元勇者、学院に入学する
三週間ほど経ち、ヘリヤル剣術・魔術学院の入学式が行われる日になった。入学者選抜試験を突破した精鋭たちが、学院門の前で喜びや期待と緊張の表情を浮かべている。全員、白と黒が調和した色合いの制服を着ている。
白は魔術を、黒は剣を表しているらしいが、本当のところはよく分かっていない。ただ「なんか格好いい」という理由で、何十年も制服のデザインは変わっていないらしい。
いわゆる『コミュ強』と呼ばれる生徒たちは、すでにいろいろな人に声をかけて回り友達作りに励んでいる。が、誰一人として壁に寄りかかっているレイとスタルには声をかけない。目に止まってすらいなきように見える。
「学院長にすら声をかけないというのは、中々腹が据わっているのかい、ロット?」
「まさか。君や私が気配を消しているなら気がつかなくても仕方ない」
「それもそうだな。そういえば……」
他愛もない話をして、入学式の開始まで時間を潰す。およそ二十分ほど経って、新入生が入学式場である体育館に入っていく時刻になった。
「じゃあな、また後で」
「あぁ、そういえばレイ。入学式の途中で『推薦入学生』として紹介させてもらうぞ」
「……そんなこと聞いてないけど。」
「まぁ、そこまで大したことじゃない。また後で」
「おいおい……」
大昔から人前に立つのが苦手だったレイは、頭に手をやりながら体育館に入っていった。
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「では次に、推薦入学生の紹介です。Sクラス生アリス=イプシロン、レイ=アルファ、ユーリ=デルタ。以上三名は、壇上に上がってください」
アリス、ユーリと呼ばれた二人が立ち上がり、壇上へ上がっていく。レイはどこに行ったらいいのか分からず、座席の前に立ったままだ。
「レイ=アルファ君、壇上に上がってください」
もう一度声がかかって初めてレイは壇上に小走りで向かう。小走りとはいえ、座っているほとんどの生徒たちから見たら瞬間移動をしたように見えただろう。レイの動きが速すぎるのだ。
「壇上に立っている三名が、今年の推薦入学生です。三名、レイから順にそれぞれ自己紹介を」
拡声器のような機械を渡されて、レイは硬直する。練習も何もせずに人前に立つのが実に四百年ぶりくらいなのだから、仕方ないかもしれない。
「……えー、レイ=アルファです。仲良くできたら嬉しいです。よろしくお願いします」
なんとか噛まずに自己紹介を終えたレイは、ぎこちない動きでユーリに拡声器を渡した。
ユーリとアリスの自己紹介が終わり、三人は壇上から降りて座席に着く。座ったレイは大きく息を吐いた。物事の中で一番苦手なスピーチを、どうにか無事終えられたことからすでに疲労を感じ始めていた。
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入学式も無事終わり、それぞれの教室は移動する。レイや他の推薦組は、最上位クラスのひとつである『剣術科Sクラス』に籍を置いているらしい。
「あー、私が剣術科Sクラス担当のマクセルだ。今年一年間よろしく」
スーツもネクタイも、髪や雰囲気までくたびれている三十過ぎの男性教師が、教団の上に立って話を始めた。ほとんど全員が少し緊張した表情で話を聞いている。
「じゃあ早速、自己紹介だ。推薦組は一年生全員の前で自己紹介をしているが、もう一度よろしく」
次々と生徒たちが前に立ち、名前や出身地と剣術の流派を言っていく。レイにとってほとんどの流派名は聞いたことがなかった物なので、おそらくここ数百年内にできたものなのだろう。
そのうち推薦組の一人、アリスの番になった。
「アリス=イプシロン、出身は北西のガライアという田舎街です。朱雀流という剣術を父から習ってました。よろしくお願いします」
パチパチとまばらな拍手が起こる。レイも拍手をする。朱雀流は、数百年前にも聞いたことのある名前だったからだ。古き良き時代の剣術というものが、ひょっとしたら含まれているのかもしれない。
そう思ったレイは、自己紹介を終えたアリスに話しかける。
「また後ででいいんだが……朱雀流の剣術を見せてくれないか?」
「……レイって名前だったかしら? 剣の大会などで好成績を収めた有名人ってわけでも無さそうなのに、なんで推薦入学してるの?」
「それは色々な伝手が……」
「怪しいわね。普通の同級生なら見せてあげるけれど、実力があるかどうかもわからない人には見せたくないわ。見たかったら決闘をしてその最中に見るのがいいわ。まぁ決闘なんてあなたはしないでしょうけど」
「決闘したら見せてくれるのか。じゃあよろしく頼む」
「はぁ? ……分かったわ。じゃあ放課後、居残りしてて」
「ありがとう」
そんな会話をしているうちに、自己紹介はレイの番になった。レイは前に立ち、話し始める。
「レイ=アルファ、出身地は秘密です。剣術は特に無く、究極拳という拳法の一種として使ってます。よろしく」
拍手は何も起きなかった。やはり怪しまれているようだ。
そんなこんなで自己紹介も終わり、放課後になる。朱雀流の剣術を見られると思うと居ても立っても居られなくなったレイは、教室内をウロウロとしながらアリスが来るのを待っていた。
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