魔圧駆動甲冑ヴァイス・シュバルベ
時は少し遡る。オリヴィアとカミラが廃城を出た後、すれ違う様に野盗達が城門をくぐり天守へ突入していく。
魔石窯からの攻撃で設置された罠はほとんど効果を発揮できず、野盗の集団は無傷と言っても良いような状態で打ち付けられ補強された大扉をぶち破り雪崩れ込んでくる。
エントランスを何組かに別れて進み、申し訳程度に設置された机や椅子を組み合わせて作られたバリケードを避け、奥の部屋を捜索しようとして。
『っぬぅんんんんんっ!!!!』
机が飛んできた。
丸ごと一集団を巻き込んで重たい机が破片をばら撒きながら転がっていき、壁に突き刺さるような勢いでぶつかり、砕けた。
『ようこそ!ならず者諸君!見ての通り荒れた城であるが是非!ゆるりとくつろいでもらいたい!!』
吹き飛んだバリケードの後ろから巨大な甲冑の騎士が両腕を広げて歩み出る。
『我輩はタールライヒが遍歴騎士!ハインリヒ・フォン・フォーゲルバウム!ああ!憶えずとも結構!』
ガィンと音を立てて分厚い籠手に覆われた両拳を打ち合わせる。
『どうせぶん殴られれば記憶は飛んでしまうのだから!!』
その言葉を合図に野盗の集団は無言でハインツに殺到する。
「ハインツ!君の左斜め前方のバンダナ被った奴!まだドアの所にいる奴!えーーと回り込んでこっちに登ってこようとしてる奴。今んとこ三人魔法の道具持ってる!」
エントランス二階からエバの鋭い声が飛ぶ。吸血鬼の持つ強力な魔力探知能力で素早く魔圧駆動甲冑の脅威になりそうな敵を探し当てるべく潜んでくれていたのだ。
「回り込んでくる奴は通せ!私が自分でやる!他の二人を早めに潰せ!」
『承知!ではバンダナから』
エバが指定した敵を見やると、兜の面頬が敵の武器から発せられる微かな魔力を捉え視覚に投影してくれれる。ハインツの魔圧駆動甲冑に標準搭載されている各種魔力探知機能であるが、エバの図抜けた探知精度やジョーの装甲骨蟲の複眼や触覚による統合索敵感覚器には及ばない。
今回の野盗は異常だ。強力な魔法の道具を複数所持している可能性が高かった。ハインツが絶対の信頼を寄せる自らの魔圧駆動甲冑ではあるが、決して無敵では無い。
例えば大勢の雑兵で纏わり付き本命の魔法の道具などで関節などの弱点を正確に狙う戦法がある。一定の犠牲を覚悟した苦し紛れの戦法ではあるが、魔力で身体を強化する機能のある魔導甲冑と、さらにその上を行く戦闘能力を誇る魔圧駆動甲冑に、装備の劣る者たちが大人数を活かして勝つ最も確実な方法でもあった。
故に、起点となる魔法の道具を持った兵を探し出し速やかに排除する必要があった。
『では…参る!ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
雄たけびと共にハインツが疾走する、全身に刻まれた刻印が筋肉、骨格、神経の動きを甲冑に伝える。
すぐさま甲冑に充填された各部エーテルの圧力が調整され、まるで外付けの筋肉の様に四肢の動きを後押しする。
エーテルの流れ、圧力を変えることで関節を駆動させる動作補助機構。この装備が魔圧駆動甲冑と呼ばれる所以である。
目標はバンダナの男。それ以外の野盗は無視する。
『死にたくなければ下がるがいい!!!ぬぅあぁああ!!!』
暑苦しい雄たけびを上げ、野盗の集団を避ける事無く、突っ込み、突っ切る。
立ちはだかる野盗は殴り飛ばすでも、いなすでも無く。引き殺していく。ベチン、バチンと肉が潰れる音を立て、ハインツを止めるべく立ち向かった野盗達が胸甲に張り付いていく。顔面を分厚い鉄板に潰され、鼻は砕け、歯は抜け、目玉が眼窩に押し込まれる。
