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1.

ほのぼのBL小説です。





俺らの敗因、つーか勝因は、なんつっても距離が近すぎることだと思う! 俺らと云うのは、俺・麻生拓海あそうたくみ黒川日向くろかわひなたのことだ。幼なじみで、親たちも学生時代からの仲良しな上に、家も隣同士と来てる。




いまは、中3の冬。1月はじめなので、ともに高校進学を目指す受験生である俺らにとっては、けっこう重要な時期で、先刻さっきから俺は日向の勉強を見てやっているところだ。

俺らはともに学区トップの進学校への進学が希望なのだが、学年トップの俺と違い、日向の学力はかつがつ合格圏内に引っかかるかどうか、と云うところだからだ。




「ねえ、み~たん」

日向がドリルからかおを上げて、俺を呼んだ。

「ん? どうした、ひな……」

俺は何気なく応じかけて、ハッとして抗議する。

「日向、お前なあ、いいかげんにそのふざげた呼称をやめろよ……力抜けんだよ、それ」

だが、日向は動じない。

「善いぢゃん、拓海なんだから『み~たん』。可愛くて」

莫迦ばか。俺は男だ、可愛くなんて……」

声を荒げたのに、何故だか日向は微笑んだ。眩しくて直視できないほどに鮮やかな微笑み。

そして、真剣に云う。

「俺には可愛いよ?」

どきっとした。

日向のかおをまともに見れない!

「ば、莫迦ばか! それよりもなんだよ、俺を呼んだ理由は」

「ああ」

焦っている俺には介意かまわないで、日向は鷹揚に云う。

そして、ドリルの練習問題のひとつを指さす。

「これが判らないぢゃ」

「どれどれ……なのぢゃ?」

俺らは基本的に仲良しなので、どちらかが珍妙なことば遣いで話しはじめたら、もうひとりは無条件に珍妙なことば遣いに合わせると云うことになっている。

たぶん、幼稚園の頃から踏襲されてきた、ふたりのあいだの暗黙の諒解だ。

練習問題は、俺には『どうしてこれが判らないのか、判らない』と云ったレベルのものだった。

それで俺は率直に云った。

「ほんとうにこれが判らないぢゃか? そなたは昨日も同じようなところにひっかかっておったぢゃ。昨日も説明したようにこれはこの公式を応用するぢゃよ」

「そうであったぢゃか。なるほど~」

うれしそうに日向は歓声を上げた。まったく……無邪気なものぢゃ……!

「さんきゅ、み~たん」

「……だから、日向、呼称……!」

「まあまあ」

日向のにへらとした云い方に、毒気を抜かれて俺は黙り込んだ。






俺のアドバイスを受け、しばらく参考書と睨めっこをしていた日向がおもむろにドリルの練習問題に向き合いはじめた。

真剣なかおをしている。

俺は無聊をかこちながら、日向を眺めた。

日向は全体的に色素が薄い。

陽に透けると時折、金髪にさえ見えるさらさらの髪。長めで、ひとみに掛かりそうに見えて掛らないくらいの絶妙な位置で大胆に切り揃えられている。それが日向の特徴的なひとみを印象的に見せる。この前髪の絶妙な長さが、日向の最も目立ったところで、それはすなわちひとみが印象的だと云うことなのだけれど、この前髪に拘泥こだわっているのが蔦子さんだ。蔦子さんは、日向の母親なのだが、美人な代わり、かなりの変人でもある。息子の日向を偏愛していて、まあ日向はけっこうな美少年だから無理もないのかも知れない、『わたしは日向の総合プロデューサーなの』が口癖だ。

俺は日向をもういち度じっくり眺めた。絶妙な前髪の下に、印象的なひとみがある。いまは、練習問題に向き合っているから伏せられていて、長い睫毛だけが見える。だけど俺は知っている。日向のひとみはやっぱり色素が薄いのか、灰色がかっている。そうして右側のひとみをようく見ると、灰色の中にわずかに緑っぽい色素が混じっていて、仔猫のを思わせる。そのひとみでじっと見つめられると、長い付き合いのいまでもたじろがずには居られない。逆に不思議な色合いを覗き込むと、吸い込まれそうな何処かとおい気持ちになってしまう。それは心許ない気持ちだけれど、俺は意外ときらいぢゃない。

色白の日向は色の白さを際立たせる濃紺のセーターを身に纏っている。おそらくこれも、『総合プロデューサー』・蔦子さんのセレクトだろう。合わせるボトムは、ホワイトジーンズ。中3でホワイトジーンズを着こなせるのは、日向ぐらいのものだろうと俺はこっそり思っている。濃紺のセーターはタートルネックのリブ編みで、くびの長い日向はタートル部分を折らずに着ている。





