「みーてーるーだーけー」で世界最強! ~傍観者は要らないと追放された僕でしたが、色んな《視線》で相手のワザを全部封じてたんですよね。え、戻ってきてくれ? いやあ、僕傍観者ですし、黙って見てますね~
「セニン! お前見てるだけじゃねえかよ!」
「え?」
薄暗い森の中、僕はハーゲン隊長に突き飛ばされた。王国屈指の兵士相手に、12才の体格ではなす術もない。
「残念だったなあ、なまっちろい坊主! ここの敵は俺たちで倒す。半人前のお前は帰りやがれ!」
「ハーゲン隊長!」
新米魔法使いの少女が食ってかかった。
「セニン君だって頑張ってるんです。あんまりじゃないですか!」
「なんだぁ、ナーヴェル? こいつは精鋭部隊に見習いで付いてきたオマケだぞ? 正規隊員ですらねえ」
「そ、それはそうですが……」
「――おお、ちょうどいい。お前も帰っちまえ」
「なっ……!」
「ザコに手柄はいらねえ。そうだろ、みんな?」
隊長が見回すと、男たちは口々に同意した。
「つーわけだ、ナーヴェル。セニンを連れて城へ帰れ、今すぐにな」
「――分かりました。この卑劣な行為は、殿下に報告させてもらいます」
瞳を潤ませたナーヴェルは、僕の手を引いて森の外を目指した。
「あんな人とは思わなかったわ……。ジャスティアの精鋭部隊長とか、憧れだったのに……」
「あ、待って、お姉ちゃん」
僕は呼び止めた。
「ここには、上の人から言われて来たんでしょ?」
「えぇ、大きなグリーンワームが出たからって、アルフ王子が討伐隊を森へ派遣されたの。なのに……、ワームの1匹2匹ぐらい、私にだって活躍するチャンスはあったハズ……」
「んー。違うかも」
「え?」
僕は、来た道を振り返った。
「隊長たちが危ない。戻るね」
「セニン君!?」
2人が去った隊では、不思議と和やかな空気が訪れていた。
「ったく……、最近のモンスターは活発だがよお。よりによって、昔話の吸血鬼みてぇな奴とブツかっちまうとはなあ」
「隊長も逃げちまえば良かったでしょうよ?」
「バカ言え。この付近にゃ山ほど村がある。俺らが逃げたら、竜が残らず焼き尽くしまうぜ」
「またまたぁ、セニンとナーヴェルは逃したくせに」
「うるせえ。あの若さで死ぬこたぁねーだろって思っただけだ」
熟練の魔道士が【生命感知】したら、スグに分かる個体だった。
グリーンドラゴン、それもエンシェント級。
「俺たちに、まっすぐ向かってきてんだろ? 戦いてえのか、好都合だぜ」
豪快に笑ってみせる。
「行くぜ、野郎ども。少しでも竜の翼を傷つけるんだ。それが、ひいては王国民を守るんだからな」
「おう!」
そのとき。
「あのー」
僕は、彼らの生き様にキュンキュンしてたけど、仮に接敵して猛毒を食らったら一大事なので速やかに出た。
「戻ってきました」
「坊主!? お、お前、なんで逃げてねえんだ!」
「あ、大丈夫です」
僕は、スグに《視線》を合わせて隊長たちの「時を止めた」。万一ドラゴンに毒霧を吐かれると、防毒魔法を使ってても治療がムズかしいからね。
「さてと」
木々をなぎ倒してた音が、途中から断続的に羽ばたく音に変化してた。グリーンドラゴンの巨体が、青空に姿を現す。
「んー。心を許してくれてる相手にしか、時止めの《視線》は効かないんだよね」
――だけど。
僕が睨んだ瞬間、グリーンドラゴンは垂直落下した。必死に翼であおいでるけど、役には立たず。
ズシィィーン。
「封印の《視線》なら、ラクに効いちゃう」
竜って、翼のわりに体が大きいから、魔力を使って羽ばたいてるんだよね。僕はそれを封じたの。
高く飛べたのがアダになったグリーンドラゴンは、ピクリともせずに横たわっていた。
「ぼ、坊主……」
時の動き出した隊長たちが、僕と竜とを見比べていた。
「いや、お前さんは、まさか……」
「隊長」
僕は人差し指を口に当てた。
「この竜は、隊長たちが倒しました。――あ、もちろん、ナーヴェルお姉ちゃんも一緒でね」
ようやく追いついたナーヴェルに、ウインクしてみせる。
隊長は頭を掻いた。
「いいのか、お前さんは? 褒美も思いのままだろうに」
「高潔な魂を見ることが出来ました。それが僕への、何よりのご褒美です」
ふうっ、現場の人たちはこれで全員かな。みんな立派だったよ。とくにハーゲン隊長の組は120点あげちゃう。
これで……心置きなく、赤点のゲスにも会いに行けるね。