全身に野盗を付着させて、なお重騎士の突進はますます勢いを強め、ついにバンダナの野盗を間合いに捉える。
『んん受けるがいいっ!!タールライヒ流装甲近接格闘術!!』
大きく右腕を振りかぶり、甲冑の補助機能を全力駆動させ最大出力で前方に踏み込む。
『鉄拳!!!』
全力で拳を振り抜く。全重量と突撃の速度を鍛え上げた体術で絶妙なタイミングで拳に乗せて叩きつけたそれは、野盗の胸部の中心を捉え。めり込み。水音の様な打撃音をエントランス中に響き渡らせる。
野盗は拳にひっついた様に寄りかかりそのままだらんと脱力し崩れ落ちる。
べしゃ、と不快な音を立てて地面に落ちたその上半身は胸部を中心に穴の開いた水風船の様に少しずつ血だまりを広げながら、骨や筋肉の支えを失い、べったりと、平らに地面に張り付いていた。
『ふぅん!さあさあ!彼我の実力差は分かった事と思う!!大人しく投降したまえ!君達は善からぬ企みの捨て駒に…おや?』
一瞬で仲間達が凄惨な死を迎えたと言うのに野盗達の眼には何の恐怖も、動揺も、焦りも、怒りも見られない。ただぼうっと虚ろな眼でハインツを見据え、油断なく構えジリジリと間合いを詰めるのみである。
『…これはまさか…』
「ハインツ!まさに捨て駒だよ!」
二階の手すりからバタバタと大量の鮮血が降り注ぐ、次いで魔法の道具持ちの野盗を噛み殺したのだろう、顔を真っ赤に染めたエバが上半身だけで器用に手すりの上り叫ぶ。
「こいつら全員暗示がかかっている!操り人形だ!」
ハインツは兜の奥で歯噛みする。やはり本隊は外だ。オリヴィアを確保し、我々廃城の魔人を調査し撤退する。こいつ等はその捨て駒としてなるべく粘って我々の戦力を発揮させてから死ぬ。
『ジョーもまだ万全では無い…』
まだ野盗は20人程残っている。こいつ等は死を恐れず我々を足止めするだろう。外の本隊には例の暗示使いを含め相当の手練れが待機しているだろう。先程外で爆発音とジョーの生体噴進の音が聞こえた、オリヴィア達が無事成功したと信じたいが…
『信じる他ないか…エバ殿!悪いが貴女にも積極的に働いてもらう!!よろしいか!?』
「当然だろ…どうせ直ぐには暗示は解いてやれない。悪いが皆殺しだ。」
ジョーの危機を察知したせいか、エバの声に殺気がこもる。爪がギリギリと手すりを裂き、次の瞬間長い小指と腕に膜が張り巨大な翼を形成する。
けたたましい風切り音を立てエントランスの天井へ舞い上がる。その両翼は日差しを遮り野盗達に影を落とす。断ち切られた下半身から内臓と血の尾を引き、羽ばたくその姿はまさしく蝙蝠を思わせる。
「哀れな人間諸君。せめて私の栄養になってもらうよ。」
吸血鬼の牙にかかり、ぶちまけられた野盗の血しぶきを頭からかぶりながら、鎧騎士は静かに語り掛ける。
『悪いが友の元に一刻も早く向かわねばならん。悪党とは言え威力偵察の為犠牲になる彼らに思うところはあるが…せめて存分に我輩の力をご覧に入れる事で鎮魂に替えよう。』
ハインツはゆっくりと、肩越しに扉の方向に振り返る。
返り血で真っ赤に染まった面頬、その覗き穴の中は漆黒の陰に隠され表情をうかがい知る事はできない。
『…さて、見分役は貴殿だね…?悪いが此処で見た事は内密にお願いしたい…』
扉の側で状況をうかがい動こうとしなかった野盗。その瞳には微かに、しかしはっきりと恐怖の感情が見て取れた。




