俺が勇者を殺すことで 俺以外の皆が幸せになる話
「あ〜、蒸発してこの世から消え去りてぇ」
「なるほど、それが君の願いか」
「えっお前Dare——」
こうして俺の第一生は、唐突に終わりを迎えた。
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俺が勇者を殺すことで
俺以外の皆が幸せになる話
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気がつけば転生していた俺は、北欧風の家系の一人息子として生まれ落ちた。父親が狩人、母親が農家の手伝いで生計を立てている、あまり特徴のない家だ。
そして驚くことに、この剣と魔法の世界で俺は魔法の才能を開花させていた。
「あー、でも君の魔法は戦うようなものじゃないですねぇ。出力もない。農家には喜ばれますよ」
これは村唯一の教師からのお言葉だ。
植物系魔法。植物の状態を見たり、場合によっては多少の操作を可能にする魔法。先生の言うとおり、農家垂涎の能力だ。
「なにっ!勇者の能力に聖女の能力!?」
なお、お隣とお向かいさんの幼馴染たちにはこれである。まじで不平等すぎないか神よ。
「俺たち、魔王を倒して帰ってくるからよ」
「それまでこの村をお願い」
そんなこんなで村を託されたわけだけど、言っても俺は農家さんたちに馬車馬の如く働かされているわけだ。
東の畑に不作あれば行ってそれを改善し、西の畑に病あれば、それに対策できる品種を生み出し、北の畑に行っては豊作を約束し、南の畑に行っては防風林を構築する。俺働き者すぎワロタ。そろそろご褒美がほしいレベルである。
「魔王が倒されたぞー!」
「平和な時代だー!」
そんなご褒美タイムが来る前に、あのチート幼馴染たちが村に帰ってきた。俺?変わらず農家の奴隷やってます。
「実はお前に頼みがあるんだ」
そんなある夜。勇者に呼び出されたと思ったらこれである。別に相談事ぐらいはいいけどさ、そのキスマークくらい隠してから来いよ。
んでもって要件はと聞けば、勇者としての責務に疲れただとか。責務から永遠に逃れるための方法を一緒に考えてほしいなんて言い出してきた。まあ、魔王討伐の報酬金で一生隠居生活できるのだから、街にでも家買えば?と助言してやる。
「それじゃダメなんだ。勇者ってだけで毎日毎日……もううんざりなんだ」
それもそう。魔王を倒した勇者ともなれば、影響力は計り知れない。商品一つ紹介するだけで、商会一つが成り上がるには十分だろう。
「だからお前に聞いたんだ。お前は昔から思いも寄らない方法で問題を解決してきただろ?」
確かにそうだ。しかし、農業の分野に限る。魔法ってのはそれほど便利なものだった。だが、人間関係なんて専門外である。
だが、幼馴染のよしみだ。考えてみよう。
問題は勇者と聖女が街に暮らしているってこと。だが、街以外の生活は不便だしお金ももったいない。つまり、姿行方を眩ませた上で、街に住めることが一番の条件。
ならば良し、俺にいい案がある。
そう返したときの幼馴染たちの不安そうな顔は、なかなか忘れられそうにない。
=*=*=
「やあやあ、人間国の王よ」
その夜、王の私室に何者かが忍び込んだ。守衛や使用人たちに一切さとられずにだ。
「お前、何者だ!」
「私は植物を司る精霊とでも言おうか」
その謎の人物は、部屋の植物を撫でながらそう言った。撫でられた植物は、まるで恥じらう乙女のようにその身をよじらせた。
「その精霊とやらが何用で部屋に忍び込む?」
「これは警告だよ」
謎の人物は、深刻そうな声色でそう告げる。
「勇者を殺せ。さもなくば、お前ら人間の領地は滅びる。大地は荒れ、湖は枯れるだろう。植物は人を殺すために進化し、動物は脆弱な人間を許さないだろう」
「そんな戯言を」
「戯言を言っているように見えるか?」
背後でうねる植物たちが、王への圧となる。
「わ、わかった。だが勇者を殺せるものなどこの世に存在するのか?あやつは魔王をも殺す器だぞ?」
「正攻法で勝てる者はいないだろうな。だが、彼には一人、出身地に幼馴染がいる。あやつならば、毒を盛れるだろう」
そういいながら、精霊はよく出回っているポーション瓶を出した。
「これはあの村の住人にのみ作用する毒薬。これを飲ませれば内側から燃え、あとには灰しか残らぬだろう」
瓶を机へと置き、精霊は窓際へと下がっていく。
「では私はこれで。くれぐれも勇者に悟られぬようにな」
そういいながら精霊は、窓から身を投げ出した。
「ま、待て!ここは3階だぞ!」
そう言って王が窓から下を覗き込むも、あるのは石畳の道のみだった。
=*=*=
「おい、何をしてるんだ?」
勇者にそう言われて俺は、作業していた手を止める。
「何って、普通に灰を集めてるだけだが?」
「そりゃ見たらわかるよ。何でそんなことをしてるんだって意味だ」
「ああ、まあ入用でな」
作業を再開しても、勇者は隣にいたままだった。
「あ、あのさ」
「何だよ、まだなにか用か?」
「本当に大丈夫なのか?」
「言っただろう?安心して夜逃げしろって」
勇者に詳細は言ってない。説明する理由もないからな。それに、知らない方が一般人に紛れ込みやすいだろう。まったく、俺の案は最高だな。さすがに3階から飛び降りるフリをしたときは怖かったけどな。まさか蔓をつかって上に昇っていたとは思うまい。
「ほら、早く荷物まとめて出てけ。シッシッ」
「……えっと、ありがとうな」
「礼は10年後くらいに返してくれ、じゃあな」
「わかった。じゃあ10年後な」
