第91話【パンデミックと生徒会長】
【4月6日(火曜日)/13時00分】
リョウは目を覚ました。街中から警報などが鳴り響き、屋上の出入り口から生徒たちの落ち着かない声が聞こえたからだ。ゆっくりと起き上がり、すでに状況を理解しているトオルが驚愕した表情を浮かべながらグラウンドの方を見ていた。
「起きてるなら起こしてくれよ」
手元に置いてある学生カバンからスマートフォンを取り出し、電源を入れて時間だけ確認した。しかし手袋を着けているためか、画面をタッチしても反応が無い。
どうやら4限もサボってしまったらしい。
「それどころじゃ、ない……何だよ、これさ」
「はい? さっきからマジな顔して、何見てんだよ。それより何でこんなに警報が色々な所から鳴ってんだよ? やばいだろ」
リョウは訝し気な表情を浮かべながら、トオルへと近づく。先ほどから街中に流れている警報がうるさい。睡眠不足だった為か、こんなうるさい中で良く寝られたなと、自分を褒めてやりたい気分だ。
しかし、その余裕はグラウンドを見た瞬間に消える。
「は?」
グラウンドの真ん中で複数の生徒が両手足を縛られていた。そしてミミズのように体中をくねらせながら暴れ回っている。口から大量の血を流している生徒もおり、その周りには複数の生徒と校長先生たちが囲っていた。
どう見ても学校じゃありえない光景。
教師たちは、それを止めるどころか容認しているように見える。
「トオル、どういうことだよ? これって完全に体罰だろ。いいのかよ、下手すりゃ逮捕されんぞ」
「いや、体育教師の岡田が授業中に学校外の奴と言い争いを始めたんだ。そしたら岡田がいきなりそいつに噛まれて、首から血を流しながら暴れ出したんだよ」
「いや、ゾンビじゃねーんだからあり得ないだろ」
(モブAのことか、あれ……岡田って名前なのか)
リョウがそういった瞬間、青白い表情を浮かべながらトオルが胸倉を掴んできた。今まで、こんなに真剣な表情を浮かべたトオルを見た事が無い。
「その、あり得ないことが今起きたんだよ! グラウンドにいた生徒達が噛まれて、みんな暴れ出した。俺らのクラスだよ。体育の授業を受けてたら、俺らもあそこにいたかもしれない」
トオルの激しい感情についていけない。見ている光景も教師たちが生徒に体罰を行っているようにしか見えず、街中で鳴り響いている警報が思考を阻害する。
「しっかり説明してくれよ。俺は今起きたばっかりなんだ」
「あ、あぁ、悪い。気が動転してた」
そう言ってトオルは、リョウが寝ている間の出来事を話してくれた。
どうやらトオルは4限の授業中に目を覚ましたらしく、自分のクラスが受けている体育の授業を屋上から見ていたらしい。高みの見物という奴だ。その途中で学校中を囲っている柵に何度もぶつかってくる怪しい人物と口喧嘩になったそうだ。
本当に口喧嘩になったかは知らないが、トオルから見た感じではそうだったらしい。そして街中から警報が鳴り響き、それに動揺した体育教師の岡田が首元を噛まれて大量の血を噴き出して倒れた。
それを見た男子生徒が何人か職員室へと走っていき、その場に残っていた生徒が倒れたはずの岡部に襲われ、ゾンビのようにグラウンドで暴れ出した。
「それで、先生たちがその争いを止めたのか?」
「いいや、生徒会長の【八柳後生】さんが止めた」
その言葉にリョウは目を見開く。名前を覚えるのが苦手な自分ですら、その名前だけはしっかりと覚えていた。この学校の生徒会長であり、八柳と言えばこの辺りをまとめている有名な家柄だ。
生徒たちの間じゃ【八柳家】の次期当主様なんて、現代人では考えられないような呼ばれ方をされている。いくつかあり得ない武勇伝を聞いたことがあるが、信じている人間は少ない。
「あの人が強いって噂は本当なんだな。で、そんな大事件が起きたんだろ。警察はどうしたんだよ?」
「来ない」
青白い表情を浮かべているトオルがポツリとこぼした言葉。リョウは何となく状況を理解してしまい、視線を上げて屋上から街全体を眺める。
「――……まさか、そんな」
所々でキャンプファイヤーのように大火事が起きており、火が上がっていた。そして上空を飛び回る黒い人影。警報で気付かなかったが、耳をすませば色々な場所から叫び声が聞こえる。
なんですぐに気が付かなかったんだと言いたくなるような光景。
熱意リョウは生れて初めて、絶望した表情を浮かべる。
「鈍すぎるって、リョウ。逆に聞きたいんだけど、これからどうする?」
「どうするって、どうしようもないだろ!」
「じゃ、このまま死ぬか?」
「いや……、トオルはどうすればいいと思う?」
「鈍いなぁ。実は、生徒会から全校生徒にバリケードを机や椅子で作るよう指示が入ってんだよ。校内放送で……、俺はその指示を無視してここにいる。生きるためにな」
「どういうことだ?」
「俺らには隠し玉があるじゃねーか。それがあれば、生き残れる」
リョウはハッと肩を揺らしながら、トオルと共に自分の右腕に付いている手袋に視線を向けた。そして、少なくない苦笑いが互いに漏れる。
「――嘘だろ?」
「リョウはまだ、あの惨状と殺戮現場を見てないから分からねぇかもしれないが、冗談は言ってない」
「人を、殺すのか?」
「それは、リョウに任せるよ。ただ、俺としてはそうせざるおえないと思ってる。現に、八柳さんは体育教師の岡田を縛り上げたうえに、教師の車をパクって引き殺した。笑いながらぐちゃぐちゃの死体を生徒会室に運んでる」
