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無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*  作者: 夢乃
第4章【ステージ1.5/サチ&リョウ】
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第93話【凡人と凡人と凡人】

 八柳はその表情を戦闘態勢に切り替えた。凛とした雰囲気から、誰も近づけない鋭い雰囲気へと変貌する。そして『ムエタイ』と言う格闘スタイルを取った。


 両手で顔面を守り、鋭い蹴りが出せるように左足を少し前に出している。


 リョウとトオルは喧嘩を回避するために色々と言い訳を並べているが、その言葉が八柳に届くことは無かった。一歩踏み出された跳躍力は想像を超えており、気付いた時にはトオルの目の前に現れている。


「うっそだろ!?」


「本気出さないと……殺すよ?」


 八柳の右ストレートをトオルは倒れ込んで回避する。そして八柳の空を切った右ストレートは、鞭を振るったように『パチン!』っという破裂音が響く。倒れ込んだトオルは体中を震わせながら、両手両足を蜘蛛のように動かしながら後方へと避難する。


「死ぬって、これは死ぬってば!?」


「トオル! 逃げんぞ!!」


「――逃がすわけないよね?」


 リョウはトオルの手を握り、屋上の出入口扉まで足を進めようとしたが、リョウの目の前を八柳の綺麗な足が塞いだ。そして体勢が崩れたリョウの顔面に右フックが襲う。


 綺麗な円を描くように繰り出される拳をリョウは左腕で受け止めようとしたが『バキ!』っという骨が折れる音と共に背後へと飛んで行った。


「ガァァァアア!! いってぇ……完璧折れた……これ!」


 上半身を丸めながら、折れた左腕に視線を向けて青白い表情を浮かべる。両足をジタバタさせながら、左腕があらぬ方向へ曲がらないように抑え込む。


「ちょっと弱すぎない? 本当に君たちが男子トイレを壊したの?」


 つまらなそうな表情を浮かべながら地面に倒れ込んでいるリョウを見下していた。そんな八柳に怒りを覚え、トオルが殴りかかろうとする。


「調子にのんなよ!!」


「――……はぁ」


 トオルの拳が八柳に届くことは無かった。何度も繰り出される拳を(未来予知でもしているんじゃないか?)と疑いたくなるほど避けられる。挙句の果てに、少し片足を前に出されただけでトオルはバランスを崩して倒れ込んだ。


 そしてトオルの顔を踏みつけながら八柳の筋肉が収縮していく。

 そこに立っている八柳は、普通の美少女に戻っていた。


「ごめんね。私の勘違いだったみたい……もう帰っていいよ? そしてゾンビに食い殺されて死ね。正直、今の君たちにこの学校でやってもらえることは少ない。強いわけでもなければ、勉学が出来るわけでもない。――それに負け犬根性が見て取れるわ」


 そんな八柳の言葉に、リョウとトオルの視線が鋭さを増す。

 リョウは折れた左腕を垂らしながらゆっくりと立ち上がり、トオルは踏む付けられている八柳の足首を握りしめた。


「俺については否定しねぇ。トオルの悪口を訂正しろよ、クソ野郎」

「俺が馬鹿なのは理解してんだよ。リョウを馬鹿にすんじゃねーカス野郎」


「「――殺すぞ?」」


「うふふ。私そういうの大好きだよ? 惚れちゃうな」


 頬を赤らめながら優しい笑みを浮かべる八柳に、リョウとトオルの目が見開かれる。

「「俺ならいつでも!!」」


「おい、トオル! 今の言葉は俺に対してだろ!?」

「違うね。絶対俺に対してだ!」

「ふざけんなよ。お前はモテモテだろうが、俺に譲れや」

「八柳先輩ほどの美少女を譲れるか、馬鹿だろお前!? この体勢でエデンが広がってんだぞ!? こんな天国をお前は知ってるか?」

「トオル――(下着が)見えてるのか?」

「あぁ」

「色は?」

「(ブラジャーと)同色だ」


 騒ぎ立てるリョウとトオルにため息が漏れる。

「これだから男は……口先だけの人間は嫌い」


「「ふぅ、分かってるよ」」


 リョウは真面目な表情に戻り、拳をゆっくりと構えた。しかし、その表情には曇りの色が見える。自分の手に付いているメリケンサックに視線を移して、本当に殴っていいのか考えていた。


――下手すると、八柳先輩をガチで殺しちまうぞ……


「リョウ、やるのか?」

「仕方ないだろ……それに俺の拳なんて避けられちまうよ」


「何の相談かな? ――君が私に勝てるとは思えないけど?」

「やってみないと分かんねーぞ? ――八柳先輩」


 八柳は踏みつけていたトオルを解放して、腹部に鋭い蹴りを入れた。トオルは「ガハッ!?」っと血反吐を吐きながら出入口扉の辺りまで転がり回る。体中を丸めながら、呼吸を激しくさせていた。


