ブースト
ぎらぎらと照り付ける太陽に、爽やかなそよ風が頬を撫でる。
そんな一室で窓辺に座り、空を眺める。俺の心を映したかの様に、白い入道雲が向こうの空を埋める。
何が言いたいかと言うと、めちゃくちゃ暇。
いくらブーストと言う特殊能力があっても、暇、と言う概念を消すことは出来ない。
「ちょっとノア? 帰ってきてるならあたしに声くらい掛けなさいよ」
ノックも無しに俺の部屋に入ってきたのは、俺の幼馴染であるエル。俺のことをノアなんて呼ぶ奴はこの世で片手で数えられるほどしか居ないだろう。そんな中の一人がエルだ。
桃色のロングヘアと、整った顔立ちは、誰しもが二度見することだろう。
いくら勇者とは言え、ノックも無しに入って来るのはいかがなものかと言わざるを得ないであろう。
俺の部屋の前にも近衛騎士くらいいるだろ? なんで顔パスするんだよ普通ダメだろ。
...まあエルは勇者の末裔なので、武術を極めるものからしたら憧れの存在だし、王に対する忠誠も厚い為王宮内では俺と同様か、あるいはソレ以上の評価である。
「せっかく王都に居るんだからいつも出来ないこととかやってみたらどうかしら?」
「例えば?」
「あたしと戦うとか」
「却下」
「えぇ!?」
エルは割と...ていうかかなり戦闘狂である疑いが持たれている。俺の中で。
あとエルと戦うと死ぬほど疲れる。結構前にエルの聖剣捌きをみたことがあるのだが...あれは果たして剣術だったんですかね?
視力をブーストさせることで辛うじて見えるスピードで振るわれる聖剣。
一薙ぎごとに地形が変動するってどういうことだよ。
そんな悪魔の太刀筋から必死に逃げているとだんだん疲れるしなんなら鬱になりそうだから嫌だ。
「いつもの結界の中なら大丈夫でしょ?」
「あのなぁ...いつものって言うけどアレめちゃくちゃ時間と手間がかかるんだからな?」
「時間って言っても半日程度でしょ?」
簡単に言ってくれるな。あれは古代魔法の一種だ。
古代魔法は非常に強力な物か、相当使いどころが限られる魔法かの二つしか無く、その癖非常に難易度が高く、今では使い手が俺以外誰一人として存在しない魔法だ。
王宮の隠し部屋に大量の古代魔法に関する冊子があった為、それを使った独学だが、なかなかいい感じで習得出来ている。
時間を操ったり、空間を歪めたり、強力な結界を張ったり、心を読んだりと、強い魔法はここら辺だろう。
発動に時間が掛かったり魔力を多く使ったりと癖があるがその分効果もひとしお。
一方、使い所が限られる魔法、と言うのは、水の中の物質が有毒か分かる魔法、だの、体の周りに文字を浮かべる魔法だのと、それいる? て感じの物だ。
使い所が限られるどころか使い所が分からない物ばかりだ。
エルが言っているのは無に帰す結界の事だろう。
読んで字の如く、範囲内であったことを無かったことに出来る魔法だ。
しかし莫大な魔力を使うし、展開に半日程の時間がかかる癖に効果が続くのは十分だけ。
ちなみに今までの効果は俺が無に帰す結界にブーストを掛けた時の効果だ。
実はブーストには一つ弱点がある。
それは一つの能力しか強化できないことだ。足のスピードを上げながら思考を高速化させ魔法を放つ、みたいな芸当は出来ない。
しかしブーストは結構ガバガバな所があり、たった一つの魔法から魔力を使用する全ての動作まで、俺のオーダー次第でブースト効果適用範囲がめちゃくちゃ変わる。
しかし範囲が広い程ブースト効果は薄れていく。まあかなり薄まったとしても俺一人で一般兵十人分くらいの力は出せるが。
逆にたった一つの魔法にブーストを掛ければ、それこそそれだけは世界最高峰の力になるだろう。
このブーストと言う特別な力を幼少期に手に入れられたからこそ、器用貧乏な無能王子と言う事がバレなかったのだ。本当にブースター様々だ。
長々と話してしまったが、何が言いたいかと言うと、「ブースト使ってるから今は無に帰す結界世界最高峰の使い手だけどそれでも半日掛かるし効果時間も短いからめんどくさい」ってことだ。
そりゃあブーストを使うとかなり疲れるからな。それも効果に対してデメリットが全く釣り合ってはいないんだがな。
「嫌なものは嫌だ。それに――」
コンコン、と。
俺が言葉を続けようとした時に、突如として俺の部屋にノックの音が響き渡る。
「失礼します、ノアルト様、国王陛下からお話があるそうです。すぐ、と言う訳ではないようですが、準備をお願いします」
「ああ」
ちょうどいい所で邪魔が入ってくれた。しかし話ってなんだ?
「...ノア、何かやらかしたの?」
「んな訳ないだろ。どうせアルヴェル帝国のことだ」
そう話を切り上げ、すぐさま立ち上がり部屋を出た。