4.部屋は自分の居場所だから……
4.部屋は自分の居場所だから……
「おお、すみません。シャノン様。どうやら手違いで部屋の掃除が出来ていなかったようです。ここより少し手狭ですが、別の部屋が空いております。ご案内しましょう」
ルーダさんがそう言って、部屋から出るように促そうとする。
でも、私は別にそんなに酷い部屋だとは思わなかった。
確かに、埃も積もってるし、ところどころ汚れてもいる。
でも、だったら、
「掃除すればいいだけでは?」
私は何の躊躇もなく、そう言った。
「「は?」」
なぜか、ルーダさんとアンの声がはもったのだった。
唖然とするアンに、私は私は更に伝える。
「それに見てみて、アン。この椅子やベッドなんて、本当に素晴らしい調度品だわ。確かに汚れているけれども、しっかりと掃除すればちゃんと使えるわよ」
私はなんのてらいもなく言う。でも、
「た、確かにそうかもしれません。で、でも、こんな汚れた部屋あんまりじゃないですか。何よりお嬢様はお身体がそれほど強くありません。だから奇麗な部屋を用意してもらった方が!」
アンが私を案じてくれる。
そう私は体がそれほど丈夫ではない。その意味ではアンの言う通りにすべきかもしれない。
でも私は首を横に振り、
「いいのよ」
と微笑んだ。
「え?」
「この公爵家に嫁いで来て用意してくれた部屋なのだし。私、何かをしてもらったことは初めてなの。だから、別になんとも思わないわ。むしろ、ね」
私はもう一度微笑んで、
「とても嬉しいのよ」
「お嬢様。なんて健気な……」
「全然そんなじゃないのよ。勘違いしないで」
本当に、単純に、嬉しかっただけなのだから。どんなものであろうと、公爵家が私に居場所を用意してくれたことには変わりないのだ。
それは、伯爵家で居場所がなかった私には、とても嬉しいことなのよ。
「それに、ルーダさんもおっしゃってたでしょう? 単なる手違いなのだから何の問題もありません。ね、だから早く掃除をしましょう? 公爵様とのお顔合わせに間に合わなくなってしまうわよ? その方が大変だわ」
私はルーダさんを見ると、
「公爵様とのお顔合わせはいつ頃になりますか?」
「あと4時間ほど後になる予定です」
「ふふ、それなら大丈夫そうね」
私が再び微笑む。
すると、なぜかアンが思案顔になった。
「どうしたのかしら?」
私は疑問に思って首を傾げた。すると、
「よ、4時間でこの部屋を一人で奇麗にするのは無理かもしれません。他に人手もありませんし……」
「まあ、アンったら、うふふ?」
「へっ?」
突然笑い出した私に、アンは怪訝な顔をする。
本当に表情がコロコロ変わって可愛い子ね。
「私が掃除するのよ《・・・・・・・・》。私が頂いた部屋なんだもの。でも、そうね、申し訳ないけど、私だけでは間に合わないかもしれないのも確かね。だから、手伝ってくれるかしら、アン?」
そうお願いした。
すると、
「お嬢様が掃除を!? いえ、何をおっしゃってるんですか!? それはメイドの仕事ですし、そもそもお嬢様はさっきも言った通りお身体がっ……!」
「お願い、アン。頂いた部屋を。自分の居場所をちゃんと自分で奇麗にしたいの」
「お、お嬢様……。そこまで言われたら、アンはシャノンお嬢様のそのお心に従います」
「ありがとう、アン。体調には気を付けるわ」
「本当にそうなさってください、ぐす」
「……なんで泣いてるの?」
「あまりにお嬢様が健気だから……ぐす」
「大げさねえ、うふふ」
涙ぐんでいるアンの微笑みを浮かべてから、私はルーダさんに言った。
「すみませんが、雑巾と桶、それから箒などもお貸しいただきたいのですが可能でしょうか?」
その質問にルーダさんはなぜかまじめな表情で頷いて、
「ええ、ええ。もちろんですとも、奥様。この城のものは奥様のものでもあるのですから。すぐに手配をしましょう。その、奥様はお身体がそれほど強くないのでしたら、手伝いのメイドを寄越すことも出来ますが……?」
「いえいえ。まだ公爵様との顔合わせも済んでいない私がそんな厚かましいことをするつもりはありません。ですが道具はどうしても必要ですので、お借りさせていただけますとありがたいです」
