第4章 「幻となった初恋と、主従を越えた絆」
結論から申しますと、一連の謎はアッサリと解き明かされたのです。
それも執事を務める私の父、白庭富平によって。
「ああ…この子は旦那様の小学生時代ですよ、英里奈御嬢様。」
ガラス種板を差し出された父は、当然至極といった顔で応じるのでした。
「御館様の?!」
生駒家当代の御館様であらせる、生駒竜太郎様。
その御幼少の砌を写された御真影だったとは。
「この写真も、見習い執事だった私が撮影した物なのです。」
オマケにガラス種板の謎には、若き日の私の父が関与していただなんて。
正しく灯台下暗しですね。
そもそも父の富平は、生駒様の御屋敷へお仕えするようになってから、かれこれ30年余りになるのですから。
少年時代の御館様と思い出を共有されているのも、無理からぬ事でした。
「あの幻灯機は、御先代様が竜太郎坊ちゃま-今の旦那様ですね-に御譲りされた品なのですよ。スライド映写機が普及して不要になった幻灯機でも、子供の玩具としてなら役立てますからね。」
考えてみますと、幻灯機は学習雑誌の組み立て付録や玩具として、子供達に親しまれていましたからね。
子供時代の御館様も、この幻灯機を精巧な玩具として、色々なガラス種板を上映して遊ばれていたのでしょう。
そうして上映したガラス種板の中に、あの京都観光のセットがあったのですね。
「子供時代の旦那様は、ガラス種板の舞妓さんに一目惚れされたのです。しかし件のガラス種板は明治期に製造された物で、モデルの舞妓さんも既に亡く…」
幻灯機で投影された、今は亡き舞妓さんの古写真。
子供時代における御館様の初恋は、幻に終わったのですね。
「その事を御理解された竜太郎様は、御自分の写真を白黒カメラで撮影するよう、私に言い付けになったのです。撮影後のフィルムも御自身で保管されたのですが、あのモノクロフィルムをこのようにお使いになるとは…」
感慨深げな溜め息を漏らす父の視線の先には、件のガラス種板があるのでした。
幾ら心を許した若執事が相手でも、「幻灯機のガラス種板の舞妓さんと、ツーショットになりたい。」等とは口に出せますまい。
思春期に入るか入らないかの男の子なら、それも当然でしょう。
-ガラス種板の印刷を部分的に剥がして、そこに御自身の切り抜きフィルムを張り付け、憧れの舞妓さんと寄り添わせる。
そんな繊細な作業を、ワクワクしながら御進めになる少年時代の御館様の御姿が、目に浮かぶようでしたよ。
「御館様に、そんな事があったのですか…」
子供時代の御館様は、どんな形でも初恋の人と寄り添いたかったのでしょう。
たとえそれが、幻灯機で投影される画像の中だけであったとしても。
「こうして見てみますと、御館様の女性の好みは子供時代から変わっていないようで御座いますね。今の奥様である真弓様は、この舞妓姿の女性と生き写しなのですから。」
「屋敷に届いた御見合い写真の中から、竜太郎様は迷わず真弓様の御写真を選ばれたんだ。『この人以外に、僕の結婚相手は考えられない!』とね。その時の御様子を、登美江にも見せてあげたい程だよ。」
私の言葉に頷く父は、若き日の御館様と過ごした青春時代の事を、何とも懐かしそうに語るのでした。
こうして思い出話を聞くにつれ、父と御館様との間に育まれた関係性は、単なる主従の関係で片付けられる物とは思えなくなってきました。
あたかも年の離れた友人か、或いは兄と弟を思わせる、温かくも厚い情愛が通い合っているように感じられるのです。
私と英里奈御嬢様の間にも、そうした絆が育まれる時が来るのでしょうか。
しかしながら、それも遠い日では無いのかも知れません。
「あの厳格な私の父にも、初恋に憧れる純情な時期があったのですね…」
子供時代の御父上の写真が貼られたガラス種板を、LEDの明りに透かして見つめていらっしゃる英里奈御嬢様。
「その上、単なる見合い結婚だと聞かされていた両親の馴れ初めにも、そのような情熱的な逸話があっただなんて…」
その眼差しは何時になく穏やかで、そして愛しげな物になっていたのですから。