第2章 「内気な華族令嬢、生駒英里奈」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
製造番号を控えてスマホで操作方法を検索し、公開講座で学んだ要領を思い出しながら、1行程毎に注意深く確認して。
あれこれ骨を折った私は、蔵から発掘された幻灯機を曲がりなりにも操作出来るようになったのです。
何せ例の幻灯機は、フィルムではなくてガラス種板を投影する年代品。
古いガラス種板は貴重で脆い故、繊細な扱いが必要とされるのですから。
尤も、幻灯機の操作方法の習得は、あくまで手段の1行程に過ぎません。
幻灯機をキッカケに英里奈御嬢様との会話の糸口を見つけ、心を開いて頂くのが最終目標なのですから。
とは申しても…
それが一筋縄ではいかない難事である事は、市立土居川小学校からお帰りになった御嬢様をお迎えした時に再認識させられたのですけれど。
堺市立土居川小学校区、堺県堺市堺区柳綾町。
癖の無いライトブラウンの御髪を風に揺らせた人影が、この御屋敷目指して静々と歩みを進めていらっしゃいます。
華奢な肢体を包むのは、丸襟に緑色のリボンタイを結んだ半袖パフスリーブの白ブラウスに、紺色のスカート。
真っ赤なランドセルと黄色い通学帽が、市立校の女子小学生というパーソナリティを殊更に強調しておりますね。
されど、御母上である真弓様譲りの気品ある美貌は、生まれついた家柄の良さを、幼いながらも遺憾なく発揮しているのでした。
彼女こそ、生駒家の跡取り娘であらせる英里奈御嬢様その人です。
「御帰りなさいませ、英里奈御嬢様!」
玄関先でお待ち申し上げていた私は、メイド服のスカート裾を摘まむカーテシーの一礼で、英里奈御嬢様をお出迎えさせて頂いたのです。
「あっ、ああ…登美江さん!たっ…只今、戻りました…」
私を認められた英里奈御嬢様は、オドオドと震える唇で弱々しく返礼されるのが精一杯なのでした。
真弓様に生き写しなのは御姿ばかりで、覇気の全く感じられない内気な引っ込み思案。
血縁でない私相手に人見知りをされているだけなら、まだ救いはありました。
ところが私は、これでも英里奈御嬢様に心を開いて頂けている方なのですよ。
これが御両親となりますと…
「お帰りなさい、英里奈さん。土居川小の御様子はいかがでしたか?」
噂をすれば影。
真弓様がいらっしゃいましたよ。
「あっ…ああ、うう…お…御母様…いらしたの、ですか?」
その途端に英里奈御嬢様の端正な御顔が青ざめ、視線が左右にユラユラと揺れ動き始めたのですよ。
「それでは登美江さん。後はお任せ致しますね。」
興が醒めたとばかりに、踵を返される真弓様。
その後ろ姿は、どこか寂しげだったのです。
「御館様と奥方様の事は、未だに御苦手なのですか、英里奈御嬢様?習い事の数を絞られた現在でも?」
「いっ…いえ、登美江さん…そう言う訳では…」
その御言葉が本意では無い事は、あどけない白皙の美貌に浮かぶ曇った表情が、如実に物語っていましたよ。
御両親である御館様と奥方様が、英里奈御嬢様を責め苛んだとは申しません。
家名に恥じないよう、生駒家の跡取り娘に相応しい躾と教育を施そうというのは親心で御座います。
しかしながら、何事にも限度あり。
それに御館様と奥方様が気付かれた時には、既に後の祭りでした。
習い事の掛け持ちで擦り切れ、他愛もない失敗を殊更手厳しく叱責され続けた英里奈御嬢様は、引っ込み思案で他人の顔色ばかりを窺う、気弱で内気な方に育たれてしまったのです。
今更に教育方針を軟化させた所で、御両親への苦手意識が簡単に回復する事は御座いません。
しかしながら、せめて他者とのコミュニケーションは取れるようにとの事で、話し相手も兼ねて私が招かれたという次第なのです。
「先日、御屋敷の土蔵で珍しい品物を見つけたのですよ。英里奈御嬢様に是非とも御覧頂きたく存じ上げまして。」
「は、はあ…」
移動の間を繋ごうとアレコレ話題を提供させて頂いたのですが、英里奈御嬢様は震える御声で生返事をされるばかり。
先が思いやられますが、後は成るように成れで御座いますね。