き攣る。
「おいベン!なんかオヤジの品が罰ゲーム扱いされてないか!?」
「ま…まあ…失礼ではあるでしょうが…御覧なさい…」
大柄な貴族は口元をハンカチで丁寧に拭き取り店主に何事か断った後、納豆を含めた食品について今度は深刻な顔で色々と質問しながら側近と相談を繰り返す。
店主も気を悪くした様子もなく様々な食品を提案している。
「彼らも荒事に係わる身ですので。自らと部下の安全に関わる食料への関心は強いのです。それに…」
店主と共に食品を提供する若者がせわしなくてんぷらを揚げていく。
こちらは特に抵抗なく貴族達に受け入れられ西方であまり見ない素材にも手が延ばされている。
「受け入れない者を相手にするより興味を持つ者に提供し手放さない。それだけではいけませんが足掛かりと言うものは重要です。ジョー、貴方も城の顔役の一人になるのだから覚えておくと良い。」
「それは…まぁそうか…」
大柄な貴族が笑顔で大きな手を差し出す。店主は満面の笑みで小柄な体をさらに縮め、両手でその手を握る。
「おや?早速商談が成立したようですな。気を付けなさいジョー、貴方に回ってくるミソとショウユが少なくなるかもしれませんよ?」
「それは…困るな…オヤジにも後で挨拶しておかねば。」
店主は人込みの中からジョーの姿を見つけ恭しく腰を折り挨拶した後ウインクしてみせた。
「オヤジめ…いつの間に西方に染まりよって…」
ジョーは苦笑いしながら店主に手を振り返す。
お披露目は大成功と言っても良いだろう。ジョーはベンに一言二言声をかけ自らも再び貴族達への挨拶回りへ赴く。
「うかうかしていると城の周りの食料事情を全部オヤジに握られかねん…」
そう微笑みながら呟くのだった。