練習問題が終わったらしい日向が不意にかおを上げた。日向にぼーっと見惚れていた俺は、きゅうにマトモにが合って動揺した。

「終わったにゃ」

今度は語尾に『にゃ』がついているので、俺らの掟に従い、俺もそうしなければならない。

「見せるにゃ」

俺は日向のドリルの採点をはじめた。昨日までより、ずっと善くできている。これなら、志望校もけっこう確実かも知れない。

「どうにゃ?」

日向が寄ってきた。

近い。

頬が触れそうに近い。

動揺したのを悟られないように、かるく咳払いをしてから俺は応えた。

「善い線、いってるにゃ」

「ほんとうにゃ!?」

日向はうれしそうに微笑んだ。

「つぎは、お前の苦手な古文をやるにゃ!」

俺が云うと日向は不満気な声を上げた。

「み~たん、足りないにゃ」

「何がにゃ?」

「褒め言葉もご褒美も休憩もおやつも、何もかも圧倒的に足りないにゃ」

褒め言葉と休憩はともかく、あとのふたつは何だ。

「ご襃美とおやつとな。それは余計であろう」

俺は『にゃ』語尾に飽きて、またことば遣いを変更した。

「善いではないか。それくらい与えられても善かろうて」

日向の返事は、もはや何が何だか判らない。

「悪くはないが……。しかしお主、その恥ずかしい呼称はやめい」

「何故やめねばならぬ。お主に似おうておるぞ」

「何処がであるか! しかも、ご襃美まで求めるとは図々しい奴め!」

もはや俺も訳が判らなくなってきた。

「ご襃美だけではないぞ。おやつも褒め言葉も休憩もである」

日向は真顔で云う。俺は思わず、吹き出した。

「判った判った、お主の勝ちであるぞ。して、何を望むか?」

「まず、褒め言葉」

「善くやったぞよ。これで善いか?」

「まあまあである。つぎに、ポテチと休憩」

「善かろう。与えてやろうぞ」

俺は、階下におやつを取りに行くため、立ち上がった。

「アップルジュースも!」

部屋を出る直前、日向のふざけたリクエストが聞こえた。





冷蔵庫を探したけれど日向ご所望のりんごジュースは見当たらず、俺はトマトジュースの紙パックを手に取った。日向と買い物に行った折に、Francfrancで求めた蒼い硝子のグラスをふたつ出して、ジュースを注いだ。このグラスは4つセットだったのだけれど、うちは3人家族なので必然的に最後のひとつは、日向専用になっている。

トマトジュースのグラスは赤系のアクリル毛糸で俺が手編みしたアクリルコースターの上に置いた。このアクリルコースターは、案外、便利な代物で食器洗いスポンジにもなるから、俺は母上に強請られて、よく作っている。実は俺の趣味は手芸なのである。

ほかには、パソコンを使ったデザインとかホームページ作りとかも趣味だと云えると思う。デザインはPhotoshopやIllustratorで、ホームページ作りは最近は専らTwitter社のフレームワークであるBootstrapで、やっている。

それから、おやつの入っている真っ赤なスチールロッカーの扉を開けてポテチを探す。Pringlesのサワークリームオニオンとピザポテトがあり、悩んだ末、俺は両方をトレイに乗せた。白地に蜜柑色のドットのトレイ。蔦子さんからうちの母上に贈られたもので、黒川家には正反対の色遣い、つまり蜜柑色に白のドット、のものがある。










