20.旦那様から病弱な私へのプレゼント
20.旦那様から病弱な私へのプレゼント
昨日、夕食から旦那様に連れられてベッドに入った後、また体調を崩してしまった。
体調が回復したと思えば、もう時刻は夕方だ。
私は昨日のことを思い出していた。
「昨日は旦那様に余計な心配をかけてしまった……。もう十分、色々なものを頂いたはずなのに……。これ以上、頂くのは余りにも分不相応なのに……」
妹のリンディの言う通り、私ごときが公爵家の女主人になるなんて、おこがましい。
権力にも、財力にも惹かれるものはない。
ただ、惹かれるとすれば、この公爵領の領民たちが、みんな幸せそうな顔をしていることだけだ。それが守られることが一番大事だろう。だからこそ、自分のような華の無い女が婚約者として振る舞うのは間違っている。
妹の言う通り、彼女が嫁ぐべきだろう。ただ、彼女はこの領地のお金に大きな関心があり、領民たちのあの笑顔を守る事に興味がないようだった。それだけは十分に注意するようにロベルタ様にお伝えするつもりだったのだ。そのうえで、出て行こうと……。
「なのに、泣いてしまうなんて。しかも、旦那様にお優しくされて、抱かれたままベッドまで運んで頂くなんて……」
情けないと思う反面、はしたないと赤面してしまう。本当に自分はどうしようもない女だと恥じ入る。
と、その時である。
トントンと扉がノックされる。アンかしら?
「どうぞ」
「ああ、邪魔をするぞ。体調はもういいのか、シャノン?」
「だ、旦那様……」
アンだと思い気軽に返事をしたら、まさかの旦那様がお訪ねになって来られたのでした。
昨日、目の前で粗相をしてしまい、その上、直接お姫様抱っこまでして運んで頂いたことが一気に脳裏を去来して、また赤面してしまいます。はしたないと思いつつも、止まらない自分にまた恥じ入りました。
ですが、そんな愚かな私を旦那様は呆れもせず、むしろ心配そうにその美しい柳眉を寄せられて、
「すまない。まだ体調が戻っていなかったようだな。顔が赤い。出直そう」
「いえ……違うのです」
「だが、顔がずいぶん赤いようだが……」
「ほ、本当に大丈夫ですので……」
旦那様に再びご足労頂くなんて、昨日も目の前で粗相をしてしまっているのに、申し訳なさすぎますので、必死に呼び止めました。
そして、まずはお詫びの言葉を口にします。また、昨日言えなかった言葉を伝えます。
「昨日はご公務のお忙しい中、せっかくご夕食にご足労頂いたのに、突然泣き出してしまい申し訳ありませんでした。また……その……直接部屋までお運び頂き、本当にご迷惑ばかりをおかけしたことお詫び申し上げます」
そう頭を下げます。お姫様抱っこのくだりは、どうしても赤面してしまうのですが。
ですが、私は今度こそ覚悟して、昨日伝えられなかったことを言葉にします。
「昨日お伝えしたかったのは……。私のような者は旦那様にも、この公爵領にも相応しくないということです。もっと優雅な貴族令嬢で、英才教育を受けたような方が、きっと相応しいと思います。それがこの領民の笑顔を守り続けていくことにつながるからです」
私の言葉を、旦那様は黙って聞いて下さっている。
反面、私の心は悲しみが広がっていくが、ちゃんと今回は言えそうだ。領民たちの幸せを考えれば、自分のことなど二の次なのだ。それこそ貴族令嬢として当然の心のありようなのだから。
「何より、ここに来て1か月、本当に幸せでした。私のような女にこれほど色々なものを頂けて、本当に幸せでした。居場所を与えて頂き、食事もご一緒して頂きました。アンのことも慮ってくださり、昨日などは私のような女を街へ連れ出して下さった。全て初めての経験でした。私には本当に過分な幸せな経験でした」
だから、
「もう十分頂きました。私には本当にたくさんの、過分な優しさを。だから、ここを出て行こうと思います。あ、ご心配くださらないで下さい。実は妹のリンディが……私よりもよほど華やかで可愛い子ですが……彼女が嫁ぎたいと言っております。私などよりもよほど良い相手だと思いますので……」
そこまで私が言った時であった。
「俺はそうは思わないがな」
「……え?」
突然の旦那様の言葉に、私は言葉が出ません。しかし、旦那様は続けて口を開かれます。
「本来の君はもっと色々なものをもらう権利のある、価値のある女性だと思うがな。領民を思い、他者を優先して思いやり、身分の差なく優しく出来るその気質は、貴族令嬢として……。いや、人として最も大事なものではないのか?」
私はそれが誰のことをおっしゃっているのか見当がつかなくて茫然とするだけです。
