常にボロボロの一行と領主の来訪
城の外れで倒れ伏した、武装した大の大人三人を城内に引きずり、介抱するのは少女二人の手に余る重労働だった。
体力的なものはもちろん、オリヴィアとカミラは今の今まで命をかけて野盗の装備を爆破し、魔族並みの戦闘能力を秘めた人型のなにか。まさしく怪人達が命の獲り合いを繰り広げる中を転がり隠れ続けたのである。
端的に言うと。
「もういやもういやもういや」
「生きてる?なぁ…私生きてる?」
精神的に限界であった。
「まぁあの状態から引き返してくる可能性もあるし、こっちは壊滅状態だが向こうもそれは同じだ。」
意外と直ぐ目を覚まし、手当を受けたジョーが干し肉を茹で戻しもせずに噛みながら呑気に少女達を励ます。
病み上がりの状態で無理に装甲骨蟲を展開した弊害か、肌は所々青みがかったままで、甲殻や繊維のようなものが半端に残り続けているが全身を覆っていた痛ましい包帯は取れている。
今は東方の、恐らく生まれ故郷だと言うヒノワのものか、民族衣装をだらしなく羽織っている。
「一番厄介な二人を逃しちまったが、高価そうな魔法の道具も大分ぶっ壊したしな。俺ももう一度甲冑を出せるまでそうかからない。次は勝てる。」
「問題は…」と棺桶の中に転がされているエバと意外と重症であったハインツを見やる。
エバは血を流し過ぎたのか白眼を剥いてだらしなく伸びている。やむを得ず少女達二人から血を吸わせたものの、気休め程度以上の吸血はエバ本人としてもやはり憚られる様で、体力の回復がまるで追い付いていない。
現状唯一の戦力であり体力の回復が急務であるジョーは元より、甲冑を破壊されたハインツが意外にも重症だった。
魔圧駆動甲冑を着用するにあたり最も警戒すべき事故である、エーテルの内部流出が発生していたのである。皮膚の魔力火傷と魔力の逆流による体力の消耗が激しく、床に敷いたシーツに転がされたハインツは「面目ない…」と呻いたきり黙ってしまう。この二人から血液の供給を受けるのも難しくエバを復活させるのは後回しにせざるを得ない。
「どのみちハインツの甲冑は本格的に修理しないと戦力として数えられん。これ以上此処に立てこもるのも危ないし、チャップマン卿の安否もいい加減気になる。悪いが二人供、休憩した後俺と人食い森を行軍してもらうぞ。」
憔悴しながらもオリヴィアとカミラは気丈に頷く。
敵は二人に減り、装備の大半を失っている言っても得体の知れない相手である。その上野盗団からもお頭を始めとして少なくない捕虜を取った、彼らがいつまでも大人しくしているとも思えなかった。
何よりもオリヴィアとしては一刻も早く父親の安否を確認したかった。
命からがら走り抜けた森であるが、今度はジョーが一緒である。
顔を青ざめさせながらも覚悟を決めた少女二人を見やり。力ずよく頷くジョー。武士の意地にかけても何としても二人を安全な場所に送り届ける。その気合いを込めて勢いよく立ち上がり尻の埃を払う・
「よし、少し準備を…」
そんな時であった、人食い森から馬の嘶きと、ついで、馬車の車輪が地を刻む音が響く。
警戒しながら窓から外を確認し、馬車の姿を認める。
「お父様…!!」
オリヴィアの顔からここ数日で一番の、大輪の花の様な笑顔があふれた。
ジョーはカミラとオリヴィアを伴い、城門前で馬車を出迎える。
領主一行の護衛だろうか、罠を解除し、馬車を先導して来たのだろう、薄汚れた軽装の鎧をまとった兵士が周りを素早く見回し、ジョー達を値踏みするように見回したあとオリヴィアに目配せする。少し安堵した様に表情を緩めると馬車に戻り扉を開けた。
中からゆっくりと警戒するように降りてきたのは気の良さそうな小柄の中年男性である。
ジョーは興奮気味に笑顔で目配せしてくるオリヴィアに「親父さんで間違いないな?」と確認した後、「いってきな」と肩を叩く。
駆け寄ってくるオリヴィアを領主は泣きそうな笑顔で抱きとめる。
その様子を見守る兵士にジョーが歩み寄り、その後にカミラが気まずげに続く。兵士も警戒を解き目礼を返す。
領主は、抱きかかえていたオリヴィアを隣に立たせ、一度頭をなでると、上品なハットを恭しく脱ぐとジョーに頭を下げる。
「察するに…貴殿が私とオリヴィアの命の恩人とお見受けするが…いかがでしょうか…」
「恐縮です。領主様。わたしくしどもは開拓者のナガヒロ・ジョウ。しがない東方からの流れ者、どうかジョーと御呼び下さい。」
ジョーに名乗られた領主は「ああ…ではやはり。」と笑みを深くし。
「失礼、申し遅れた。領主のベン・チャップマン。貴殿の事はジャスパー卿から兼ねがね…此度も人食い森周辺で何かあらば廃城を頼れと…深く…深く感謝申し上げます…ロード・ジョウ。」
目に涙を浮かべ手を差し出すベンに、ジョーは「これは…お恥ずかしい…」とはにかみながら少し視線を泳がせ、しっかりと手を握り返した。
「どうか気安く扱って頂けると助かります。領地を失った身でありますので。」
「では…唯の命の恩人…ですな。重ねてお礼申し上げる…ジョー殿…」ベンはより一層、大陸の作法としてオーバーなほど深く頭をさげ、感謝と敬意を表す。
そして、カミラの方を見やる。
「君は…襲撃の時に居た娘だね…」
オリヴィアとベンは別れて行動していた事から、ジョーはもし顔が割れていない場合は野盗の一味である事は伏せようとしていが、やはり情報は共有されていた様だ。
見ると兵士も敵意こそ抑えているが常にカミラを警戒している。もしかしたらこの男もオリヴィアの隊に居たのかもしれない。
「その通りでございます。私はカミラと申します…私がお嬢様を馬車から浚いました。」
申し訳ありません。と、続け、深々と頭を下げるカミラ。
「お父様!カミラは!」
すぐさま弁護しようとするオリヴィアをやんわりと、しかし、しっかりと制し、ベンはカミラの前に膝を付き、その顔を覗き込む。
「カミラ。私は領主のベン・チャップマン。君の事も私に聞かせて欲しい。」
厳しくも、穏やかに、あくまでも対話をする事を強調する声音でベンはカミラに語りかけるとその肩に手を置いた。




