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僕の知らない夢冒険

作者: 相浦アキラ

 高校の時同じクラスだった羽田さんの事を、僕は今でも思い出す。


 羽田さんは誰にでも分け隔て無く接するタイプで、どこのグループにも属さず、気ままに誰とでもつるむような人だった。

 そのためグループ間の橋渡しの役割を請け負う事もあり、目立つ事も無いけど誰からも一目置かれていた。


 秋が深まるまで夏服を着こなし胸を張るその姿は自信に満ちていて、孤独で自由な生き様を誇っているようだった。

 かと思えば、物憂げな表情で椅子に一人座り寂しげに背を丸めている時もあり、僕はそんな羽田さんの複雑な葛藤を想って心揺らしたりしていた。

 僕は気付けば羽田さんの事ばかり考えていた。

 寝る前には羽田さんの夢を見たいと願って、その度に全く夢を見られない自分の体質を恨んだ。


 要するに、僕は羽田さんの事が好きだった。


 僕は羽田さんと同じく特定のグループに所属していなかったので、その関係で三日に一回くらいちょっとした話をして軽く盛り上がるくらいの事はあった。だけどそれ以上の事は無い。

 友達という程じゃないけれど、友達以下クラスメイト以上。

 僕と羽田さんの関係はそんな程度の物だった。

 だから、僕の羽田さんへの気持ちが片思いで終わる事は分かっていた。

 そもそも自信の無い僕と、自信のある羽田さんはつり合いが取れない。

 表面的なら関係ならともかく深い関係になる事は出来ないだろう。


 しかしいつだったか、何の前触れも無く羽田さんの僕に対する態度が変わった。


 目が合った時の反応が明らかにそれまでと違ってきた。

 羽田さんは目が合う度、意味深に微笑んでくるようになったのだ。

 時には怒った様にツンと目を逸らされる事もあったし、恥ずかしそうに目を背けられた事も、優しくじっと見つめられていた事もあった。

 更に不思議なことにそういった羽田さんが僕に向ける悲喜こもごもの表情は、どれもが仲の良い家族に向けるような柔らかな信頼に満ちているようだった。


 嬉しい反面どこが不気味だった。

 何か前触れがあったなら、手放しで喜べただろう。


 しかしいくら考えて見ても思い当たる節が全くない。


 最後に交わしたまともな会話は「コンビニでホットミルクを買ったらフワフワで美味しかった」とか、そんな他愛もない物に過ぎない。

 羽田さんの僕に対する態度の変化は、一体何に起因しているのだろう。

 いくら考えても答えは出ず、僕は悶々とした日々を送ったいた。


 そして気付けば羽田さんが冬服のブレザーを着るような肌寒い季節になっていた。


「ねぇ、これから暇?」


 放課後のチャイムが鳴ってすぐに駆け寄って来たのは、羽田さんだった。

 羽田さんはいつもの意味深な微笑みで、僕をじっと見つめていた。


「暇といえば暇だけど……」


「二人で帰らない?」


 羽田さんは当たり前のように、平然とそう言ってのけた。

 僕はたじろぎそうになったが、何とか見つめ返す。

 羽田さんの豹変の原因を突き止めるいい機会かも知れない。


「ああ、一緒に帰ろう」


 適当に相槌を打って、カバンを取って歩き出した。 

 羽田さんが寄り添うように後ろをついて来る。

 好きな女の子に誘われたという実感が遅れてきて、胸が早鐘を打ちだした。


「今日の堺君、なんかぎこちないね」


「ぎこちない?」


「夢の世界だともっとハキハキしてるのに」


 夢の世界とは、何かの比喩だろうか。

 羽田さんはあまり変わった事を言う人では無かった筈だが。


「なんか夢の中の事が嘘みたい。昨日なんか、あんな大きなゲッゼルフを一刀両断しちゃって。すごかったよ」


「……何の話?」


 訝しんで振り返った僕に、


「何って、夢の世界の話だよ」


 羽田さんは平然と言ってのけた。


「夢の世界って、何?」


 僕も羽田さんも、お互いに首を傾げて口を開け広げていた。

 先に言葉を発したのは羽田さんだった。


「もしかして、憶えてない? ……夢の世界で一緒に冒険した事」


「全く憶えてない」


「えっ!? ……でもちょっとくらいは憶えてるよね? 最近見た夢とか、憶えてない?」


「憶えてないよ。僕は夢を見た事が無いんだ。いや、夢を見てはいるのかもしれないけど、憶えていた事は一度もない。そういう体質なんだ」


 やがて羽田さんは、腑に落ちたように何度も頷いていた。

 そしてゆっくりと、諦めたように息を吐いた。


「信じて貰えないかもしれないけど、私と堺君は夢の世界で毎日冒険してきたの。それもただの夢じゃないよ。みんな生きていて、ちゃんと世界があるの。私達、夢の世界では特別な力が使えるみたいで、悪いモンスターをやっつけたりして、結構皆に頼りにされてるんだよ。特に堺君は王国で一番強くて、どんなモンスターも一撃でやっつけちゃうんだから。私も堺君には何度も助けられて来たよ」


