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装甲骨蟲 展開。疾る爪鎌。

 甲殻と筋肉関節神経同調完了。

 総出力の四割五分発揮可能。

 蛹櫃(ようひつ)内破損。壱番櫃・烏丸(からすまる)。弐番櫃・爪鎌(そうれん)のみ展開可能。爪鎌の展開、格納機構破損、展開状態にて固定。

 統合索敵感覚器正常可動。

 可燃体液分泌腺、反応無し。生体噴進器再使用不能。


 頭の中で他人の声とも自問自答ともつかない声が響く。

 ジョーと骨蟲は幼少からの共生関係により骨格や筋肉は元より、脳神経や思考、精神と言ったものの一部までを高度に共有するに至っていた。

 そして半同一人格と言っても過言ではない領域まで意識が同調した半身と共に目の前の敵を睥睨し彼我の戦力を分析し。


『一掃する。』


 顎の奥から反響しくぐもった声が宣言する。


 最初の標的は接近し装甲骨蟲の展開を妨害しようとしていた野盗。

 獲物は大型の山刀(マチェット)。山仕事用だが魔物や猛獣、野盗からの、あるいは領主等の支配層からの自衛用に比較的大型に作られているタイプの物だ。

 戦闘においても十分な殺傷能力を持つそれを油断なく構え、機先を制するべくジョーが身体を強張らせた瞬間に飛びかかってくる。


 右手の山刀を突撃の勢いと体重を乗せて鋭く振りぬく。

 それに対してジョーは一息に踏み込む。一瞬で黒い複眼が野盗に目を覗き込める位置まで接近した。

 異形とも言える人間とは異なる関節構造の脚、蟲を思わせるそれが生み出す異常な瞬発力。

 鼻先まで迫ったジョーの動きを野盗の視力は捉えることが出来なかった。山刀を振り切る前に懐に飛び込まれる。

 山刀を握る右手をジョーの左手で素早く抑えられ、強く掴まれる。いや、握り潰される。

 右手を潰されながらも野盗は目をかっと見開いたままだ。右腕と共に大きく捻った身体に隠された左手にはいつの間にか短刀が握られていた。

 ジョーの脇腹、胸と腹の間の僅かな隙間に滑り込む様に短刀を刺し込む。

 …刺し込もうとして。同じように反動を付けて振りかぶられていたジョーの右腕が。

 一文字の閃光となった。

 前腕部から肘にかけて張り出したカギ爪状の刃。爪鎌が短刀を持った野盗の左手、左腕をズブズブと潜り、食い破り。脇腹に食い込み、ブツブツとハラワタを巻き込みながら背骨に引っ掛かり。

『ふっ!』

 次の一息で野盗の胴体を両断する。


 ぼとっ…と、湿った重苦しい音を立て刃に乗った野盗の上半身が地に落ちる。

 立ったまま血を噴く野盗の下半身を丁寧に押し退け倒し、爪鎌に乗った脂を風切り音を立て振り飛ばし、ゆったりとした足取りで野盗共に歩み寄る。


『壱…弐の…残り()人…どれから殺すのが一番楽しいかな?』


 わざとらしくお頭を除いた野盗を指さし数え、サディステックに嘲笑い挑発する。

 しかし野盗は顔色を変えず、じりじりと後退する。サムが手早く何度か指を振り部下達に指示を出し、ジャンを含んだ野盗三人は答えを返しこそしないものの素早く命令を実行し、立ち位置を変えようと試みる。

 人食い森でジャンと交戦した時より明らかに強力な爪鎌の威力と鎧により強化された身体能力。このまま一人ずつ数を減らされる訳にはいかない。一斉に飛びかかり犠牲を無視して滅多打ちにする他ない。

 上手くいけば誰か一人は生還できるだろう。


「おい!今俺を無視したな!サムてめぇもクズの癖に俺を差し置いて!俺の軍隊を乗っ取る気だな!?」


 平静を保ち、挑発を受け流したサム達と対照的に地面に伏して丸くなっていた野盗のお頭が唐突に激高して立ち上がる。

 有力な部下と、最も見下していたサムが一斉に自らを軽んじる異様な状況と、圧倒的な力でそれらを捻じ伏せようとする魔人。

 そんな状況への恐怖を無視され軽んじられた屈辱感が簡単にかき消してしまったのであった。


 ずんずんと地団駄を踏む様にわざと足音を立てながら武器も持たずに拳を固めサムに近づいてゆく。

 自分は人心を読み、恐怖とカリスマ性で野盗団をまとめ上げてきた。今回も不条理な状況を作り出しているサムを殴れば全て解決する。ジャン達も俺を見直し再び尊敬するだろう。