作業を終えたころには、勇者は聖女とともに村から姿を消していた。
=*=*=
「王よ、これが勇者の亡骸です」
俺は頭を垂れながら、袋に収めた灰を差し出す。
「すまないな、これも国民のため。お主には辛い役回りをさせたな」
「いいのです、国王様」
「ではこれが報酬だ」
そういって渡されたのは、袋いっぱいの金貨だった。
「ありがたく頂きます」
そういって下がろうとすると、王に引き止められる。
「一つ聞かせて欲しい」
「はい、何でしょうか」
「人類の救世主である幼馴染を殺して金を受け取る。その心は傷まぬのか?」
「ええ。これほども」
「それは良いことを聞いた。心置きなく、お前を追放できる」
「はい?」
王を見て、そしてその隣の宰相を見る。あいつの入れ知恵か。報酬金の回収を考えているのだろうが、そうはいかない。
「ここに宣言する!勇者殺しの大罪を赦すことなどない!殺せ!殺したものには王の側近となる栄誉を与えよう!」
王の宣言により、室内がざわめく。勇敢な者は武器を抜き、じわりじわりと近づいてくる。
「まあ、そうだよな。そうなるよな。少し頭が回ればこのくらい考えつくよな」
宰相を見れば、俺の様子を見て逆に青ざめている。
「ならば王。もう一つ種明かしをしよう」
魔法の出力を限界まで高める。俺の魔力にあてられて、部屋中の植物がうねり歪み急成長する。
「ま、まさか……!」
「人間国の王、再び会ったな。なんてな」
「精霊なんぞ言って騙したな!」
「騙した?まあそうだな」
だって俺は人間。精霊でもなければ、植物を司るなんてこともない。まあそもそも、絶対数の少ない植物系の魔法の使い手を見たことがなかったのだろうが。
「国家転覆罪だぞ!」
「罪状が一つ二つ増えたところでな。それじゃあ、また会おう」
「待て!兵たちよ窓を塞げ!」
窓や扉の前を兵士たちが体で塞ぐ。逃げ道をなくすつもりか。天井裏まで登るほどの植物も、部屋の中には存在しなかった。植物で魔物を生み出せるほどの力でもあれば話は変わったんだが、そうでもない俺は一点突破するしか方法がない。
「そこをどけっ!」
窓の一つに走り、兵士の一人を相手にする。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
「えっ?よわっ」
「ぐわぁぁぁぁ」
なお、俺に戦闘のセンスはまったくないものとする。
「王よ、捕らえました!」
「素晴らしいな!お前は今日から近衛騎士だ!」
「ありがたき幸せ!」
あれ、俺もしかしてこの兵士の物語の噛ませ犬も兼ねてる?って感じの負けっぷりである。仕方ない。俺はこっちの世界でも前世でも人と戦ったことなんてないからな。
「さて、大罪人よ。何か申し開きはあるか?」
「……だっておかしいじゃないか」
「何がだ?」
「俺は農民に馬車馬の如く働いてようやく食っていけるってのに、俺の勇者は神様とやらのギフトで圧倒的な力を手に入れて、飲み食いに困らず、女にも困らず?ふざけるな!こんな不平等があってたまるか……」
「お主……」
「好きだったんだ……聖女になった子が。だが、勇者は、勇者というギフトを与えられたからという理由だけで、彼女の心を射止めて共に旅立ちやがった。あいつの近くに生まれただけで、恋心すらも不自由だ。俺は、今も昔も……ずっと惨めだ」
俺は瓶を取り出す。あの晩、王に差し出した瓶とまったく同じものだ。
「こんな人生、辞めてやる。せめて来世くらいは、俺が主人公な世界に生まれ変わらせてくれ」
「ま、待て!」
静止の声を聞かず、俺は瓶の中身を飲み干す。
「じゃあな。こんなクソみたいな世界」
突如として上がった火に、部屋中が騒然となる。逃げ出すもの、窓を開け飛び出すもの。そして、その行く末を見るべく目を見開くもの。
しばらく燃え続けたその火が消えた頃。一人の男が立っていた場所には、一袋分の灰が残るのみだった。
=*=*=
「ねえあなた、子供の世話見といてくれる?」
「買い出しか?」
「ええ。日用品がなくなってきたから」
「わかった」
俺は、庭の墓石の掃除をすませてから立ち上がる。元気な息子におとなしい娘。両方とも今は室内で勉学をしているらしい。力を手に入れてからすぐに旅立った俺とは全く違う人生だ。
「もう……10年か」
あの日、俺と彼女が村から夜逃げしてから10年が経った。
「10年後って約束だろ……」
あのあと、謁見したあいつは種明かしをした後に、自分の用意した薬で灰になったと人づてに聞いた。どんな原理かは知らないが、あいつは『化学』とかいう聞いたこともない知識でいろいろと薬を作っていた。きっと、その薬を使ったのだろう。
「お前が死ぬ必要なんてなかったんじゃないか……」
俺は、別にお前を犠牲に幸せになりたかったわけじゃない。俺と彼女と、それからあいつと、3人で幸せになる未来だってあっただろ。
「ほら、10年後の礼だ」
値段の張る果実酒を、俺は墓石の隣に置く。奴が笑顔でそれを受け取る姿を、俺は幻視したというと笑われるだろうか。
「いやー、お前、奮発したな。めっちゃ美味えや」
幻視だと、そう思っていた。
「な、なんで……」
「なんでってそりゃ」
死んだはずのあいつは、あのときのようにニヤリと笑ってみせた。
「10年後に礼を受け取るって言っただろ?」
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俺も勇者も死ぬことで
俺も勇者も幸せになる話
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