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ハインツのお使いと世間話

「では!ハインリヒ卿!また此処で合流を!」

「うむ!頼む!我輩も順に回っていく!」


 ハインツを置いて走り去っていく大型の荷馬車。ジャスパー配下のそれに手を振り「あとハインツと呼びたまえー!」と叫び見送る。


「さぁて!買い出し開始である!!」


 気合いを新たに背嚢を背負う。いつもの魔圧駆動甲冑ではなく、身軽なチェニックを纏い漁村の粘つく潮風を存分に全身に浴び、また深呼吸して満足げに吸い込む。


 チャップマン領の漁港。点在していた複数の漁村が中心拠点として整備し発展してきたそれはチャップマン領のみならずライム半島の海運を支える玄関口の一つとして成長しつつあった。


 病み上がりであるが手持無沙汰が何より苦痛なハインツである。自慢の魔圧駆動甲冑は修理のため、ジャスパー達に取り上げられ、ファータイルの大工房で分解中。チャップマン家の面々もジャスパーと共に引き揚げた。

 城の整備の為に残って作業してくれているジャスパーの配下達も柔軟なローテーションで城の設備を復旧させ炊事洗濯まで見事にこなしてくれる。

 ならばと負傷を押して狩りにでも赴こうと城を抜け出すとジョーとジャスパーの配下達が目ざとく見つけ、警鐘を鳴らしてまで城の中に連れ戻される。


 戦闘も狩りもダメ。世話をする相手もいない。ワーカーホリックのきらいがあるハインツにとって療養生活は拷問に等しく遂には耐えかね、ジョーや配下達にリハビリテーションを兼ねて。と言う事で買い出し要員としての仕事を渋々許可してもらったのである。


「城とエバ嬢の評判も確認せねばな…」


 新たな開拓拠点として大々的に宣伝された廃城と、時を超えその城主として返り咲いた人ならざる姫君エバ。

「こちらでも情報工作は万全にしておく。社交界もいきなりホールの真ん中に蹴りだす訳ではない。最初はベンの屋敷でこちらの息のかかった貴族相手の、内々のものになると心得てもらいたい。」とのジャスパーの弁であるが、やはり吸血鬼が堂々と城を構え人の隣人として領主となるのは反発や好奇の目に晒されるのは必至である。


「我輩達に課せられたのは城の下準備と吸血鬼領主を下々に受け入れてもらう草の根運動…であるな!」


 元々ヒノワからの流民も多い漁港である。ジョー繋がりでハインツとの顔馴染みも多い。比較的人食い森と近い事もあり、森に入った人間を襲い、追い返す魔人。

 すなわちエバの噂も元から広まっていた。

 その事情を説明しエバの実態を明らかにし、先ずは近しい者から交流を図る。

 元から廃城を占領した時から予定にあった事だ。

 これをしくじると一気に雲行きが怪しくなる。


「うん…!先ずはお買い物をしながらである!」


 その重責を深く噛みしめながらも、取り合えず横に置いておいて。ハインツは陽気な鼻歌を歌いながら久しぶりの買い物に心躍らせ、足取り軽く活気のある港町に踏み込んだ。


「ああ!聞いてるぜ!廃城の魔人が見目麗しい吸血鬼のお姫様だったって話だろ?それよりハインツの旦那、ジョーと一緒に吸血鬼共からお姫様助ける為に大怪我したって?大丈夫なの?」

「お…おお…立ち寄るのは久しぶりだが…そこまで話は知れ渡っていたのか…」


 市場の商人に世間話の様なノリで近状を問われハインツは戸惑う。

 廃城に住み着くまではこの周辺で活動しており、魔人の調査、退治、そして廃城の占拠。その依頼をジャスパーから受け、拠点として選んだのもこの漁港の宿屋であった。

 長年周辺の集落から不気味がられ、森の開拓の妨げとなっていた廃城の魔人を討伐せんとするジョーとハインツは漁港の酒場で盛大な宴会を開かれ送り出される騒ぎにまでなった。

 住人達にその後の顛末が伝わっていてもそれほど不思議では無いのかもしれない。


「つっても掻い摘んでだけどなー。城からジャスパー様とベン様が帰ってらしただろ?ここに立ち寄って港のお偉方と色々打ち合わせていったって話だ。んで。そのお偉方が今度は町中に話を下ろしたと…」


「必要な情報だけだろうけどなー」とハインツから植物の茎をシート状にしたメモを受け取った商人は「俺、辛うじて字は読めるけどあんま難しく書かないでくれんかね。」とボヤキながら陶器から果物を取り出し背嚢に詰め込んでくれる。

 草の根運動と言いつつジャスパー達は基本的な情報は有力者に言い含んでくれていた様だ。社交界デビューの下準備の面もあるのだろう、さしずめハインツ達にはより民衆との密接なやり取りを期待しているのだろう。


「エバ殿が領主として森の向こうを治める事に不安や不満はないのか?」

「不満…と言われてもなぁ…確かに吸血鬼なのは怖いが、結局人襲ってたのも城と自分を守りつつ危険が無いよう追い返してくれてたって話なんだろ?」


「…で、あってるよな?そう言う話だったが…」と確認を取りつつ瑞々しい果物を詰め込んだ背嚢を顔を真っ赤にしてハインツに押し付ける。

 ひょいっと片手で受け取るハインツに渋面を作りつつ。


「まぁ悲しいすれ違いって奴だ。実際に吸血鬼って事で人間にひどい目見せられただろうし、関係を断ちたいってのもわかる話だ。それで今度は領主としてやっていきたいってんだろ?結構な話だと思うぜ。こっちとしてもおっかない魔人様が味方になったってんなら言う事ねぇよ。」


 そう締めくくる商人に礼を述べ、料金を手渡す。

「まいどー」と威勢のいい挨拶を背に、ハインツは少し考え込んだ。

 魔物が身近な集落にとって魔族やそれに近しい者が味方に付くと言うのは返って頼もしいのかもしれない。

 獣人や亜人と言った事によっては魔族扱いされる者達や自分やジョーの様な差別を受けやすい余所者、異人種も、この訳ありだらけの混沌とした漁港では衝突を生みつつ比較的溶け込み安い傾向があった。


「異人種…か…次はもっと港の方に行ってみるか。」


 貴重な栄養源である果物はある程度確保した。城付近の農園が稼働するまでは城の大所帯の栄養不足を補う為、町々に買い出しする必要があるだろう。

 次は海の幸、と言っても乾物中心になるが、食にバリエーションが増えるのは精神衛生非常に好ましい。


「魚はジョーも喜ぶだろうしな。」


 あの近辺はジョーの故郷。ヒノワからの流れ者が比較的多く固まっている。ちらほらと故郷からの付き合いの者もいる様だ。

 次のメモを取り出しつつ港へ足を向けた。

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