 羽田さんは、まるで恋でもしているような恍惚とした表情になっていた。

 僕は彼女と目を合わせないように、前を向いてまた歩き出した。


「夢の世界ねえ……」


「信じてくれる?」


「うん。信じるよ」


 不思議なことに僕は、羽田さんの奇想天外な話をすんなり信じることが出来た。

 今思うと、脳の深層に夢の中の記憶が残っていたのかもしれない。


「ありがとう。信じてくれて。でも堺君、本当に何も憶えていないの?」


 僕は重く頷いた。


「憶えてない」

 

「じゃあ……あの流星祭の夜の事も?」


「……ごめん」


「そっか」


 どうやら夢の中の僕は、羽田さんと並々ならぬ関係にまで発展しているらしい。

 その事を意識すると顔が火照るような感覚があった。

 しかし、それとは別に僕の胸底には焦燥のようなもやが燻ぶり続けていた。


 妙な話だが、どうやら僕は夢の中の僕に嫉妬してしまっているようだった。


「羽田さん。夢の中の僕はどんな感じ?」


「今の堺君とあんまり変わらないよ。……ただ、夢の中の堺君はすごく強いってだけで」


 羽田さんはぎこちなく微笑み、気を使ってくれているようだった。


 ……そうだ。きっと羽田さんは嘘をついている。

 誰からも頼られ、羽田さんとも仲良くなった夢の中の僕は、今の僕とは別人のようになっている筈だ。そうに決まっている。


 そもそも夢の中の僕が羽田さんに、夢を憶えられない僕の体質の事を伝えてくれていれば、僕は一か月近く羽田さんの変遷に頭を悩ませる事は無かった筈だ。

 しかし、夢の中の僕はそうしなかった。


 きっと夢の中の僕は現実世界の僕と羽田さんが関係を深めて、僕が羽田さんに失望される事態を恐れていたんだろう。そうなってしまえば夢の中の二人の関係にまでヒビが入るかもしれないから。

 もしかしたら夢の中の僕は、羽田さんに「学校では恥ずかしいからあんまり話書けないで」とでも言い置いて、現実世界での僕と羽田さんの接点が少なくなるように計らう事すらしていたのかも知れない。


「堺君どうしたの?」


「いや、何でもない」


 好きな女の子と一緒に帰っているというのにただただ僕は悲しくて、悔しくて堪らなかった。

 軽く唇を噛んで平静を装い、アスファルトの歩道をじっと見つめて、只管に歩いた。

 気落ちしているのがバレないように、羽田さんと当たり障りのない会話をしながら、少しでも早く家に帰る事だけを考えて歩き続けた。


 ◇


 次の日から羽田さんは、僕と目が合っても自然に逸らすだけで意味深な表情を見せる事は無くなった。

 会話も殆ど無くなり僕と羽田さんはただのクラスメイトになった。


 そういえば、卒業式の後に羽田さんに呼び出された事もあった。

 しかし僕は要件も聞かずに断ってしまった。


 羽田さんは気にしていない風で短く「そっか」とだけ残して去って行った。

 それだけだった。

 それ以降羽田さんとは一度も会っていない。


 そして高校を卒業してからの僕は紆余曲折あって大学を中退し、職を転々とし、恋人も友達も居ない気ままだけど無味乾燥な人生を送って来た。

 自分でも呆れる程につまらない人生だ。

 やはり僕は、羽田さんと釣り合うような人間では無かった。

 

 だけど、今でも寝る前になると思い出す。

 夢の中の僕は、今でも羽田さんと冒険しているんだろうか。


 分からない。

 そもそも夢の中に世界があるなんて話も僕をからかう為の羽田さんの大げさな嘘だったのかも知れない。

 真相は分からずじまいだ。

 しかしそれでも、夢の中の世界が本当にあって欲しいと、夢の中の僕と羽田さんが冒険していたという話が本当であって欲しいと、30歳を過ぎた今の僕には心底思えるようになっていた。


 夢の中の僕は羽田さんと恋人になったりしているんだろうか。

 もしかしたら羽田さんとキスをして、セックスをして、子供も作っているかも知れない。


 目を閉じて瞼の闇に夢の世界を思い描く。

 光舞い踊る幻想的な光景の中、僕と羽田さんは手を繋ぎあって、じっと抱き合っていた。

 虹色の光が乱反射して、美しく滲んでいた。


 まどろみの中で二人の眩しさを見つめているうちに少しだけの嫉妬と、そして諦観に似た温かな幸せが僕の心に満ち満ちてくるのだった。

 


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