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逃げ出した少女と追う魔人

 陽が昇り切り、日時計が正午を指す。

 その瞬間城が揺れた。耳をつんざく不快な金切り音が鳴る度、強い衝撃が奔り天井から埃が落ちる。


「城門の方からだ!」


 広間に障害物(バリケード)を設置していたジョーが叫ぶ。


 断続的な金切り音と衝撃の発生源、元から吹き飛んでいる城門の方向、前庭を越え天守(キープ)に何か強力な投擲物をぶつけられている。


「まさかな!想定はしていたが!やはり魔石窯が!」

「余程気前の良いパトロンが付いているらしい!我輩等にも是非投資してもらいたいものだな!」


 魔石窯とは魔力流を放出し対象物を破壊する攻城兵器である。その名の通り窯に似た形状をしており投入口と放出口の二つの開口部がある。

 投入口から加工したエーテル結晶を器具で魔力の反応を利用して暴走させた後、放り込むと、内部で結晶が崩壊し大量の魔力が逃げ場を求め、放出口に詰められた特殊な薬液を混ぜ込んだ粘土を燃焼させながら勢いよく噴き出す仕組みになっている。


 青白い魔力流が溶岩の噴出を思わせる様で森から無防備な城門を飛び抜け、再び天守(キープ)の壁を叩く。石作りの、それ自体が頑強な天守(キープ)はしかし、魔力流が物体の抵抗により弾ける悲鳴の様な甲高い音と共に急速に削り取られていく。


 魔術師がいなくても使用可能で、戦闘用の魔法の道具(マジックアイテム)として安価な部類。

 尚且つ消耗品であるエーテル結晶と薬液と粘土も手に入りやすく、品質が低いものを使用してもさほど威力も変わらず、比較的遠距離から城等の固定目標へ破壊の濁流ともいうべき魔力流を()()()()()()()

 その効果は絶大であり壁をえぐりながら跳ね返され飛び散った飛沫が前庭でのたうち焼いていき、折角設置した窓際の落石罠が仕掛け板とロープを破壊され次々と誤作動を起こしてしまっている。


 その威力を存分に発揮している魔石窯であるが。安価とは言っても潤沢な資金と人員をそろえられる領主にとっては、の話である。安価と言われるエーテル結晶、薬液も別にそこらの町の市場で買える訳ではない。品物は需要のある場所に流通するものである。

 従軍魔術師や魔法戦士が常勤する領主軍。魔法を常用する民間魔術師、羽振りの良い凄腕の開拓団や傭兵。そう言った者たちが集まる場所に優先して流通するのである

 貧民には高価である以前に脛に傷のあるならず者がそう言った場所で取引するのがまず難しい。


 本体の窯に関しても運用に魔術師がいらないと言うだけで、製造や修理に関しては魔法の知識と技術を持った者の加工が必要である。また、魔力流を放出する際、結晶の投入口から危険な余剰魔力が噴き出る為、ある程度の訓練を積まないとテキパキと運用するのは難しい。

 断じてこの様な盗賊団が保有し、ジョー達の様な小規模な開拓者との抗争で持ち出される様なものではないはずの代物だった。


「しゅ…しゅまない…今…起きた…」


 げっそりとした表情のエバが床に血の跡を引きながらはい出てきた。ただでさえ弱った心身に魔力流の着弾によって生じる魔力の乱反射が堪えているのだろう。


「せめて意識さえ保てていれば、あんなものの接近直ぐに気づくのに…。」

「言っても仕方ないだろ。人数が違う上にこっちは過半数が護衛対象だ。察知できても潰しにいけない。」

「うむ!折角城があるのだから籠城するよりないだろう!是非とも城の中でくつろいでもらおうではないか!」


「永遠にな!」とハインツが、神像の如き威容を誇る魔圧駆動甲冑ヴァイス・シュバルベの分厚い籠手(ガントレット)を掲げて見せる。歯を剥いて笑うその不敵な顔を無機質な面頬(バイザー)がひとりでに、ガシャリと景気の良い金属音を立てながら覆う。


「う、うむ…そのか弱く可憐な護衛対象の内私以外の二人がだね…」とエバがもごもごと、彼女にしては緊張した面持ちで切り出す。


「部屋にいないみたい…」


 その言葉を聞いたジョーとハインツはしばし押し黙る。


「そうか…」と、それほど動揺した様子もなくジョーは答え、聞き返す。


「もう外に出たか?位置と進行方向を追ってくれ。」

「う、うんまだ…いや…今出た…城門から罠を避けて真っすぐに…入れ違いに賊がなだれ込んでくるよ!」


 ジョーはエバの返答を聞きつつ上階への階段を上り始める。


「ハインツ。城内は任せたぞ。エバは無理しなくても構わん、近づいてくる奴だけ嚙み殺せ。俺は胸壁から直接二人を確認してから動く。」


「頼んだぞジョー。図らずも貴様の責が一番重くなった。」


 重々しく念を押すハインツにジョーは一度だけ振り返ると。

「分かっている…大人だからな。子供に大口叩いた分はやってみせるさ。」

 それだけ言い残すと、凄まじい瞬発力で弾かれた様に上階へ消えていった。


 城周辺の森、城門の正面に野盗が陣を組んでいた。

 固定装置の付いた戦車(チャリオット)を中心に簡素な柵を組んで申し訳程度の矢避けにしている。


「小娘が出てきた!城への突入も始まったぞ!」


 遠眼鏡で城門を監視していた野盗が叫ぶ。すかさず戦車に搭載された魔石窯の角度が変えられ突入した部隊を支援する攻撃が再開される。天守の至る所を魔力流で炙り、罠を誤作動させる。安全な突入口を増やすのが目的だ。


