第90話【世界の真理】
【4月6日(火曜日)/12時00分】
それは一瞬の出来事だ。東京が気付いた瞬間には血の海に変わり、生まれてくるゾンビ達がアバロンタワーへと終結する。そしてアバロンタワーの頂上から地上へと降り注ぐ『生命の実』がゾンビ達へと注がれた。
ゾンビの皮膚は膨れ上がり、肉体は再生と進化を繰り返す。そして生まれてくる新たな化け物達はそれぞれの肉体を宿し、東京の新宿を中心に黒一色の世界へと変わる。
そんな光景をアイリス・時雨は、アバロンタワーの最上階から眺めていた。
手を叩けば化け物達は少しずつ消えていく。正確には、転送されていく。
その部屋は高価な装飾が施されており、整えられた家具が生活水準の高さを物語っている。ピアノでモーツァルトが作曲した『トルコ行進曲』を引きながら、ゾンビになっていない施設内に潜んでいた人間の叫び声を想像しながら演奏し続ける。
リズミカルに流れる明るい歌と、それに合わせるように叫び出す人々。この演奏をしている間は、世界と一つになった感覚に溺れていく。
「やぁ、アイリス。随分と楽しそうじゃないか?」
アイリスは中途半端なタイミングで演奏をピタリと止める。そして首を横に曲げながら出入口扉を眺めて、数秒ほど真顔で見つめられたのち、満面の笑みを浮かべた。
「あらあらあらあら、GODじゃない?」
白髪の少年は優しい笑みを浮かべながら「演奏を止めてしまうのかい?」と口にする。アイリスは呆気にとられた表情を浮かべながら言い放った。
「ただの暇つぶしよ。音楽は歴史が長いだけの娯楽」
「どうやら僕はアイリスのことが苦手らしい。音楽は素晴らしい、過去から現在――人類が誕生した瞬間から存在する音の世界の可能性さ。そして君らしい男性のチョイスと言える。モーツァルトは優れた才能を持っており、それ故に傲慢な部分も見え隠れしていた」
「遊びに行くのは構わないけどさぁ、あんまり歴史をいじらないでよ?」
「僕は第三者として見続ける亡霊だよ?」
「あなたは私の大切な物の一つなのよ? 勝手に遊んで、勝手に死んで、勝手に消えたりしないで頂戴ね? 私は他人から奪われるのは大っ嫌いだけど、他人から奪うのは大好きなの。そんな絶望した相手を見るのはもっと好きよ。だからこうやって私は歴史的な曲を演奏することで、その人間の努力を一瞬で奏でることが出来る」
「傲慢な考えだね。死んだお母様も同じことを言っていたのかい?」
アイリスの表情が形相へと変わる。
「っち、ムカつく女の話をして、私の耳を汚さないで!! あいつは最後の最後で私の願いを手に入れておきながら、それを焼き捨てた。神の領域に至ることが出来る人間でありながら、それを捨てる馬鹿よ」
「酷いことを言う。シンヤには会えるんだろうか?」
「誰よ、それ? あぁ~あの凡人君ね。死ぬと思うけど、ギリギリ会えるんじゃない? 私は全く興味ないけどね。母親譲りかしら?」
「それならいいさ」
「あなたと桜井ナナはもう手に入ってる。まぁ、計画の保険ね……後は、道徳カイトと皆音カオリが手に入れば、私の計画は全て整うわ。ただ、唯一の欠点はカオリちゃん……あの子がこの世界線で、神の領域に到達しなければ、私の長い長い長い戦いは終わらない」
「家名を持っている当主たちは、どうしたんだい?」
「あ? あんなのは私が計画を実現するための道具よ。昔は私が頭を下げる立場だったのに、今じゃ立場は逆転……全く、馬鹿を騙すのは楽しいわ。神月家のクソばばぁ以外は、金と地位に目がくらんだ動物よ」
「穏やかじゃないね。それに僕なら、シンヤ少年を選ぶよ」
「だからさぁ、ホモ野郎ちゃんの発言はいらないのよ」
アイリス・時雨は両手を叩くと同時にアカシックレコードにアクセスし、意識をゆっくりと落としていく。
そこは一言で言えば知識の道だ。あらゆる言語が混在しながら、文字の上を歩くと同時に様々な感情や情報が入り込んでいき、その先に見える光へと手を伸ばす。
しかし、その光に手が届くことはない。
苦い表情を浮かべながら、その先に見える『三人の人物』に血の涙を流しながら歯を食いしばっていた。一人はシルエットから男性だと分かる。残りは女性だ。
しかし、片方の女性は消え入りそうな壊れかけ。
その人物が皆音カオリだとギリギリ理解できた。つまり、壊れかけの皆音カオリさえ利用すれば、私は神の領域に踏み入る事が出来る。そして、残りの二人を引きずり下ろす事も可能になるはずだ。
「私は必ず、神に至る」
アイリスの肉体は徐々に崩壊を始め、アカシックレコードから消えていく。しかしその指先は、最後の最後まで光へと伸びており、自分の背後には偉大な歴史的偉人たちが不敵な笑みを浮かべていた。
皆が口にする『君では無理だよ』っと……
「アッハッハッハッハ! 神の領域に至れない有象無象に言われたくはないのよぉ。指をくわえて見ていなさい、失敗作の諸君……一世一代の大博打を!!」
意識が戻ると同時にアイリスはまた、ピアノで演奏を始めた。その横に設置されているソファーの上には、黒い髪をした桜井ナナが寝ている。
白髪の少年はゆっくりとお辞儀をすると同時に部屋の扉を閉めた。何故なら、アイリス・時雨の表情が今まで以上に気持ちの悪い化け物に見えたからだ。
世界の真理を物語る瞬間である。
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読んでいただきありがとうございます。
やっちゃいましたぁ、ここをこのタイミングで書いちゃいました……ある意味、もうラストスパート入るぐらいの勢いですよ?
今年中には完結するんじゃないかと思えてきました。
しっかりと投稿すればの話ですが……




