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身分と野心と吸血姫の寝室

「う…ううぅ…」

 城の便所の中、オリヴィアが便座に向かいえずいていた。最早もどす物もなく、黄色い胃液が少量唇から垂れるだけ。

 生理的な反射で額から流れる脂汗を拭い、以外にも簡易的な水洗式で臭いの少ない便所で助かった。等とぼやける思考で何処かずれた事を考える。


「オリヴィア…レディに対して大変失礼だが…一応声掛けさせてもらうぞ…」


「ジョー…いえ…ありがとう…怒鳴られて少しびっくりしてしまったようですわ!すぐに戻ります。」


 無理に明るい声で扉越しに応じるオリヴィアに、ジョーは静かに語り掛ける。


()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも思ったか?」


「…」


「それとも生まれが違えば自分がああいう風になっていたかもしれない…か?」


「…ジョー…」


 オリヴィアは頭の中を駆け巡り胸を締め付け苛んでいた思考を言い当てられ、二の句が継げない。


「悪い事は言わん、そうやって全ての人間に共感しようとするのはやめろ。それは慈愛ではなく自分と他人の区別が付かなくなってるだけだ。」


 ジョーが努めて柔らかい声音で噛んで含める様に続ける。


「貴族だからとこの世の人間全てを背負い込むなよ。確かに生まれが逆なら立場も考えも逆になるかもしれん…だがそうなると、そこに居るのはもうお前さんでもあの野盗でもないわな…」


 便所の中で黙り込むオリヴィア。ジョーは無視ではなく、言葉の意味を噛みしめていると受け取る。


「少しまいってるんだよ、お前さん。なぜ野盗ばかり見て自分と重ねる?できたばかりの親友を忘れたか?あいつは馬車の中でお前をどうした?結果どうなった?」


 オリヴィアは自らの手を引き馬車から連れ出した少女の顔を思い出す。強い怒りに燃える瞳で自分を睨みながら力強く導いてくれた友。

 今ならわかる。あの怒りは理不尽に奪われる幸せに対する怒り。

 あの高潔な少女は、いかに貧しく困窮しようとも、富めるオリヴィアの人生を奪う事を良しとしなかった。


「まあ、お前さんの難儀な性格だからこそ救われたものもある。少し考えてみな。なるべく周りの笑顔を思い出しながらな。」


「ちゃんと親父さんに甘えたのか?バタバタしててまだだろ。水飲んだらいってこい。」そう言い残してジョーは扉から足音を立てて離れる。

 廊下にはオリヴィアの啜り泣きが微かに聞こえてきた。



「出過ぎた真似を致しました。チャップマン卿…」

「いえ…親の言う事では素直に受け取れない事もある…」


 廊下の角で水差しが乗ったトレーを用意して会話を聞いていたベンに頭を下げる。

「どうも私も娘と同じ様な事を考えがちでして…」そう目を伏せるベンに、ジョーは「困った親子だ。」と苦笑する。


「本当は…私も説教できる立場じゃあない…失った家、領地、家臣、領民…後悔と自責ばかり心に積み重なっていく…自分が言って欲しい言葉を相手にぶつけているだけです。」


「しかしロード…いやジョー…そんな言葉だから娘に響いたと思います…ありがとう…」


 ジョーは力無く微笑むとベンの背を押しその場を立ち去る。


 薄暗い廊下を歩きながら。


「色々思い出しちまった…俺にも気分転換が必要かな…」


 等と独り言ちた。



「それで私の所に甘えに来たわけ?うっわ、情けなーい。」


「いいでしょ…お前さん大体寝てて話せないんだからさ…血色も良くなってきたな。」


 エバは見るからにしょぼくれたジョーをなじりつつも棺桶の中から両腕を伸ばし差し出す。

 今まで曝していた日焼け跡が眩しい裸体を今はジャスパー達からの物資だろうか、上品なナイトドレスで覆っている。断ち切られ血と臓物を垂らしていた下半身は今は巨大な腫の様な物に覆われ塞がっており、出血が止まったため、服を着る事が出来るようになったのだろう。


「ジャスパー卿の兵隊の血を代わる代わる吸ったからね!内臓は殆ど再生したっぽい!ジャスパー卿がねぇ…例の爵位と領地の復帰上手く行きそうだからさっさと身体を治して頂きたいーっ!ってさ!」


「なら君も正式にこの城と領地を継いで貴族様だな!そして俺がその君を娶って城家の復活…と。」


 重要な手続きの話のどさくさに紛れてとんでもなく図々しい未来図を描くジョーに、エバはげんなりした顔で溜息を吐き。そのまま律儀にその頭をナイトドレスに包まれた豊かな胸に抱き抱く。


「ジョーはお城と領地があれば女なんて誰でもいいんだもんねー」


「ちーがーいーまーすー」


 ジョーの細い黒髪を撫ですきながら、エバがすねた様に口を尖らしてみせる。

「もう誰もいないこんな廃城と森にのまれた領地だけど、私が生まれ育った故郷なの。私の家族達の為にも…恩のある貴方にもおいそれと渡せません…」


 少し真面目な声音で、ジョーの野心をやんわりと拒む。そのままジョーの頬に手を当て顎を持ち上げ、喉笛に噛みつく。

 ジョーは逃げも拒みもせず、首筋から血と命が奪われる感覚に酔いしれる。


「他の…もっとまともな貴族の令嬢に粉掛ければいいじゃない…死ぬほど嫌だけど…名を上げて爵位を落ち目から買い上げてもいい…貴方ならどっちも出来るでしょう?私も協力するよ…なんでもやってあげる。」


 唇から血の糸を引くエバの、無私の献身ともとれる申し出に、ジョーはつまらなそうに鼻をならす。


「それでは駄目だな。城も領地も妻も手に入る。けど君と一緒にいられない…。俺はこの城を乗っ取りたい。この城がいい。君と一緒にいれるこの城と森が…」


「ふーん。じゃあもう少し私に尽くして…私が何もかも差し出すまで。この城で一緒にいて…」


 ケダモノが獲物を捕らえる様に、長い腕でジョーを絡め取り抱き抱くエバ。


「言われずとも…」


 ジョーは貧血と魅了の力を受け入れその胸の中で眼を閉じた。

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