第1章 「女子大生メイドが見つけた幻灯機」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
執事を務める父の紹介で、生駒様の御屋敷に御奉公するようになってから、早くも3ヶ月。
この白庭登美江、今ではメイド服も板に付き、「堺の建て倒れ」の模範例と称される生駒様の御屋敷も、実家のように馴染み深く感じられるようになりました。
しかしながら、御屋敷の蔵へ立ち入るのは此度が初めて。
この登美江には鹿鳴館大学での学業も御座いますので、4月に行われました蔵の整理と虫干しには、御力添え出来かねたのです。
それ故に、此度の蔵への立ち入りを指折り心持ちにしていた次第なのでした。
-御屋敷の全ての領域を熟知してこそ、真に生駒様の忠臣たる資格を得られる。
それは勿論ですが、戦国の世に名高い家宗公の末裔にして華族様であらせる生駒様の蔵に眠るは、由緒正しき歴史的な品々のはず。
その逸話に触れられると考えるだけで、武者震いがしてくるのでした。
「そろそろ掛け軸を夏物に改めませんとね。良い機会ですから、登美江さんにも当家の蔵を御案内致しましょうね。」
私の武者震いも、知ってか知らずか。
奥方であらせられる真弓様は、掛け軸を携えた私に眩い微笑を投げかけられるのでした。
分厚い扉を開けて足を踏み入れた、白塗りの土蔵。
その薄暗い室内には、書画骨董に古びた桐箪笥といった、歴史と風格を感じさせる品物が所狭しと並んでいたのです。
「これからの季節は、風光明媚な上高地の軸が涼しげですね。」
しかしながら、そこは勝手知ったる家人の強み。
真弓様はテキパキと数幅の軸を広げ、目当ての品を取り出されたのでした。
「さて、登美江さん?せっかく蔵へいらっしゃったのです。何か御質問は御座いまして?私の答えられる範囲でしたら、謂われを講釈させて頂きましてよ?」
物珍しそうに左右を見回す私の素振りが、相当に滑稽だったのでしょう。
私を御覧になる真弓様のお顔には、苦笑染みた微笑が浮かんでいたのでした。
「それでは真弓様…畏れながらお伺い致します。あちらの機械は、どのような用途に用いられるのでしょうか?一見すると、映写機のようですが…」
そうして私が指差しましたのは、年代を感じさせる角張った黒塗りの機械なのでした。
先端のレンズから、それが撮影か映写に使われる事だけは確かなようですけど。
「ああ、何かと思えば…これは極々初期の幻灯機。言うなればスライド映写機ですよ、登美江さん。」
真弓様が仰るには、鹿鳴館大学の前身である女子師範学校で、明治から大正にかけて用いられた教材用との事です。
生駒様は鹿鳴館大学の理事を御務めなので、今日では使われなくなった備品類も記念として残していらっしゃるのですね。
「登美江さん、確かフィルム映写機の免許はお持ちでしたよね?」
「はい、奥方様!16ミリフィルムの免許でしたら御座います。市立図書館主催の公開講座で、昨年の夏休みに取得致しました。」
こうは申したものの、社会勉強も兼ねて気軽に取得した免許であり、その後は映写機に触れる機会もなかったのですが。
「登美江さん、物は相談で御座います。英里奈さんのために、その幻灯機を上映しては頂けないかしら…?」
先程までの饒舌さが嘘のような、歯切れの悪い奥方様の御言葉。
「英里奈御嬢様…ですか。」
それに応じる私の声も、奥歯に物が挟まったようになってしまったのです。
「英里奈さんも登美江さんにでしたら、多少は心を開かれていますし…」
かのように奥方様に仰られては、この登美江と致しましても承るより他は御座いません。
生駒家における私の職務には、英里奈御嬢様の話し相手としての役割も含まれているのですから。