トレイを持って部屋に戻ると、なんと日向は微睡んでいた。

「まったく。わずかな隙に。警戒心の欠けた奴だ」

ちいさな声で呟いたのに、日向は反応する。

「ん? み~たん? ご襃美は?」

「何、寝ぼけてんの、日向? おやつだぜ」

「ご襃美が先が善いなり」

先刻さっき、自分で、休憩とおやつって云ったなりよ」

「気が変わったなり。ご襃美が先が善いなり」

「そんなの知らないなり。だいたい、いつ、ご襃美をあげるなんて云ったなりか?」

俺の云い分は、しごく尤もだと思うが、日向は駄々っ子のように厭々をする。

つい、可愛いと思ってしまう。

「何が所望なりか?」

「み~たんのキス百万回!」

莫迦ばか

相手にせず、卓子テーブルにトレイを置く。

「み~たんのケチ!」

日向はむくれて、プイとそっぽを向いた。

その拗ねた様子が愛らしかったので、俺は少しだけ甘やかすことにする。

「ぢゃあ、一回だけなりよ」

「やったなり!」

俺は日向の顎を持ち、上を向かせた。

不思議な色合いのひとみを覗き込んだ。

いつものようにとおい気持ちになりかけたところ、もう少し、見つめていたいと思うようなタイミングで、日向はを閉じた。

俺は日向の唇をそっと吸う。

はじめ、ついばむようだったキスは、だんだんに熱さと激しさを増し、俺らは気づけば、むさぼり合うように夢中で求め合っていた。

終わると、ふたりとも肩で息をしていた。

日向の眸は心なしか潤んでいて、頬から目元にかけて、上気していて、やたらと色っぽい。そそるんだよな……、こいつって。

「ね、み~たん……おかわり」

見上げてくる色香に一瞬、乗せられかけたけれど、あわてて気を引き締める。

「だーめ。さっさとおやつ食って、古文古文!」

「えー、み~たんの鬼畜! ひとのヴァージンを奪っておいて」

莫迦ばか! ひと聞きの悪いこと云わないでくれる?」

「だって、俺、み~たんがファーストなんだもん」

俺は少なからず、おどろいて日向に訊く。

「えっ、そ、そうなのか?」

「ダー。あっ、み~たん、はじめてぢゃないの?」

日向が不意に真顔になる。その勢いに俺はたじろいだ。

「いや、それはその……ほうぢゃ! おまん、サワークリームオニオンとピザポテトとどっちを食いたいほ?」

「両方だほ」

短く応えた日向はおもむろに俺に詰め寄ってきた。

「それで、どうなほ? どうなほ? どうなほ?」

お、ひとりエコー、と思っていると、日向の印象的な眸にみるみるうちに涙が盛り上がってきて、俺は盛大に焦った!

咄嗟に日向を引き寄せて、抱き締めていた。

「ごめん、日向。ごめんなほ……泣くなほ……」

抱き締められた拍子にからだに力が入ったのだろう、日向は苦しそうにしゃくり上げはじめた。

「ん……ふっ……えっく、」

苦しそうな嗚咽を聞くのはつらくて、俺は日向をいっそう抱き締めた。

日向は落ちつこうと思うのか、ほおおーっと長く吐息を洩らした。





どのくらい、そうしていただろう……? 漸く日向の息遣いが正常に戻ってきた。

日向が泣きやんでも、俺は日向の華奢なからだを抱き締めていた。

やがて、腕の中の日向が身じろぎをした。力を弛めると、日向はするりと俺の腕から抜け出した。

それから、改めて俺に向きなおる。

「ありがとうだほ」

バツの悪そうな表情かおをしている。

「気にすることないほ!」

声を励まして、俺が云うと日向はうすく笑う。

淋しげな微苦笑。

「気になるほ……ファーストキスは重大事なんだほ」

えーそっち? 内心でつっこみながら、けれど、罪悪感に駆られた。

「日向、俺……」

云いかけた俺の唇をそっと日向が指で塞ぐ。

「云わないで善いほ、ごめんなさいだほ、み~たん。……ほんとうは判っているんだほ……俺が欲張りなだけなんだほ……だいじょうぶになってみせるから。だから、お願い」

真剣な眸。無心に何かを見つめる仔猫を思わせる。

吸いこまれそうになりながら、訊く。

「なんだほ……?」

「キスのおかわり!」

云うやいなや、俺のからだに身を投げるみたいにして、日向が唇を合わせてきた。

「んっ……」

日向が舌を入れてくる。日向の舌は吃驚するくらいに熱くてちょっぴり涙の味がした。

その熱い舌が俺の口中を縦横無尽に激しく舐るので、油断すれば快感の波に呑まれて、我を忘れてしまいそうになっていた。

やばい……うまい!

日向ったら、いつのまにこんなテクニックを……?

……なんだかキスだけでイかされそうになってんですけど、俺……!






「ご馳走様」

日向の声が何処か、とおいところで聞こえたから俺は日向を呆けたように見つめた。

そんな俺に向かって、日向はやさしく繰り返す。

「ご馳走様、み~たん」

意味が入ってくると、先刻さっきまでの自分の低たらくが思い起こされて頬がカアッと熱くなるのを俺は感じた。

……イキそうになっていたことを気づかれたかな……?

気まずさを誤魔化そうとして、俺は日向に悪態をつく。

「何処が『お願い』だよ? ひとの唇、勝手に盗んでんぢゃねーよ!」

日向は悪びれることもなく、笑う。

「ハハッ、ごめんなさいだポ……」

そして、誠意の欠片も感じられない謝り方で謝られた!

それにしても、今度は『ポ』語尾かよ!

「誠意の欠片も感じられないポ」

「ほんとうにごめんなさいだポ……いまのキスも、先刻さっき理不尽に責めてしまったことも、ごめんなさいだポ! 俺にはみ~たんの過去まで、口出しする資格も権利もないんだポ。」

そこまでを一気呵成に云って、日向は微笑んだ。

そして、つづける。

「いまはまだ、み~たんが俺を拒まずに受け容れてくれただけでじゅうぶんなんだから……だけど、約束して? いつか、み~たんが俺を好きになったときに聞かせて、ファーストキスのこと」

日向は真剣そのものだった。ことばもマトモである。

気おされて、俺は我知らず、首肯うなずいていた。





それから、俺らはおやつを食べることにした。

ポテチを口に運びながら、俺はこっそり考えていた。

先刻さっき、咄嗟に首肯うなずいてしまったのは、まずかったのではないのだろうか?

あそこで首肯うなずいてしまったと云うこと、イコール『俺が日向を好きぢゃないと云ったこと』になりはしないだろうか?

いや、『ぢゃあ好きなのか?』と問われれば、それはそれで応えに窮する、『very very delicate issue』なわけで、判らないわけだけど……。









ほのぼのBL小説です。

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