第89話【思い出は学生生活と共に】
【4月6日(火曜日)/5時00分】
そこからの記憶はあまりにも曖昧だ。寒さで体中を震わせながら、トオルはゆっくりと腰を上げた。ふと、隣に視線を向けたが自分の横には誰もいない。
妙な違和感を抱いてしまう。
辺りで寝ている先輩達を横目に、自分が寝ていたことに気付く。スマートフォンを取り出して時間を確認すると朝方の5時になっており、ため息交じりにトオルはその場を後にした。
「何でこんな所で寝てたんだっけか? 酒は飲んでないよなぁ。盛り上がりすぎたか? 気付いたら寝ちまったのか……勿体ねぇ」
とんでもない物を見た気がするのに、何かにブロックされたように昨日の夜中の出来事を全く思い出せない。妙な気持ち悪さを感じながら、自宅へと帰宅する。
先輩達はいつも通り廃工場に置いていってしまったが、しっかりと学校には来るのだろうか? そんなことを心配しながら、部屋の中で学校に向かう準備をのんびり始めた。
「昨日は先輩達と遊んで、誰だっけ? 何かすごい可愛い子と話した気がするんだけど……やべぇ、全く思い出せない」
適当な動画を再生させながらスマートフォンを眺めているが、全く内容が頭に入ってこない。悶々としながらその少女を思い出そうと頑張ってみるが、最終的には制服に裾を通して、学校へと向かう時間までを無駄にしてしまった。
「まぁ、いいか……学校で適当にデート誘おう」
トオルは気付いていない、自分の瞳に謎の文字が描かれている事に。その文字は肉体に馴染むように薄くなっていき、学校に着くころには消えていた。
■□■□
学校へ到着した熱意リョウはポケットから手が出せない状況だ。何故なら、厳つい手袋を外すことが出来ず、太陽の光にデザインが反射してとにかく目立つ。
(いや、マジで最悪なんだけど……あ、モブA)
「ういっす」
校門の前に立っている体育教師のモブAは、煙草を吸いながら生徒たちのことを険しい表情で見ている。モブAなんて可哀想な事になっているが、リョウが教師の名前を憶えていないだけだ。
偏差値で言えば30ぐらいの馬鹿高校。所々にスプレーで、汚い文字や似顔絵が書かれており、リョウは受験で5教科合計点数が21点だ。しかし噂によると全ての教科で0点を叩き出しても、合格できるなんて噂を聞いたことがある。
本当かどうかは分からないが、多分本当なのだろう。
教室へ入る途中で、後ろから声をかけられた。
「ういっす! おはよう」
後ろを振り向くとそこにはトオルが立っていた。朝方まで先輩と遊んでいたのだろうか? 後ろ髪の寝癖がやばいことになっている。それと同時に、昨日連絡が取れなかったことを話題に出した。
「トオルか。昨日は連絡取れなくて悪かったな……なんかメリケンサックが届いてきたんだけど両手から外れなくなったんだよ」
「はぁ? 意味がわからねぇよ。昨日は可愛い女子高生がたくさんいたのに」
「マジかぁ、行っとけばよかった」
「それよりメリケンサックなんて買ったのかよ。くだらね」
「違うっての。それに見てくれよ……まだ取れてないんだ」
ポケットから少しだけ片手を出して、それをトオルに見せた。トオルは苦笑いを浮かべながら「かっこいいじゃん……」などと口にする。
いや、絶対ドン引きしてんだろ!? 中二病を見るような表情を浮かべてやがる。
リョウはトオルをトイレまで引きずり、手袋型メリケンサックをはっきりと見せつけた。その表情は真剣そのものであり、決して冗談を言っているようには見えない。
「これを外してくれ!!」
だからこそ、トオルからしてみれば視線を外しながら冷や汗を流す。
「自分で取れよ……どうしちまったんだ?」
「いや、取れないから学校の帰りに病院行こうと思ってんだけど」
「意味わかんねーよ。こんなもん、すぐに……――あれ?」
トオルが手袋を引っこ抜こうとするが指の関節辺りに布が集まり、全然抜けない。なにかが引っ掛かっているように見えるが、何が引っ掛かっているのか分からない。
「お前、瞬間接着剤でも指に付けた?」
「んなわけあるか! 何か針みたいなのが指に刺さったんだよ。それが邪魔して全然取れないんだって。このままじゃ、俺の人生は手袋生活になっちまう」
「もういいんじゃない? このまま生活しろよ」
「え? 死にたいの?」
「それはこっちの台詞だぜ、リョウ! 昨日お前の名前を女の子に喋ったら、その子がお前に合いたいとか言い出したんだぞ!? 先手必勝!!」
何故か腹を殴られた。
それから数分ほどトイレで口喧嘩。
「で、その可愛い子って誰だよ? 俺がデートするから」
「えっと……ん? そんな奴いたっけ?」
(あれ、マジで思い出せないんだけど。そもそもそんなことあったか?)