「小娘二人にかけた暗示はしっかり効いたな。」

「でかしたぞジャン!しかしウチに暗示を使える奴がいるとはな!」


 満足げに頷く大男、ジャンに野盗の頭は無邪気にはしゃいでみせる。


「へい…例の貴族様からの入れ知恵でさぁ。小娘がそれぞれ奥の馬車に乗ったら適当な所で引き上げます。」


 さして興味のなさそうに素っ気ない態度で、少し離れた森の中で待機する馬車を指し応えるジャンに、お頭は「へ?」と間抜けな声をもらす。

「いや…魔人共をぶち殺すんじゃ…?攻め込んだ奴らはどうする…」


 キョトンとするお頭に、ジャンは不気味な間をおいてから平坦な声で返答する。


「貴族様はオリヴィアの身柄と魔人共の情報をお望みです…ここにいる奴以外はどうしようもないボンクラばかりですし…魔人共の力を見るのに良い噛ませ犬になってくれまさぁ。…それともお頭、奴らに…未練でもおありで…?」


 今までにない威圧的な態度で睨まれ、頭は困惑しつつも。

「うむ!うむ!役に立たん奴は適当に処分するに限るからな!サム!てめぇが役に立たないからだ無用な犠牲がでたんだ!使い捨てにされる奴らに謝れ!」

 などと、ジャンの不可解な態度に従う自分を無理やり肯定しつつ、無意識に体裁を保つために常に鬱憤をぶつけていたサムを蹴り飛ばす。

「へい…お頭…申し訳ねぇ…」

 普段は惨めに転げまわり蹲って皆を楽しませるはずのサムは、いつも通り謝罪の言葉を口にしながら少女二人と廃城を交互に確認し、お頭の方を向きもしない。

 それどころか、細い身体は揺らぎはしても倒れはせず、何発か脇腹を蹴られた後、お頭の脚を丁寧に受け止めると優しく子供をあしらう様に振りほどき、何時もひと際激しく暴力を振るうジャンに臆する事無く近づき何事か耳打ちする。


 自分を取り巻く状況の変化が理解できず、お頭がぽかんと放心している間に、虚ろな目の少女二人が陣地に辿り着く。


 ジャンとサムの前に立ち尽くすと、そのまま沈黙してしまう。

 サムは黙ったまま廃城から目を離さず、一度だけ顎を振って森の馬車を指す。


 少女達は黙って馬車の前に駆け寄ると、御者台から鋭い目つきで乗車するよう促す野盗に従う。

 カミラが扉を開け、オリヴィアが長いスカートを持ち上げ上品な動作で乗り込もうとする。

 その長いスカートの中から。


 ゴトゴトと石が馬車の中にばら撒かれる。


 次の瞬間カミラが駆け出し。

 オリヴィアが横っ飛びに馬車の外に倒れこむ。


 御者の野盗が素早く異常を察知し御者台から飛び降りようとして。青白い光に包まれる。


 そのまま遠くまで投げ出され、全身を地面に叩きつけて絶命した。



 馬車が爆発した。そう認識した瞬間、ジャンは戦斧を構え、サムが短剣を抜き放つ。

「エーテル結晶…!」

 独特の青白い爆炎から魔石窯で利用される魔力爆発であると判断し、カミラが陣に駆け戻ってくるのを素早く確認したサムが弾かれた様に半身の姿勢になり切りかかろうとして…


 廃城の屋上、胸壁の上で轟いた爆音に気を取られる。


 胸壁の上を覆うまるで火事の様な煙。その中から凄まじい轟音と炎を引いて人影が踊り出る。


「跳躍だ!こっちにくるぞ!」

「散れ!」


 ジャンの警告に続き、サムが指示を飛ばして飛びのき姿勢を低く構える。


 次の瞬間、炎の尾を引いて人影が。

 ジョーが凄まじい量の土煙を立て着地する。


 野盗達が怯む事なくジョーに飛びかかろうとして。

戦車(チャリオット)だ!小娘を!」

 サムの切羽詰まった声が飛ぶ。


 再び爆音。ジョーに野盗が気を取られた隙を突き、カミラが暴走状態のエーテル結晶を戦車(チャリオット)に投げ入れたのだ。搭載されていたエーテル結晶と薬液粘土が誘爆し辺り一面を青い炎が炙る。


「うわぁぁぁ!?」


 木影に隠れて耳を塞ぎ絶叫するカミラ。

 発光が止まぬ内に、地を転がり爆風をやり過ごした野盗達が飛び上がるりカミラに飛びかかる。


「おっとぉ!」

 野盗達に鋭い風切り音が迫る。


 地面に突っ伏してたまま震えているお頭以外の野盗に()()()()()()()が一斉に投げられたのだ。野盗達は攻撃を中断し身を守る事に専念する事を強いられる。


「よくやったぜ!カミラ!オリヴィア!上出来だ!」


 爆風で揺らされた大気に負けじとジョーの満足げな賞賛の声が轟く。


「どうした?カミラを殺さないのか?良いんだぜ?動いた瞬間死んでもらうがなぁ!!」


 興奮げに叫ぶジョーと対象的に、サムとジャンを中心にした野盗の表情には焦りが色濃く表れていた。

 意図的に一切の表情をかき消しゆっくりと立ち上がったサムが問う

「貴様…魔族か…?それとも()()()()した類か…」


「生まれ故郷じゃ俺みたいなのは割といるんだがね。生物兵器(サムライ)って言う輩なんだが…」

 ジョーの包帯の隙間から覗く双眸が白眼まで漆黒に染まる。

 細かく区切られ()()となったジョーの瞳が野盗達を捉える。


 必死に恐怖を抑え込む哀れな獲物が無数の眼に映りこんだ。


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