王宮の豪奢な一室では、第1王子がいらだたしげに爪を噛んでいた。
「貴様……ジャスティア最高のお抱え魔術師だと? 笑わせるな、クソジジイ! 全部の策が潰れたじゃないか!」
「い、いえ、そんな! ワシはアルフ王子のお言いつけ通り、強大なモンスターを感知いたしましたぞ!?」
「ハッ! 匂い袋で近くの村へと誘導して、目撃証言もデッチあげて弟派の隊をブツけたんだったな!」
王子は詰め寄った。
「だが、倒させてどーする! 情けなく逃げ出させて、それを鋭く追求するハズだったろうが!」
「さ、さすがにマズイと思って、グリーンワームと誤報させたのですよ? よもや討伐隊が、たったの一部隊でグリーンドラゴンを倒すとは……」
「大手柄じゃねえか、ド畜生!」
延々と地団駄を踏んだのち、急に動きを止める。気色悪く笑いつつ、体を大きく震わせた。
「おう、ならジジイ。もう一度やれ」
「し、しかし王子。おいそれと凶悪なモンスターを誘導するのも、限界ですぞ」
「フン。グリーンワームならいるだろう。そいつを連れてこい」
「討伐隊に、スグさま倒されるかと……」
「ハハハ、馬鹿だなあ。こないだグリーンドラゴンを誘導した近くには、村があるんだろう? その村の、ド真ん中に呼べよ」
魔術師は息を呑んだ。
「王子、それは……!」
「ハッハッハ……。なあんだ、簡単じゃないか。喜び勇んで手柄を立てたハーゲン隊は、肝心のグリーンワームを見過ごしたせいで、村人を虐殺されてしまいましたとさ……! うくくっ、英雄気取りが一転、破滅へ真っ逆さまだ! これで弟陣営に大打撃を与えられるな」
「王子……! その案は、国民を手に掛けるという大愚策ですぞ……!?」
「はあ? 何の問題がある? 民の命は王家に捧げるものだろう」
「ワ、ワシは……将来の禍根を断つためとムリヤリ納得して、モンスターの誘導も行ってきました……。兵士の命が散るかもしれぬと言うのも、軍に入った以上は覚悟の上と、己を騙してやってきました……。しかし……、おそれながら! 無辜の民を、王族が殺すというのは……!」
「出来るよなァ? お前を城に残してやったのは俺だぞ、老いぼれジジイ? 最後の仕事だ、やれよ」
魔術師は、じっと地面を見つめたのち、顔を上げた。
「ワシの答えは、これです」
どこか晴れやかな表情となった魔術師は、幻覚の魔法を解いた。その途端、部屋にいた王様、ハーゲン隊長、そして僕の姿が現れる。
「引き際を見誤ったワシの、最後の仕事です」
「ジジイ……貴様ァ!」
殴りかかる王子の手を隊長が止めた。
「殿下、おやめください」
「は、離せ……、うぐおああぁぁ……!」
口調こそ最低限の丁寧さを維持してるけど、腕をギリギリ締め付けてる。そりゃそうだよね、こんな奴に部下もろとも殺されるトコだったんだもの。
「アルフよ」
王様が、おもむろに相対した。
「余は、お主の攻撃的な性格、嫌いではなかった。王国に害するものへの矛となれば、誠に頼もしい存在だと思っておったぞ」
「父上! そ、そうだろう!? 弟よりも相応しいよな! な!」
王様は、静かに頭を振った。
「それを決めるのは、余ではない」
「はあ!? 王が決めずに、誰が決めるんだよ!?」
「――アルフよ。王位が欲しいのか」
「当たり前だろ!」
「では、承継の儀を行おう。そちらにおわす御方が、厳正なる判断を下されようぞ」
おっと、僕を示されたので挨拶ね。
「こんにちは、僕の名前はセニン。敬称は無くていいよ」
「何だ、この場違いなガキは? ――うあぁぁ!」
「殿下は、手が凝っておられますな」
一段とキツくした隊長に思わず吹き出しそうになったけど、一応は承継の儀なので、僕は真面目な顔をした。
「アルフ王子。初代ジャスティア王との約束を、今回も果たしにきたよ」
「はぁ? 昔話のマネごとか? ガキが何言ってやがる!」
「たしかに、昔の話ではあるね。かれこれ300年になるかな」
「ハハハ! その言い草、まるで初代と契約した吸血鬼じゃないか! 赤目で見たら、なんでも思いのままか!? あんな化け物は、子供を脅すための作り話だ、ボケ!」
「ふうん」
僕が瞳を赤く光らせたら、途端に王子は、「うひゃああぁ!」と情けない悲鳴を上げた。
「お、おおぉぉお前! まさか……!」
「そうだよ。――昔話と違うのは、初代は契約したんじゃなくて、僕を追放したことだね」
僕は胸に手を当てて、亡き友への思いを巡らせた。