「ぶっ飛ばす!」
(男子高校生の恋愛事情なめんなよ。いや、彼女ほしい)
先ほど腹を殴られたことを思い出して軽く肩を殴ろうとしたが、トオルが笑みを浮かべながら受け流す。その拳はトイレの壁にぶつかった。
激しい音が響く。
「「――……え?」」
そして、その壁はリョウの拳の形が残ったまま、綺麗に貫通していた。あり得ない状況に目を見開き、リョウとトオルの表情がこれまで以上に雲る。
「マジ、かよ? 何だよ、これ」
「いや、リョウ。それこっちの台詞だから……お前、俺のことちゃっかり殺そうとした? めちゃくちゃあり得ない威力のパンチなんだけど」
「いや、俺は軽く肩パンしようとしただけなんだが……なんかこうなった」
「――GA〇TZかよ。その手袋のせいじゃね? とりあえず、早くここから逃げんぞ! 流石に音がデカすぎた。廊下が騒がしい」
「あ、あぁ……なんかごめん」
「学食一週間おごりな」
「まぁ、トオルの命ならそのぐらいか……ちょっと辛いなぁ」
「お前は後で校舎裏に埋める」
こんな状況でも何だかんだ仲のいい二人だが、さすがにどちらの表情にも焦りが見えていた。それは拳の威力やトオルを殺してしまいそうになったことでは無く、トイレを破壊したことで停学になる可能性を恐れての物だ。この学校の校長先生はとにかく怖い。
授業の開始を告げるチャイムを無視して廊下を走り去り、リョウとトオルはそのまま屋上へと駆け上がった。歴代の先輩達が屋上の扉を破壊してしまった為、その扉は立ち入り禁止テープで補強されている。
まぁ、そのテープですら誰かに千切られているが。
新鮮な空気を吸いながら教師や他の生徒にばれていないことを確認した後、屋上で寝っ転がりながらトオルがクスクスと笑い出した。少しだけその気持ちに共感する。
ここまで非現実的な光景を目の当たりにするのは、年を重ねるごとに減っていく。廊下を本気で走ったのだって何年ぶりだろうか? 壁を破壊するなんて経験も、普通ならありえない。それもコンクリートで出来た壁だ。
少なくない興奮と達成感のような物が渦巻いている。
「いや~ヤバ過ぎるでしょ!? リョウの拳……まるで映画みたいだ」
「それは俺も思ったわ!! 多分、この手袋のせいだと思うけど」
「それがあればここら辺で最強になれるんじゃね?」
「この辺りのボスとかになれちまうかもな」
「解放者とか二つ名が付くぐらい有名になれるぞ!?」
「誰を解放すんだよ! それにしても何なんだ、これ……」
「それな……リョウが買ったわけじゃ無いんだろ?」
「あぁ、何か届いてきた感じだ」
時間が経つごとに興奮は収まっていき、寝っ転がりながら両手を空へと伸ばした。両手に張り付いて取れない手袋型メリケンサックを眺めるように見ながら、少しだけこの兵器について考える。
しかし、学力が無い自分には分からなかった。
指の間から漏れた太陽の光が瞳を覆いつくし、ゆっくりと目をつぶる。
『リョウさん、いつか私を――殺して。お願い』
誰かがそう言っているような気がした。テレパシーでもあるまい、ここにいるのは自分とトオルだけだ。何時からこんなアニメや小説のような物語を現実に置き換えるようになったんだ。そんな呆れた表情を浮かべた。
しかし、その手にはめられた物を見ると、少しだけそういった物語のような世界が存在するのかもしれないと思ってしまう。
「参ったなぁ」
「どうしたんだよ、リョウ」
「俺、今なら中二病になってもいいかもしれん」
「ありじゃね。本当に壁壊せるんだから逆にかっこいいと思うぞ?」
「なら、トオルも付き合えよな」
「ん~、でっかいことをするならいいぜ?」
「任せとけ」
それから心地の良い風に欠伸が出てしまい、リョウとトオルはゆっくりと寝てしまった。そう言えば、小学生の頃は一度でいいから授業をサボって学校の外に出てみたいって思った事あったな。そんなことを考えながら意識が落ちていく。
目を覚ました瞬間の世界を、リョウとトオルは数時間後に知ることになる。
冗談のつもりで話していた内容が、本気で考えなければいけない内容へと変わる瞬間だ。子供が世間に適応するため、自分自身を変える。それはとても残酷的で、正しい。
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読んでいただき、ありがとうございます!!
手直し作業もサボり気味なのでちょこちょこ始めようと思います。
最近は悪役令嬢小説がとにかく面白くて……読んじゃいますよね。




