皮肉屋ジャスパー
「これはまた…一層見事に荒れ果てたものだ…えぇ?ジョー?」
ジャスパー・キャンベルは城門前で出迎えるジョーに嫌味な笑みを向ける。
「開口1番でそれかよ…だから嫌だったんだ…」
戦車や荷馬車を複数含んだ大部隊を引き連れて乗り込んで来たジャスパーは、戦線を安定させてから休む間も無く廃城を目指してきたのか、精巧な作りの魔導甲冑と上品なサーコートにこびり付いた血糊と泥を拭うでもなく、部下達に物資を城内に運び込む様に指示を飛ばす。
唯でさえ不健康な印象を受ける皺の寄った眉間とこけた頬、鋭い三白眼が不眠不休の強行軍のせいか更にやつれて見える。中年に差し掛かる齢ながら態度と自信と実績に裏打ちされた全身にみなぎる覇気により若く見られがちなジャスパーだったが今は年相応にくたびれてみえる。
「ふん…先ずはご苦労だった。元々頼まれていた物資に加えて必要そうな物は持ってきたつもりだ。技師や職人も伴ってきた、城の応急修理くらいは出来よう。ああ、ひと段落したら部屋を貸してくれ、仮眠を取らせれもらうぞ。」
「ああ…大変な所を世話をかけたな、埃を払っておいた部屋がある。兵達も大部屋になるが…なにか腹に入れさせるといいだろう。」
荒れ果てた廃城故に、支援してくれるジャスパー達に十分な持て成しは出来ずとも、最低限の用意はすませていた。そのせめてもの心遣いに「ああ、助かる。」と短く礼を述べ。
「悪いがお前達に頼まれた物資の一部を兵に振舞わせてもらう。どうせ備蓄も尽きかけて碌な物も食っていないのだろう。大釜で良い物を作らせてもらう。それと、ああお前のお気に入りの漁村な。商店のオーナーがお前にと、東方の見た目の奇妙なペーストとソースを寄こしたから持ってきたぞ。」
「奇妙とは失礼な。故郷じゃ高級品なんだぞそれ!振舞わねぇのかよ!塩気があって兵の行軍に良いんだぞ!」
「ふん、我々には良くわからんな。志願者のみに提供させてもらう!それと、オーナーは大分心配していた。どうか殿を頼むだそうだ。野に下って尚愛される領主とは、羨ましい限りだな。…言っておくがこれは皮肉でも世辞でもないぞ。」
ジョーはジャスパーから見知った者の話を聞き、「そうか…」と微笑んだ直後に、うって変わってげんなりとした表情を作り。
「皮肉に取られそうなのをわかっているなら普段の嫌味な態度を減らしたらどうなんだ…」と苦言を呈す。
「それは無理だ。窒息してしまうからな。それと、捕虜を取ったと言っていたなそいつ等は直ぐに引き渡せ、速やかに隊を分けて護送させる。…チャップマン卿は?」
矢継ぎ早のジャスパーの要求に「丁度、卿の隊が…」と言いかけながら城門を顎で指すと、ベンとその護衛が野盗達の手に縄をかけ城内の牢から護送して来た所だった。
流石に居てもたってもいられなかったのか、明らかに病み上がりのハインツも多少ふらつきながら、カミラとオリヴィアに付き添われながら同行していた。
ジャスパーの兵達がキビキビとした動作でベン達に敬意を表すると野盗達の拘束を確認し馬車に追い立てていく。
「おい!話が違うぞ!俺達の罪を許してくれるって言っただろ!なんだこの軍隊は嘘を吐いたのか!?」
自分が正式な軍に引き渡される事を知った野盗の頭が身勝手で図々しい主張をオリヴィアにぶつける。
急に怒鳴られ竦むオリヴィアを、ハインツが痛む身体をおして庇い、背に隠す。
「いえ…それは…貴方方が罪を償い出頭すれば…と…」
怯えながらも毅然と反論し窘めるオリヴィアの言葉はすぐさま遮られる。
「だましたな!領主に口きくなんて調子のいい事を言っておいて!最初から俺達を貴族様に突き出してやろうって魂胆だったわけだ!大体なんだ!そこのガキは俺達の一味じゃないか!犯罪者だ!そうだ!そいつが全部悪い!そいつが今回の主犯だ!なんでそっちに居る!不公平だろ!!」