「いや、サイコパスかよ」
「思い出すだけで吐きそうだよ」
リョウは膝をついていて嘔吐を我慢するトオルへ視線を向けた後、街全体を見ながら、もう一度トオルへと視線を向けた。そして嘘を付いていないことを確認しながら、空を見上げてため息をこぼす。
「――嘘だと言ってくれ」
目を覚ましたら世界が終焉を迎えてた。そんな馬鹿でも信じないような光景に、現実味を感じない。半分夢の中にいるような気分だ。
どうやって縛り上げたのか分からない生徒達が、教師たちによって雑に柵から投げ捨てられる光景を目にしてなお、いまだに分からない。数分前まで普通の日常が映り込んでいた世界は、すでに消えていた。
ただ、俺の表情は絶望している。この世界にたいして。
■□■□
【4月6日(火曜日)/15時00分】
八柳後生は生徒会室の壁に貼りつけられた体育教師の岡田を見ながら、その灰色の髪を揺らす。ぐちゃぐちゃの肉体を釘で打ち込み、いまだに指や足や瞳が活動している姿に、少しだけ感心していた。
「すごい。まだ生きてる……それに、少しずつだけど体が治ってる」
まるで宇宙人を見るような視線だ。机の上に置かれた釘を手に取り、その先端を岡部の瞳に向ける。そしてまた、頷きながら賞賛の言葉を口にした。
「すごい、凄すぎるよ! 反射神経が麻痺してるのか、全く釘の先端に動揺してない。これがお父様の言っていた人類の進化って奴かな? しまったなぁ、こんなことなら言う事を聞いて、アヴァロンタワーに行っとくんだったよ」
ゾンビの心臓に釘を打ち込み、血しぶきを浴びながら肉体をいじくり回す。どうやら視覚は生きているようだが、それ以上に音への反応が大きい。ゾンビ達がこの学校に集まらない理由が何となく分かり、窓を開けながら街中で鳴り響く警報の音に不敵な笑みを浮かべた。
「音の鳴るほうへ、って奴かな」
そこへノックがかかる。
「どうぞぉ」
しかし扉はなかなか開かず、ため息交じりに自分で扉を開けた。
「どうしたの、そんなに震えちゃって? ――副会長」
そこには恐怖で下を向いた女子生徒が立っていた。ガクガクと震えながら手に持っている資料を落して、涙目になりながら廊下にへたり込む。八柳は優しい笑みを浮かべながらゆっくりと腰を下ろして、副会長と共に資料を拾い集めた。
「バ……バリケードの配置が……完了しました」
「そう、ありがとう。それじゃ校内放送で、学校外への出入りの禁止とゾンビが音に反応するってことを伝えておいてくれる? 校舎にゾンビが入り込んだら、避難場所は第一体育館。教師は生徒たちをクラスごとにまとめるように、指示を出しておいて」
「わ……分かりました」
「それじゃ、私は校長室に向かうから」
「その、八柳さん」
「ん?」
「スカートが、破けて……ます」
「あら? ありがとうね、副会長。あと少しで下着を見せつけながら校内を徘徊する変態になる所だったよ。ゾンビと争ったから、少しだけセクシーな感じね」
「は、はい」
その場でスカートを脱ぎだして、生徒会室の隣に設置された物置部屋から入学希望者に見せるためのサンプル制服を取り出し、それを着た。血痕が付着した上着は特に気にせず、長い髪を縛りながらポニーテルにする。
その気高い姿と豊満な肉体は、八柳後生と言う一人の女子生徒の人格を覆いつくす。しかし、それは昨日までの話だ。
調子に乗って校長の自動車を盗んだ挙句に、それで岡部を引いたのはやりすぎだったか。しかし、そのおかげで反抗的な生徒や使えない教師を動かしやすくなった。しかし、圧倒的に武力が足りない。
この学校で隠れた何かを持つ人物を私は探している。
この世界が可笑しくなったのは12時になってからだ。という事は男子トイレで起きた事件から3時間近く経過している。男子トイレで起きた事件と、この世界で起きているパンデミックは別件……のはずだ。
男子トイレに出来ていた拳の跡。
綺麗に拳の形で壁が削られており、人間が生み出した物とは思えないが、それでも確信して言える。この学校に何らかの力を持った生徒がいるはずだ。
「その生徒にこの学校を任せながら自由に動けるのが理想なんだけどな。男子トイレって事は、男子なのは確定なんだけどね……それにあんな事をしたんだから、多分授業はサボってる」
「な、何のことでしょうか?」
「副会長、放送が終わったらクラスごとに欠席した生徒の名前を洗い出しておいてくれない?」
「何故、ですか?」
「――ふふ、私達が生き残るためよ」
「は、はあ……?」
そして八柳はゆっくりとその足を校長室へと向けた。学校中の窓や通路はこの数時間でほとんどが通れなくなっており、一部の出入り口のみが使用可能な状態である。学校中を囲っている柵も一部の生徒達によって監視されていた。
それはまるで要塞国家のようで、喧嘩が大好きな男子生徒には乱用しないことを約束に刃物も渡している。それでも問題を起こした生徒には、プールサイドでの水攻めがこっそりと行われていた。
すでに生存者の生徒を二名殺してしまったが、慣れない拷問はどうやら難しいらしい。元々喧嘩や争いごとが大好きな連中の集まりみたいな場所、郷に入っては郷に従えである。
恐怖は最速で状況を立て直すには最適な手段なのだから。
読んでいただき、ありがとうございます!!




