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 夫の変化に気付いたのはいつ頃だっただろうか。


 王太子である夫のイーサンは多忙で、公務や議会、あちこち視察へ行ったり来賓を歓待したりと目まぐるしく過ごしている。

 公務には王太子妃である自分も同行することが多い。外ではいつもと変わらず精悍で、笑顔で市民に手を振り、的確な発言をする。何も変わらないように見える。


 問題は私的な空間での変化だ。

 元々、比較的寡黙だった彼の口数がさらに減り、なんだか考え事をしているのか上の空、ため息を吐き、明るい表情が減った。

 寝る前に寝室で他愛もない話をしてから眠りにつくのが常だったのに、最近は二言、三言話しただけでお終いだ。明かりを消しても、どうも眠るまで時間がかかっているようだ。

 それに、それまでは夜会などでソフィアが正装すると甘い目で見つめてくれたのに、今ではなんだか素っ気ない。無口な夫は美辞麗句で褒めることはしなかったが、その優しい目で見つめられると、自分が愛されていると感じることができたのだ。


 本人に体調が悪いのかどうか確認したが、何もないとの一点張りだ。定期的に医師団による検診も受けているが、健康面での懸念はないようだ。


 ソフィアは一つの結論に達した。


 夫は自分に飽きてしまっている。



 夫と結婚して十年以上が経ち、王子一人、姫二人に恵まれた。三人の子供を産み育て、子どもたちが手のかかる時期を過ぎたが、妻業よりも母親業に傾いていたことは否めない。

 子どもを産み、歳を重ねた。もう若い頃のような肌の張りはないし、体型も昔ほどのメリハリはない。同じように夫も、体型が緩み、人より早めに髪の生え際が後退してきているが、自分は変わらず愛している。

 王太子妃として出来るだけ美しくあるよう心がけ、公務もしっかり務めてきたつもりではあるが、夫はまだまだ男盛りだ。ひょっとするともう自分を女としては見られないのかもしれない。


 この国では王族の公妾の存在は認められている。しかし公妾を持つ王族は現在いない。現段階で世継ぎ問題は無いし、みな恋愛結婚だからだ。


 そう、恋愛結婚。イーサンとソフィアも恋愛結婚だった。


 出会ったのは十代の頃、王宮のお茶会だった。

 イーサンは当時の王太子の子の中で長子のため、将来王太子、さらに国王になることを見据えて、婚約者探しのため様々な令嬢と会っていた。

 ソフィアは小さな伯爵家の出身で、身分としては少々足りていなかった。しかしイーサンと非常に話が合い、恋をし、イーサンに望まれ、結婚に至った。


 思えば出会ってから大きな問題もなく、とんとん拍子に結婚している。秘密の恋人もいなかったし、他の令嬢から意地悪されることもなかったし、婚約破棄に至るようなトラブルもなかった。

 結婚後はすぐに子どもに恵まれた。嫁姑問題は皆無だし、やはり秘密の恋人や隠し子は出てこない。気付いてないだけかもしれないが。


 夫は順風満帆すぎるこの結婚生活に飽きているのではないか。または他に好きな人ができてしまった?

 他の女性の元へ行かれるくらいなら、自分が公妾を勧めた方が良いのだろうかともソフィアは考えたが、それは惨めすぎると思い、やめた。


 解決のための方法は一つだ。

 もう一度、夫に自分を好きになってもらうのだ。



 ♢



「惚れ薬を作って欲しいの」


 ある日の夕方、ソフィアは自室で王宮魔術師のオリヴィアを前にしていた。

 オリヴィアは義妹である末姫リリア付きの魔術師だ。突拍子もないことをしては誰かしらに叱られているが、魔術師としては優秀だと聞いている。いつも王宮内をふらふらしているため、捕まえて自室に引っ張り込んだのだ。


 オリヴィアはソフィアの言葉に眉を寄せた。


「妃殿下、不貞行為はちょっと…」

「ふ、不貞行為に使うのではないわ、イーサンに飲ませたいの」

「えっ、夫婦仲に問題が?それなら精力剤の方が良いのでは?」

「そうではなくて…」


 ソフィアはオリヴィアに事の成り行きを話した。


「…だから、そもそも私に興味を失ってしまっているなら精力剤じゃなくて、惚れ薬じゃないとダメだと思うのよ」

「妃殿下の方向性が若干間違っているようにも思いますが、とりあえず理由は分かりました…、が、この話、私を指名されたということは、師団長には話さない方がよろしいのですよね?」


 師団長とは、オリヴィアの上司の王宮魔術師団長のことだ。国王夫妻や王太子夫妻に関する魔法関連の仕事は王宮魔術師団長が対応することが多い。だが、王宮魔術師団長は驚くほどの美丈夫で、この国一番の魔術師だ。とてもこのような私的なお願いをすることはできない。

 失礼だがオリヴィアのような若干常識外れの魔術師なら引き受けてくれるのではと期待したのだ。彼女は同性だし、自分の気持ちも理解してくれるかもしれない。


「そうね、あなたに個人的にお願いしたいわ」

「…分かりました。ただし交換条件です」


 ソフィアは身構えた。なにを要求されるのだろう。ソフィアが実家から持参したものは少ない。なにせ小さい伯爵家だったのだ。いまは宝飾品を身につけることも多いが、基本的には国のものだ。オリヴィアに渡せそうな資産はない。


「いいわ、あげられそうなものが何もないけど出来ることなら」

「今度、王族や王宮内に出入りしている子どもたちを集めて、どんぐり拾い大会をしようと思ってまして」

「は?」


 予期せぬ単語が出てきて一瞬認識できなかった。どんぐり拾いと言っただろうか?


「それで、その大会でスターターをして頂けませんか?」

「す、スターター?スターターってなにするのかしら?」

「大会の開始を合図するんです。ヨーイドン!って」


 ソフィアは拍子抜けしてしまった。金品を要求されるかと思ったのに。しかし合図をするくらいなら簡単だ。


「そのどんぐり拾い大会が公序良俗に反しないなら構わないわ」

「決まりですね。惚れ薬は一週間くらいで出来るので少々お待ちください」


 よく分からない仕事を請け負うことになったが、とりあえず惚れ薬を入手することはできそうだ。ソフィアはほっとし、長椅子に深くもたれかかって息を吐いた。



 ♢



 それからちょうど一週間後にオリヴィアがソフィアを訪ねてきた。オリヴィアは黒いローブの中からとても小さな瓶を取り出し、ソフィアの前に置いた。


「これを対象に飲ませてください。飲み込んで一番始めに目にした相手を好きになります」


 瓶は茶褐色で中身の色はよく分からない。瓶を振ってみると、若干とろみがあるように見えた。


「どんな味がするの?」

「さあ、私は試したことがないので分かりません」


 それもそうか。ソフィアは苦笑して小瓶をそっとハンカチに包んだ。


「ありがとう。効果はどのくらい持続するの?」

「三日ってところでしょうか」

「意外と短いのね」

「その三日は劇的に相手のことを好きになります。一度強烈な好意を自覚すると、薬の効果が切れた後もその好意を思い出すことで、引き続き好きだと錯覚するんです。ですから薬の効いている三日で様々な思い出を残させるとより効果的です」

「分かったわ」


 重要な三日だ。ソフィアは頭の中で今後の予定を考え始めた。

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