エル
帝国とのいざこざを解決し、帝国に正式な手紙を送ったり等、色々な手続きを終わらせた数日後、王都待機命令が解除された。
つまり、また各地を飛び回っても許されると言う訳だ。
が...。
「ノアーッ!」
謁見を終えた直後に廊下の向こうの方から突進してくるエル。
何用か...とそれよりもあの突進をどう躱すか...と言った所に重きを置かなくてはならない。
エルの突進はだいたい俺の目の前で止まる事なく俺に直撃してくる。
勇者の家系であるエルの突進。迫る生命の危機。
勿論只で済む訳もなく...。いやブーストで体を固めればいいのだが、当たらない事に越したことはないだろう。
踵を返し、エルの方とは反対に駆け出す。
「うおぉぉぉぉぉぉ!?」
「なんで逃げるのよ!?」
更にエルが速度を上げる。これは無理だ。早過ぎだろ。逃げられない。
体を硬化させ、エルの悪魔的突進を受け止める。いたい。からだもげそう。
ロングにした桃色の髪が宙を舞う。
髪の毛とかどうでもいい事を考えてられるだけまだ余裕があるな。
ヤバい、首に腕を絡まされた。死ぬ。
――俺何かしたか?
「ノア、最近あたしに全く構ってくれなくて寂しかったんだからね!」
「そりゃ最近は帝国との色々で忙しかったからな...てか首! 俺死ぬって!」
「あっ...ごめんね?」
力一杯絡ませてきた腕を解き、やっと俺に自由が訪れる。
「そこで...あたしと遊びましょ?」
「いや...でも北の方が心配だからな...」
「不可山脈の方でしょ? そこはノアが居ない間任務でずっと魔物を倒してたから心配要らないわよ? ちょっと山の方に入って沢山魔物も蹴散らしておいたし」
「不可山脈に入ったのか!?」
エルの犯した行為を聞いて、思わず声を荒げてしまう。
不可山脈は越えることはおろか、入っただけで生きては帰れないと謳われる非常に凶悪な魔物の巣くう恐怖の山。
魔物の強さと言えば、一番弱い物でさえAランク冒険者では太刀打ち出来ない程、最上位となると想像を絶する強さのバケモノしか居ないだろう。
そこらのドラゴンなんて赤ん坊同然だ。
「そ、そうだけど...」
「あそこはとにかく危険なんだ。いくらエルと言っても、無傷で済んだのは奇跡に近いぞ? 北の村の事を思ってそこまでしてくれたのはありがたいが、俺はエルに傷付いて欲しくないんだ」
「ノア...」
俺の言葉を聞いて、頬を染めるエル。なんだこの反応? もしかしなくても何かマズイ?
「大丈夫か? やっぱり不可山脈なんかに入った時の疲れか? 何か未知の魔法でも食らったか?」
「ち、違うから! こんなに元気!」
そう言いながら宙に向けて数発パンチを放つエル。
あっぶね、今掠ったぞ?
「...まあ、遊びたいって言うなら別に良いんだが」
「そう? 良かった...」
時刻は正午を過ぎた辺りか。
結構お腹が空いたな。
「まあ、その前に飯だ飯。レンの飯!」
「レンのご飯ね。良いじゃない」
満場一致。
「今からっすね、任せて下さいよ!」
レンも軽く引き受けてくれたし、久しぶり...と言う訳では無いが、帝国うんぬんの話が終わり、ゆっくり食事が出来るのはかなり久しぶりだ。
出てきたのはスープに肉。ついでにパン。
王族、貴族らしい量の少なくナイフとフォークで食べなきゃいけないあの料理ではなく、ちょっと裕福な一家が食べるご飯と言ったところだ。
その上味は一流。まったく、レオの料理は最高だぜ!
「で、遊ぶと言っても何をするんだ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわね...」
不敵な笑みを浮かべるエル。
「ノアには休息が足りてないわ!」
「それはまあ」
「だから町でも歩きましょう! ついでにあたしは買い物がしたいわ!」
「...俺は買い物はそんな――」
「さあ、そうと決まったら早く出発しましょう!」
買い物...買い物。
それは俺の休息になるのか?