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森の奥地 少女と月夜の廃城

「行きましたわね…」

「行った…」


 木陰から少女二人が慎重に顔を出す。

 視線の先にはガシャガシャと音を立てるスケルトン兵の背中。魔術で傀儡にされた死体で術者の命令に従いバラバラになるまで戦う。…筈であるがどうにも単に真っすぐ歩いているだけのようだ。しょっちゅう気にぶつかって骨格の一部が脱落している。


「ここ最近の戦で主人を失ったのでしょう。例の魔人ではありませんわね。」

「…本当かよ…引き返して襲ってこないよなぁ…」

「スケルトン兵は術が急に途切れると魔力が切れるまで単純な行動を繰り返す暴走を起こすと聞きます。見たところ近づかねば危険なケースではなさそうです。」


 不安そうな相手の手を引き少女は力強く歩き出す。


「貴女が私を浚ったのでしょう?しゃんとなさい!領主の娘として!このわたくし。オリヴィア・チャップマンが請け負いますわ!さぁ付いてらして!カミラ!」


 オリヴィアとカミラ。二人の少女は夕焼けの森を行く。危険な魔物が徘徊し、人食い森と忌み嫌われるこの地を。

 領主令嬢だと言うオリヴィアは美しいロングドレスのスカートをナイフでザクザクと切り刻み、金糸の様な長い髪を揺らし、白く細い脚に草場で切り傷を作りながら、ドスドスと豪快に地を踏みしめていく。

 対してカミラと呼ばれた不潔そうなボロボロのチェニックを身に付け帽子のしたからはみ出る茶髪に不安そうな表情を隠した少女はおっかなびっくり、されるがままに手を引かれる。

 目指すは人食い森の奥地。森の魔物を殺して喰らう魔人が出ると噂される廃城。野盗と魔人が戦闘を続け、周りが魔物だらけな以上、一か八か忍び込むほかない。


 道すがら聞けばこの野盗の一味のカミラという少女。親もなく路上で同じ身の上の子供達と盗みを働き生きてきたという。劣悪な環境に一人、二人と仲間は倒れ。自らもとうとう野垂れ死のうと言う時、人さらいにあったらしい。

 踏んだり蹴ったりではあるが人さらいは野盗の一味で、今回の誘拐を手伝わせる為に子供をさらったのだという。

 成功すれば分け前もくれる。自由にもしてくれる。なんなら仲間にも加えてくれると言われ、是も非もなく仲間に片棒を担いだと言う訳だ・


 何不自由なく生きてきたオリヴィアから何もかも奪ってやるのも良いとも思ったという。


 馬車を襲撃し、野盗の一味の大人達が護衛と鍔迫り合いを演じる中を搔い潜りオリヴィアを連れ去る事に成功し、逃走用兼拠点でもある粗末な馬車で遅れて撤収した野盗共とも合流し、身代金の要求について何とも能天気な皮算用が始まったあたりでオリヴィアの怒声が飛んだと言う訳だ。


「嫌だったんだ…私は親も家もなかったから周りの大人に全てを奪われた…あんたが親も家も金もあるから奪われるってんなら本当にこの世に幸せな人間はいなくなる気がしたんだ…」


 俯き、バツが悪そうに述懐するカミラ。


「あんたは仲間を襲いあんたを浚った私等に罪を償えと言った。口を利くとも自分にも責任があるとまで…人間として扱われたのなんて初めてだ…」


 黙って手を引くオリヴィアの胸に熱いものが燃え上がり溢れる。


「金持ちが私みたいなクズに寄り添おうとしてるのに…私みたいな何も持ってないコソ泥が心まで持ってなかったら…あんまりにも惨めじゃないか…」


 胸から溢れた熱が喉を引っ掻き目頭から溢れようとするのをオリヴィアは必死に耐えた。

 なんと、なんと()()()()()か。このカミラと言う少女は悲惨な状況に追い詰められながら、最後まで心を手放さなかった。

 ならばと、オリヴィアの胸から溢れる熱がさらに燃え上がる。高貴な者が負うべき義務。領主の娘として領民に対し高潔であろうと努める少女にとってこの少女との出会いは運命に思えた。


「結局私は人にも畜生にもなれなかった…中途半端は中途半端なりに…最後にあんたを助けてから死のうと思っただけだ…」


「…お生憎様!貴女はまだまだ死ねませんわ!私と一緒にこの恐ろしい森を!廃城目指して転げ回ってもらいますわ!」


 小さな貴族は生まれて初めて、人の上に立つ者としての責務を一人で全うするべく強く、強く新たな友の震える手を握り返し、人食い森を奥へ、奥へと疾走した。



「つ…ついに来てしまいましたわ…」


 森を抜けると開けた場所に出た。

 今までの魔物蠢く森とは違い、背の高い草むらがすっかり暗くなった空から降り注ぐ月光を弾き、ゆらゆらと規則正しく風にそよいでいる。

 その奥に切り立った崖が聳え立ち、その麓に目指すものはあった。


 人呼んで魔人の城。崖の麓、岩肌に嵌め込まれる様に建築されたその威容。なるほど魔人が巣食うに相応しい不気味さを漂わせていた。


「来てしまった…ってお前!あんな自信満々に手を引いといてぇ!!」

「しっ…仕方ないでしょう!そもそも貴女が馬車から明後日の方向に連れ出した時点で…帰り道も覚束なかったし…あの巨大な崖の麓にあると言う廃城を目指す他なかったのですわ!!それとも!人食い森で夜を明かしますか!?」


 先程までの覚悟は何処へやら。カミラの抗議にオリヴィアは顔を青ざめさせてバツが悪そうに反論すると、先程より幾許か頼りない足取りで城を目指す。


「これは賭けです。あの城に潜み夜が明けるのを待ちます。野盗共が魔物に喰われていれば…運が良ければ人里まで隠れ潜みながら戻れるやも知れません…」


 全てが奇跡的に上手く行く事が前提のムシの良い話だ。

 二人供そう理解してはいてもそもそも最初から子供の知恵と力でどうこう出来る状況では無い事も事実。

 今まで勢いで押し殺していた不安感が冷静に自分達を客観視した事で鎌首をもたげ始める。


 そして、それは遂に彼女達の前に現れた。


「き…貴様…ら…」


 全身を不潔な包帯で覆われた。

 そう、話に聞く異国のミイラの様な怪人。それが全身から膿を滲ませ、濁った眼が二人を睨む。


「………」

「………」


「…は…話を…聞かせてもら…」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!?」

「でたぁぁぁぁぁぁああぁぁあ!?」


 およそ少女二人から発せられたとは思えない絶叫に怪人は反射的に爛れた表情筋を顰め。

 溜息を吐きながらフラフラと二人の横を通り過ぎる。


「し…失礼な餓鬼共だ…兎も角上がっていけ。飯くらいはだそう。」


 怪人の意外にも好意的な態度に口をパクパクさせる少女たちを一瞥し。


「どうせ…話しかけたらこうなると思って…つかず…離れず…ここまで魔物共を片付けていた…いい加減…俺も腹が…減った…」


 そんなこんなで少女二人は人食い森の中で最も危険な場所で、遅い夕食を振舞われる事と相成った。

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