 実際、お頭は体格が大きく力も強い。そして自分より弱いものを軽んじ暴力を振るう事に躊躇がなかった。

 それは小さな農村を仕切っていた時も、不作が続き野盗に堕ちた時も有利に働いた。自分より大きく力持ちな人間は周りに存在せず、また、自分より短気で無思慮な人間も存在しなかったのである。

 大抵の相手は殴るか恫喝すれば言う事を聞いた。ある意味では人心を掌握し、統率を取っていたと言える。しかし、その歪な成功体験が重なった結果、お頭の自己認識も歪んでいった。

 恐怖による保身を隷属と、諦観による妥協を服従と、侮蔑を含んだ媚売りを忠誠へと次第に取り違えていったのである。

 故に、この危機的な状況も認識できず。無論正しく分析できようはずもない。

 今までの豊富な経験から言って、弱そうな奴を痛めつければきっと解決する。

 様々な難関を、知性と剛腕で乗り越えてきた自負を胸に、お頭は未だにこちらに目線すら向けないサムへと殴りかかろうとして。

 ストン…と、片膝をついた。

「…あれ?」

 急に力が抜けた右足を見やると十字のカッター、東方で手裏剣と呼ばれる投げナイフが突き刺さっていた。一拍遅れて傷口から灼熱の様な痛みが広がり。親方は転んだ子供の様に転がり泣き叫ぶ。


『いい子にしてれば命ばかりは助けてやるって言ってんだ。お前さんだけはな。』


 手裏剣を投擲したジョーが冷たく言い放つ。


「これはこれは…助かったよ…殴られるところだった。」

 サムが視線を外さず、挑発とも皮肉とも付かない軽口を無感情な声に乗せる。


『お前さんコイツを殺そうとしただろ…?』

「なにか不都合が…?」


 今度はわざとらしく肩を竦め、笑顔で首を振る。芝居がかった挑発にジョーはニコリともせず『あるね。』と応じる。


『オリヴィアみたいに罪を償ってやり直せ…なんて甘い事を言うつもりはないが…一人位残しておいた方が報奨金の交渉がスムーズなんだよ。ああ、お前さん方じゃ駄目だ。流石にぶっ殺しておかねぇと危ねぇからな!』


 言うやいなや腰を落として軸足に力を籠める。ペキペキと乾いた破裂音が鳴り臑当を押し広げ強化された筋繊維が風船の様に膨らむ。

 そしてその場からジョーの姿が掻き消えた。

「…っ!?」

 サムは反射的に身を引きながら正面の空間を短剣で薙ぐ。

 鈍い金属音が鳴り響き、続いて引っ掻く様な金切り音に変わる。

 一瞬でサムの眼前まで踏み込んだジョーの爪鎌が短剣とかち合い、鍔迫り合いながらサムの鼻先まで押し戻されたのである。

 人間の動体視力では捉えられない瞬発力と人間離れした、大型の動物や魔物の物に近い膂力。異常な強度と切れ味のカギ爪。鎧の強度も恐らく平均的な魔導甲冑を上回ると見た方がいいだろう。そもそもあの強化された身体能力だ。魔物の様に筋骨に魔力が通っているなら筋肉に刃が通らない可能性すらある。


『!?…魔法の道具(マジックアイテム)


 押し込まれ、サムの鼻先にまで食い込んだ短剣がじりじりと押し返される。ジョーの複眼がサムの体内を異常な濃度で駆け巡る魔力を視覚で捉える。

 発生源は短剣だ。ジョーが全身を装甲骨蟲で強化している様に、サムも短剣により身体能力を底上げしているのだ。

「捕まえた!」

 サムの虚ろな左目を中心に空間が歪む。いや、歪んでいるのはジョーの視界だ。サムの左目、義眼型の魔法の道具(マジックアイテム)から魔力が流れ込んでいたのだ。


 ジョーはたまらずジグザクに後退し頭を振る。暗示は問題ではない、装甲骨蟲と一体化しているジョーは魔力に対する強い耐性があり、すぐさま抵抗(レジスト)を完了していた。

 恐らく本命は残りの三人。一斉に攻撃する為に隙を作るのが目的だったのだ。


 左右後方。一斉に飛びかかってくる。兜の庇から飛び出た小さい触覚が周囲の状況、視界外の動きすら察知していた。

 少々しくじった。想定より高度な装備を揃えているいるようだ、他の三人も何かしらの魔法の道具を持っているだろう。

 だが、まずは起点と思われる魔法の道具は使わせた。こちらもダラダラはしていられないのだ、此処で連携を崩し、この野盗に混ざった厄介な連中を一息に潰させてもらう。


 今度はこちらが手札をみせよう。


烏丸(からすまる)っ!!』

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