「承知しました。奥様。……ご立派な方ですな」
? 最後何か言われた気がしたが、声が小さくて聞きそびれてしまった。
ルーダさんはその後すぐにリクエスト通りの掃除道具をしっかりと届けてくれる。
「さてやりましょう、アン」
「本当に、お嬢様も掃除をされるんですか?」
「心配かけてごめんなさい」
「いえ、お嬢様のお心はよく分かりました。そういうことでしたらこのアン、命をかけてお手伝いいたします」
「うふふ、ありがとう」
大げさなアンの態度を面白く思いながらも、私は冷たい水に手を付けて、雑巾をしぼって水を切ったのだった。
とりあえず調度品から磨いて、その後に掃き掃除。最後にもう一度拭き掃除かな、などと頭の中で段取りを決めながら。
「いやー、なんとか間に合うとは思いましたね」
「ふふふ。やれば出来るものよ」
「ですが、ああいうのはメイドの私の仕事です。今後は私がやりますので、よ・ろ・し・く・お・ね・が・い・し・ま・す・ね! お嬢様!」
「分かっているわ。今回だけのわがままだわ。心配かけてごめんなさい。こほ」
「ほら、お咳が。お身体が丈夫ではないのに、無理なさるから」
「だって、嬉しかったのですもの。ちゃんと自分でしたかったの。けほ」
「お嬢様、はい。分かっています。私のお嬢様」
そう言って、お風呂に入った私の髪を梳いてくれた。
その手付きは丁寧で労りに満ちている。
こんな不出来な私のどこがいいのか知らないが、アンはとても親切だ。
「お嬢様に幸運が訪れますように」
本当に私なんかにはもったいない子ね。
(私が捨てられる時でも、この子だけはちゃんと将来ここにとどまるか、違う仕事を紹介してもらえるようにしよう)
そう思うのだった。
さて、そろそろ準備を始める時間だ。
髪も梳いてもらったし、本格的に身だしなみを整える。
ドレスは部屋のクローゼットに豪華なものが沢山入っていたが、自分で持ってきたドレスを着用する。
青色の地味なもので、柄もシンプルなものだ。妹がピンク色の可愛らしいドレスを常に身にまとっていたことに比べると、正反対だ。
でも、妹にも「お姉様にはそれくらい地味なドレスがお似合いですよ」と実際に言われている。
だから、公爵家のクローゼットに用意されているような派手なドレスを身にまとう気にはなれない。
きっと私には似合わないだろう。
アンは「絶対似合いますから! このヴァイオレット色のドレスも! あっ、このフリルがふんだんにあしらわれたピンクもきっと似合いますよ!」と力説されたが、お世辞なのは自分でよくわかっている。
と、そうこう準備をしているうちに、約束の時間になった。
最後まで残念な表情をしていたアンも、既に専属メイド用に用意された部屋へ帰している。
ええっと、顔合わせの会場までの案内には、他の使用人の方か誰かが迎えに来てくれるのかしら?
そう思っていると、案の定、ドアをノックする音がした。
コンコン、と。
「あ、はい、どうぞお入りになってください」
そう言って、呼びに来てくれた使用人を招き入れた。……つもりだった。
「お前が欲に目がくらんでのこのこやって来たシャノン=スフィア伯爵令嬢か」
「え?」
私は目を疑った。
顔合わせは、どこか別の部屋にやると思っていたのだ。
なのに、いきなり。
「何だ、今度の女はまともにしゃべることもできないのか? まぁいい。どうせ他の女どもと同様、すぐに出て行くことになるだろうからな」
彼は一方的にそう言うと、
「俺の名前はロベルタ=グランハイム。ま、どうせ短い付き合いになるだろうがな」
それは、この国で王家の次に最大の領土を持つ大公爵。
その若き当主、ロベルタ=グランハイム様が、一人で私の部屋へと押しかけて来たのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「シャノンとロベルタはこの後一体どうなるのっ……!?」
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