 そしてゆっくりと八柳はリョウに近づく。


 腕周りの筋肉が膨らみ、構えられた拳に冷や汗が止まらない。八柳を一通り見渡すが、お手本を眺めているような綺麗なフォームだ。どこに拳を叩き込んでも、全く勝てるビジョンが沸いてこない。


 そして一歩から踏み出される跳躍力は鋭さを増しており、残像のようにおぼろげな姿が目の前に現れる。左肩に回し蹴りを入れられ、重力に逆らうかのように体中が半回転していた。そして頭部からコンクリート地面に落下する。


「うぐっ! ――はぁはぁ、化け物かよ」


 左腕は完全に使い物にならなくなっている。額からは血が滲み出ており、視界がぼやけ始めていた。眠気が全身に広がり、あと一撃でも食らえばあの世に行ける自信がある。


「私程度で化け物になれるなら、この世界は化け物だらけだよ。国宝を持った『神月家』を知らない子供はお気楽だね。川村家だって、肉体的な力は無いけど――化け物級に頭が回る連中ばっかりだし、上には上がいるんだよ。そこに私のような凡人はいない」


「金持ちお嬢様も苦労してんのな。俺らみたいな馬鹿じゃ分からない世界だ」


「お前程度の人間に理解されてたまるか、だよ。モルモットにされた動物を周りの化け物は『哺乳類』と別種する。こんな醜い姿になりたい乙女がどこにいるかって話だ。行きたくなくてアヴァロンタワーから逃げたけど、今回だけは後悔してる」


「意味わかんねー。それが今とどんな関係があんだよ」


「ただの愚痴だよ」


「なるほど、納得だ!!」


 勢いよく立ち上がったリョウは、固く握りしめられた拳を伸ばす。

 右腕が綺麗に伸び切り、その拳が八柳を襲った。


「!?」


 そして八柳の脳内に警報が鳴り響く。

 とても嫌な予感がして、その拳から大きく距離を取った。


 全身が逆立つような、寒気が通り過ぎる。


 そしてリョウの拳から放たれたストレートは、八柳を柵まで吹き飛ばすほどの暴風となってリョウの周りに吹き荒れた。見えない風の塊がトオルを通り過ぎて、その背後に設置されている屋上の出入り口付近をぶっ壊す。


 綺麗に大穴を空けた屋上の外壁は、三階に降りて行く階段の一部を削り取っており、その破壊力にリョウとトオルは口を大きく空けながら驚愕する。


「「嘘でしょ!?」」


 そんな光景に、柵まで吹き飛ばされた八柳は呆気にとられたように黙って膝を付いた。太さを増していた両腕は元に戻り、馬鹿げた破壊力に苦笑いが漏れる。


「はは、どっちが化け物だって話だね。――リョウ君とトオル君だっけ? えっとね、とりあえず降参かな。これじゃあ、私の命がいくつあっても足りないよ」


 両手を上げて太ももを地面に接触させる座り方が可愛らしい。灰色のポニーテールが風でなびいており、こんな暗闇じゃ無ければ撮影会が始まっていただろう。八柳は不良に負ければ自分が何をされるのか理解していた。


 恥辱を受ける覚悟をしており、少しだけ体を小さくする。


 しかし――


「リョウ!! てめぇ、やっぱり俺を殺す気だろ!?」

「違うんだって、こんな威力だと思わないじゃんか!」

「今すぐ殺してやる! そのメリケンサックを外せ!」

「外れねーんだよ。知ってんだろ!?」

「なら、その両腕を切り落とせ!!」

「ふざけんなよ。何もできなくなるじゃねーか」

「俺の命を二回も刈り取ろうとしたんだ! そのぐらいはいいよなぁ!?」


 出入口扉の上に上がるための階段が壊れており、その階段の一部を鉄パイプ代わりにトオルは握りしめた。そしてリョウを追いかけまわす。


「ぶっ殺してやる、この連続殺人未遂野郎!!」

「それは今のトオルだろうが!? 待てって、片腕が折れてんだぞ!?」

「知るか! 俺も脇腹が折れてるっての!」


 リョウとトオルが大喧嘩を始めてしまい、八柳は蚊帳の外である。魅力的な美少女が今なら何でもしてくれる状況だったのに関わらず、そんなことは『どうでもいい!』とでも言うようにバカ騒ぎを始めた。


 八柳は少しだけ頬を膨らませながら、肩の力が抜けていく。

 そしてポツリと一言だけ口が動いた。


「これだから男は……――嫌いになれない」


■□■□


読んでいただきありがとうございます。

私はこういった人間関係が大好きで、男同士は馬鹿が一番!!

そしてそんなバカ騒ぎを羨ましく思う異性が、とても魅力的に感じてしまう!


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