「わた…わたしは…」
頭の出鱈目でまったく筋の通らない主張をぶつけられ、しかし確かに一度野盗に組したカミラは震える唇で必死に何か言葉を紡ごうとする。
その弱弱しく震え、後ずさりする両肩を、ベンが後ろから痛いほどの力を込めてがっしりと掴む。
一歩も退くな。そう言わんばかりにカミラを支え、ベンは毅然と言い返す。
「だが、この娘は見事に我が娘を救出し今の今まで守り切った。そして今日から当家の召使いだ。チャップマン家の一員を侮辱するのはやめてもらおう。」
「罰というのは子供には甘くなるものだ、功罪相半ば…となれば尚の事!それに比べて貴様等を許す理由は今のところ我々にはない。我が領地に付いたら優秀な刑吏にその潔白を主張したまえ。存分にな。」
ベンの力強い言葉にジャスパーがサディスティックに笑いながら続く。
頭はようやく自分が助からないであろう事を理解したのか、真っ赤な顔を青ざめさせ尚も地団駄を踏み、喚き散らす。
「貴族共め!俺達から全てを奪う気か!俺達が野盗やってるのはお前達のせいだろ!お前達が贅沢してるのが悪い!お前達に家があるのが悪い!お前達に食い物があるのが悪い!全部俺達の物だ!俺達に寄こせ!」
半狂乱で貴族の不徳を責める野盗の頭、言いがかりに言いがかりを重ねる無様な姿に溜息を吐きながらジャスパーが指をならし兵に合図し、強引に連行させる。
自分達の罪を棚に上げた言いがかり、しかし、領民に苦しい生活を強いている責任は確かに貴族にある。
貴族である限り、それを負わねばならない。
少なくともオリヴィアにとってはそう思えた。
「貴族…だから…」
その小さな呟きを、ジョーは聞き逃さず横目でオリヴィアの事を見やる。その俯く姿に注意を払いながらも、ハインツの方を振り返り、「堪えたか?ハインツ。」と茶化す。
「…気が滅入るな…」
ハインツが珍しく小さな声で答える。
「あんなのお前の領地にもわんさかいるぜ!全ては救えん。恨まれる準備をしておく事だな次期領主殿。」
肩を竦め、なるべく気安く忠告するジョーにハインツは弱々しく苦笑を返す。
「君もだぞ。ええと…カミラ君?」
引き継ぐ様にジャスパーがカミラに声をかける。
「話は粗方聞いている。チャップマン卿が許すと言ったのだろう?それで話は終わりだ。罪状分働いたら後は出来るだけ毟り取りたまえ。彼の家は召使いの扱いが良いと評判だぞ。私の屋敷と違ってな。」
口の端を吊り上げおどけるジャスパーにカミラはしどろもどろで「あの…あ…ありが…」と礼を返そうとする。その姿に苦笑しながらもジャスパーは続ける。
「もっと嫌味を言われると思ったかね?糾弾され見下されると?そういう風な男に見えるだろうが…私の意見は先程述べた通りだ。それに全ての罪を情状酌量なしで裁いていたら…」
「真っ先に飛ぶのは我々貴族の首だ。」と手刀を首に充てて見せる。
少しだけはにかむカミラを横目で見やりその場で遠巻きに伺っていた大人達は胸を撫でおろす。
「さて…」
ジョーは次にオリヴィアの姿を追う。
フラフラと幽鬼の様な足取りで城に入っていく。
「オリヴィア…!?」
その様子に気づいたカミラをベンが制する。
「我々に預けてもらえるか。」
そう言ってカミラの肩を叩き、先にオリヴィアを追うジョーに目配せしながら続く。
取り残されたカミラにジャスパーは兵を手伝う様に要求する。
「さて、娘の問題は親に任せよう。ジョーも付いている…付いているのがむしろ不安だが…カミラ君。気分転換に少し食堂の兵を手伝ってやってくれたまえ。つまみ食いをジャスパーに許可されたと言ってな。ハインツ!君はそんな身体でうろうろするな!搬入の邪魔だ!大人しく寝ていろ!」
食料を運搬していた兵が、話が聞こえていたのか手招きする。カミラはそれに駆け寄りながら、オリヴィアが消えていった城の入り口を心配そうに一瞥した。




