第3章 「謎の少年の幻影」
華族にして資産家でもあらせる生駒様の御屋敷には、上質なホームシアターの設備が設けられていたのでした。
リモコン操作で天井から下りてくるスクリーンは、此度の幻灯会には打って付けで御座いましたよ。
「プロジェクターでの映画鑑賞に設置したスクリーンが、役立ちましたね。」
そう仰ると、真弓様はリビングを足早に退出されたのです。
英里奈御嬢様に御気を遣われての事と、すぐに知れましたよ。
-奥方様も英里奈御嬢様も、御労しや…
そうした考えが私の脳裏を過ぎるのですが、手元が疎かになって幻灯機を壊しては一大事。
軽い深呼吸で気を静めた私は、幻灯機内部の電球を灯し、ガラス種板を慎重にセットしたのです。
「この登美江、憚りながら16ミリフィルム映写機の資格者で御座います。御時間に余裕が御座いましたら、英里奈御嬢様も取得されてみてはいかがですか。」
そんな軽口を叩きながらレンズを操作して露光量を調整致しますと、ガラス種板に描かれた絵が白いスクリーンへ映し出されてきたのでした。
「これは…銀閣寺?」
白川砂で築かれた向月台と手入れが行き届いた大振りの松、そしてその奥で落ち着いた佇まいを見せる観音殿。
英里奈御嬢様の呟きの通り、幻灯機で投影された風景は、東山文化を代表する慈照寺の境内に他ならないのでした。
「どうやら地理の教材か観光地の御土産のようですね、英里奈御嬢様。」
他のガラス種板に取り替えますと、二条城の二の丸御殿に清水寺の舞台など、京都が誇る古刹や史跡が次々と映し出されたのです。
「面白い物ですね、登美江さん。同じ京都の景色でも、幻灯機の画像として映し出されますと、デジカメの写真とは違った趣が御座いますよ。」
英里奈御嬢様ったら、何時になく饒舌な御様子。
この分でしたら英里奈御嬢様も、もう少しは私に心を開いて下さりそうですよ。
ところが、流れが妙な方向へ進んだのは、それから間もなくでした。
「あらっ?登美江さん…この画像、不自然では御座いませんか?」
何枚目かのガラス種板をセットしたタイミングで、英里奈御嬢様がスクリーンを指差されたのです。
スクリーンに映し出されたのは、観光用と思しき写真でした。
あどけない面持ちの舞妓さんが、町屋を背景に和傘を差してらっしゃいます。
細面な輪郭と目鼻立ちが、どこか英里奈御嬢様や真弓様に似ておりますね。
しかしながら、より注目すべきは、舞妓さんの傍らにブレザー姿の男の子が寄り添っている事なのです。
旅行で写した記念写真を、わざわざガラス種板に焼き付けたのでしょうか。
だとしても、市販品と思しきセットの中に紛れているのは不自然でした。
異変に気付いた私と英里奈御嬢様は、投影された画像を更に注意深く観察する事に致しました。
すると不自然な点は、他にも幾つか見つかったのです。
「あの、登美江さん…舞妓さんの隣に立っているなら、この男の子の顔は和傘で隠れているはずですよね。」
「オマケに足元の影もありませんね、英里奈御嬢様。」
幻灯機を止めて確認すると、件のガラス種板には細工が施されている事が分かりました。
ブレザー姿の男の子は、白黒写真のフィルムを切り貼りした物だったのです。
「心霊写真で無くて良う御座いましたね、英里奈御嬢様。」
「は、はぁ…」
取り越し苦労を笑い飛ばす私とは対照的に、英里奈御嬢様の胸中には新たな疑惑が湧き上がったようでした。
「それにしましても、登美江さん…この男の子は何方なのでしょうか?」
指摘されてみれば、確かに御尤もな御話です。
男の子は何者か。
誰が何のために、このような細工を幻灯機のガラス種板に施したのか。
この謎を有耶無耶にしては、英里奈御嬢様は満足して下さらないでしょうね。