「お前のことを言っているのだぞ、シャノン。……シャノン=スフィア」
そう言われて、まさかと思って、すぐに否定します。
「そ、そんな。私はそのような立派なことを考えているわけではありません。ただ、周りの人たちが笑顔であればそれだけで幸せだと……」
あろうことか、とっさに旦那様の言葉を否定してしまいます。
しかし、
「やれやれ。まぁ、無自覚なお前ならそう言うかと思っていた」
そう呆れ顔で……。しかし、柔らかく目じりを下げておっしゃられるのでした。いつものアクアマリンよりもなお透明なアイスブルーの冷たい印象の瞳が、逆に温かく私を包み込むようでした。
「なら、俺もお前のその優しさにつけこませてもらうことにしよう。そうすれば断れないだろうからな」
「私が優しい……、ということはないと思います……。地味でつまらないだけの女で……」
「いいから、受け取れ」
「え? これは……」
私は旦那様の来訪に慌て過ぎていて、彼の持っていた物に気づいていなかったのでした。
「お前への贈り物だ。気に入るかは……知らんが……」
なぜか旦那様も鼻先を恥ずかしそうにかいています。
そのプレゼントというのは……、
「もしかして、日傘、ですか?」
そう、それは陽光を遮るための日傘でした。奇麗な花柄の刺繍の入った、軽くて可愛らしい仕上げのものです。でも、どうしてこれを私に?
そう私が目で旦那様に問いかけると、
「お前を見ていると心配になる。早くそのか弱い身体と、そして……、その人を慮るがゆえに傷ついた心を早く癒して欲しい。そのためには庭園の散歩がいいだろう。だが、病弱なお前がそのまま庭を歩いているのは良くないし……。俺も心配になる。そのための日傘だ」
私は驚くほかありません。
「私のことをそれほど考えて頂いたのですか? 心配をして頂いたのですか? そ、そのような過分なことをしてもらうわけには……」
これ以上、何かをしてもらうのは心苦しい。
しかし、
「おい、俺がわざわざお前のことを思って、街を駆け回って、職人に大至急仕立てさせたというのに、受け取らないつもりか? 俺の心が傷ついてしまってもいいのか?」
冗談と分かるようにおっしゃいます。
「それは……。でも、本当にわざわざ、そんなことまで、私なんかのために……、どうして」
「恥ずかしいから、何度も言わせるな。か弱いお前を守らねばならないだろう……。夫として……。妻となるお前のその心も、体も、な」
「だ、旦那様……」
妻?
え?
私が?
夢か何かではないだろうか?
一人、混乱しているうちにも、彼の言葉は続きます。
「……とはいえ、一人で庭園を散歩するのはまだ心配だ。アンでもいいが、出来れば俺を呼べ。一緒に散歩でもしよう。それに庭園であれば、今度、変な奴が来ても追いはらえるだろうからな」
変な奴とは何のことでしょう?
いえ、それよりも、一緒にご散歩などさせてしまっては、ご公務に差しさわりが出るかもしれません。
なので、
「そ、そんな。これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
と否定しようとしますが、
「迷惑などではない。俺は……ありのままの、今のままの、お前にここにいて欲しいと思っている。見せかけの高貴さや建前だけが美しい貴族令嬢などくだらん。そんなものより、ありのままのお前が良い。だから、この贈り物を受け取って欲しい。これは俺が……。優しいお前がありのままでいられるように守るという証だ」
「だ、旦那様……。そ、そんな過分な……。でも嬉しいです。嬉しい」
気づけば、私の琥珀の瞳からは、昨日と同じ雫がポタリと落ちていたのでした。
しかし、昨日と同じただの液体のはずなのに、その雫はまったく違うものなのでした。
同じ透明の雫だというのに、今日のはとても温かくて、今まで心を凍り付かせていた何かを溶かす、春の息吹のように感じたのです。
「困ったら俺を頼って欲しい。俺がお前を守ろう」
彼の美しいアイスブルーの瞳が私をまっすぐに見つめていました。
まるで騎士と姫のように錯覚しそうになります。
「はい」
思えば、初めて私は旦那様の言葉に対して、素直に頷くことが出来たのだった。
私の旦那様はとても優しい方なのだ。
最初から知っていた通り。
でも、私は初めて知ったのだ。
最初に思っていたよりも、ずっと素敵で心の優しい方なのだと。
こうして私は、旦那様のご公務のない折に、彼と一緒に庭園を散歩することがとても好きな趣味になったのでした。
「面白かった!」
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