『傍観者セニンよ、お前を追放する! ――こうでも言わんと、お前はずっと見守ってしまうだろう?』
『ジャスティア……』
『大丈夫だ。お前の手を借りずとも、国を治めてみせるさ。それに……変わらぬお前をひとところに縛るのは、とても酷だからな』
『――ありがとう』
『ああ、代わりといってはなんだが、ひとつだけ頼まれてくれ。私は代々、お前のことを伝えていこうと思うんだが、そのさい……』
「次に冠を戴く者の前に現れて、追放した僕を戻すか聞いてるんだ」
「はぁ……? 戻すと言ったら、どうなるんだ?」
「もちろん、王国の力になるよ」
「へっへへ……。そりゃあ良かったぜ」
王子は邪悪な笑みを浮かべた。
「じゃあ命令だ! 戻ってこい、吸血鬼!」
「うん、分かった」
「手始めに、このハゲを殺せ! ジジイもな!」
「うんうん、分かった」
「鬱陶しい先代は、公式の場で俺に地位を譲ると言わせるまで、牢屋に閉じ込めておけ!」
「うんうんうん、分かった」
ようやくバカにされてるって気付いたのか、王子はキレた。
「指示通り動けよ、吸血鬼!」
「僕は、『王子の願いは分かった』って答えただけだよ」
肩をすくめてみせる。
「そうそう。ジャスティアとの取り決めでさあ、これを言ったら王の資格がないって台詞があったんだ」
「――なんだと?」
「『戻ってきてくれ』って言葉ね」
僕は冷ややかに王子を見た。
「だって、そうでしょ? 得体の知れない吸血鬼に頼ろうとする王なんて、最低だもの」
「ま、待て……。昔話だと、悪さをした子供は、目からの熱線で焼き殺されたハズ……」
「うん」
僕は煌々と目を光らせた。
「器じゃなかったね。一撃で消すよ」
「う、うぅっ……」
「王子を、辞める!」
あれ?
王子……いや、元・王子は、汗だくになりながら僕を見た。
「これは、承継の儀なんだろ……? なら、俺が王族から離れちまえば、そんな約束事はナシだ!」
「アルフ殿下? そんな都合のいい話が……」
「あ、隊長。僕は構わないよ」
隊長が、「え、いいのか?」って目で訴えてくるから、僕もうなずいてみせる。
だって、こんな奴だよ? ロクな結果にならないって、目に見えてるでしょ。
アルフ王子だけど、表向きは「凶悪モンスター討伐時の名誉ある討ち死」で片付けられた。
事務処理としては、「素行不良と無能のため廃嫡」って手続きを、秘密裏に行ってる。その上で、アルフ元王子はアドルフって名前に変わり、城下町に家を与えられたみたい。当座暮らしていけるだけのお金ももらってね。
僕はといえば、しばらく「(初代の)客人」として手篤くお世話された。あんまり長居するのも悪いから、喪が明けたと同時にお暇したけどさ。
「――で、ナーヴェルは、なんで僕についてきてるの?」
「伝説だからです、師匠!」
隊を辞めた魔法使いの少女は、真新しい杖を掲げた。
「昔話を、何度も何度も聞きました! 魔法にも長けていて、悪人には攻撃魔法を使い、善人には助ける魔法を使うと!」
「あのー。さっきの質問はさあ、僕の秘密をなんで君が知ってるのかってコトね?」
「ハーゲン隊長に教えてもらいました!」
あ、そういうこと。――隊長、チョロすぎるよ。
「もしかして、魔法を教えてもらおうとか思ってる?」
「滅茶苦茶思ってました!」
流れるような敬礼。町中では止めて、目立つから。
「ただ、気の向いたときで構いません! 御指導ください、セニン様!」
「んーっと……。じゃあさ、部隊のときの呼び名に戻して、ナーヴェルお姉ちゃん」
「――はい! セニン君」
まあ、元気。
王国の精鋭部隊に配属されるような子だし、基本的には利発だよね……ん?
酒場の方が騒がしかった。
『男が1人死んだぞー』
『なんでも、自分がアルフ王子だとかフカしてた酔っ払いだとよー』
『へっ、討伐で死んだ勇敢な王子と、冴えねえ自分を重ねちまったんだろ』
『ケンカで突っかかってっただぁ? 返り討ちで死んでりゃ世話ねえぜ』
「どうかしましたか、セニン君?」
「ん、何でもない」
古い約束は、あのあと第2王子と無事交わしたから、当分用事はない。
「じゃあ、物見遊山ね」
「ははーん……? そういう名目の、人助けですね!?」
「んーん。本当に『みーてーるーだーけー』だよ」
苦笑しつつ、正体を知っている相手と旅をするのはいつ以来だろうかと、ちょっぴりワクワクしてたりもする。
元気いっぱいの弟子と、楽しい旅になりそうだった。